第3話 シノとの出会い
ある日のこと。
湖で恒例の容姿の確認をした後、水面を見ながらぼーっとしていた。この場所は陸地が湖を抱き込むように湾曲しているのだが、陸地の先で米粒くらいの大きさで人影が見えた。
あまり人が来ない場所のはずだが、誰かが釣りでもしているのだろう。
座り込んで考え事をしていると、遠くからドドドという地響きのような音が聞こえ、振り向いた時に
「ねえ。 なにしているの?」
突然、顔を覗き込まれて話しかけられていた。近くに人の気配がなかったために、虚を衝かれてしまう。
背丈と少し高めの声から察するに同じ年くらいの女の子……だろう。
短く切られた淡い青緑色の髪が風にはねている。瞳は深い蒼色をしている。
半袖と膝上までのズボンから露出している部分は擦り傷があり、活発そうな印象を受けた。
一体、この子は、どこにいたのだろうか。
「あ、ああ。 湖を眺めていただけだよ」
あまり気の利いた答えができないでいると
「もしかして、あなたが噂の変な子? いつも一人でブツブツ言いながら、過ごしているよね」
俺に対する噂は小さい子供にまで届いているようだ。
自分の初期スペックは大体確認できたこともあるので、これからは過ごし方を見直そうかと考えた。
そんな俺の様子を見た子供は
「またなにか言ってる。 本当に変な子ね。 みんな、あなたのこと心配しているわよ」
自覚はあるが、子供から投げられるストレートな感想に舌打ちしたくなり、こちらも言い返すように質問した。
「放っておいてくれよ。 普段は考え事をしているんだよ。 君だって今日は一人じゃないか」
中身は三十六歳と思えない、大人気ない対応。
女の子は俺の問いに対して、小さく息を呑む。
「私は……走っていたの。 前まではみんなと遊んだりしていたけど……」
そう言って、掌を握り締めた。
「私、みんなより足が速いみたいなの。 男の子よりも大人の人よりも。 それで一緒に遊んでも楽しくないって言われちゃって。 だから今日はひとりで……走っていたの……」
少女の言葉には寂しさが込められていた。靴で地面を擦っている。子供同士ならありがちな話にも思えたが、当事者にしてみれば、悲しい出来事だったのだろう。
年相応の可愛らしい悩み事に、年長者として寄り添ってあげることにした。
「そうだったんだ…… じゃあ、これから走りたい時は俺と走ろうよ。 その時は思いっきり、走ればいい」
魔術の素養がないことを悟っていた俺は、次善の策として自分の身体能力――つまり、フィジカルを確かめたかった。子供、ましてや女の子とのかけっこに付き合うくらいなら、負担も大きくないだろう。
そんな申し出を受けた少女の顔が明るくなる。
「ほんとうにいいの? あなた、優しいのね! これから毎日走ろうね」
跳んだり、跳ねたりしながら嬉しさを隠さない姿を見て、こちらが照れくさくなってしまった。
たまには人の役に立つことも悪くない。
まあ、友達?もできたし、これで、村での評判も少しは落ち着くだろうという打算がなかったとは言えないが。
「そういえば、君の名前は? 俺はリオスだよ」
「わたしは、シノ! これからよろしくね。」
明るく、無邪気な笑顔が眩しかった。
そういえば、シノは陸地を走っていたと言っていたけど、どこを走っていたんだ……?
近くを走っている様子は見えなかったことで少し気になり、尋ねてみた。
「ねえ、今日はどこで走っていたの?」
「あっちよ。 あそこの先に、さっきまでいたの! 誰かいたから、戻ってみたらリオスだったの」
指さした先は、俺が米粒くらいの人影を視認した場所だった。
その人影は、今はもういない。
――あそこにいて……走って……きた?
子供の言うことだと、この時は半信半疑で聞き流していた。




