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異世界ルッキズム ー顔面格差が激しい世界で最低限の見た目でいることにしたー  作者: 緑地亭かっぱ


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第36話 祝宴の乱入者

 蹴り飛ばした大扉の向こうへ、俺はゆっくりと足を踏み入れた。


 轟音の余韻が残る会場に、数十人もの視線が一斉に突き刺さる。

 

 突然の乱入に、誰一人として声を上げることができなかった。


 一歩。また一歩。


 視線を正面へ据えたまま歩みを進める。その途中、周囲を静かに見渡した。


 胸に国章を佩いた王宮神官。豪奢な衣装に身を包み、杯を片手に立ち尽くす貴族たち。


 そして――。


 一段高く設けられた壇上。


 レーヴと目が合った。


 最初は侵入者を見る目だった。


 だが、俺の顔を認めた瞬間、その瞳に戸惑いが宿る。


 やがて確信へ変わり、最後には怒りで醜く歪んだ。


 「貴様ぁぁ……!」


 「久しぶりだな、レーヴ」


 壇上には純白のドレスをまとったシノが立っていた。口元を押さえ、震える瞳で俺を見つめている。


 「リオス……なんで……」


 少し痩せたように見えた。胸の奥へ押し込めていた感情が、一気に込み上げる。


 今すぐ駆け寄りたい。抱き締めたい。


 その手を取って、この場所から連れ出したい。


 だが――その前に、終わらせなければならないことがある。


 溢れそうになる感情を押し殺し、腹の底から声を響かせた。



 「この婚姻に、異議がある」


 

 その一言で、レーヴの顔がみるみる赤く染まる。



 「この神聖な場で、お前のような人間に発言する資格はない!」


 張り詰めていた空気が弾けた。


 「誰だ、あいつは」


 「侯爵を呼び捨てにしたぞ……」


 戸惑いと好奇の囁きが、波紋のように会場を駆け巡る。


 俺はレーヴから視線を外さず、静かに口を開いた。



 「資格ならある」



 首から下げていた認識票を外し、掲げる。


 最初に反応したのは王宮神官だった。


 「は……白銀級……?」


 神官の目が大きく見開かれる。



 まずは、この場で俺の立場を認めさせる。



 「王宮神官。見てのとおり、俺は冒険者ギルドより白銀級冒険者と認定されている。王国の制度に照らして、俺に異議を申し立てる資格はあるか」


 

 しかし神官は言葉を失ったまま立ち尽くしていた。


 焦れた俺は認識票を軽く放る。


 カラン――。


 乾いた音を立て、認識票が神官の足元まで滑っていく。


 神官は慌てて拾い上げ、震える手で魔力を流し込んだ。


 認識票が淡い銀光を放つ。


 「……間違いない。白銀級冒険者の認識票だ」


 その宣言だけで十分だった。


 空気が変わる。


 「白銀級だと?」


 「若すぎるんじゃないか……」


 「あり得ない」


 貴族たちが互いに顔を見合わせ、どよめきが広がっていく。


 だが、その声を怒号が押し潰した。



 「だから何だ!」


 レーヴだった。


 「貴様はグラナドへ流された罪人だろう! 罪人が貴族の婚姻に口を挟むなど、笑止千万!」


 さらに俺を指差し、怒鳴り散らす。


 「この場に立つ資格すらない! どうやってギルドを騙したぁぁ!」


 今度は神官と貴族たちが一歩距離を取り、俺を見る目に警戒と嫌悪が混じる。


 ――流刑地。


 その言葉だけで、人の目は変わる。


 だが、俺は微動だにしなかった。


 「王宮神官」


 静かに呼び掛ける。


 「確かに俺は罪人だった」


 一瞬、会場から音が消える。



 「そこの侯爵に陥れられ、流刑地グラナドで聖遺物を見つけるまで刑に服していた。それは紛れもない事実だ」


 その言葉に、神官の表情がわずかに緩んだ。


 やはり罪人だった。


 与太話ではなく、侯爵の言うとおりだった。


 そう安心したのだろう。だからこそ、ここからが本番だ。


 俺は腰の革袋から、布に包まれた品と一枚の鑑定書を取り出した。


 

 「これはグラナドで発見した聖遺物だ。鑑定はすでに済んでいる」


 神官の前へ静かに差し出す。


 「――王国の名において、改めて確認してもらいたい」


 その一言に、会場の空気が再び張り詰めた。


 会場の空気が、一変した。


 貴族たちの視線が一斉に王宮神官へ集まる。


 神官は露骨に眉をひそめ、不服そうな視線を俺へ向けた。

 

 しかし、「王国の名において」と告げられた以上、確認を拒むことはできない。


 渋々といった様子で聖遺物と鑑定書を受け取り、魔術を発動する。


 淡い光が聖遺物を包み込んだ。


 誰も口を開かない。


 燭台の炎が揺れる音さえ聞こえそうな静けさの中、神官の喉が小さく鳴った。


 「こ、これは……」


 震える指先で何度も確かめる。


 鑑定書へ視線を落とし、再び聖遺物を見る。


 その動作を何度も繰り返した末、神官はゆっくりと顔を上げた。


 「……間違いない」


 息を吸い込み、会場全体へ向けて宣言する。



 「これは、正真正銘の聖遺物である」



 その瞬間、広間から音が消えた。


 誰もが息を呑み、言葉を失っている。


 ただ一人を除いて。



 「待てぇぇ!」

 


 レーヴの怒号が静寂を引き裂いた。


 「こいつは罪人だ! どれだけ功績を積もうが関係ない!」


 壇上から俺を指差し、唾を飛ばしながら叫ぶ。


 「醜い人間だ! 顔も存在も醜い! そんな奴に、このような場で発言する資格などあるものか!」


 その形相は、もはや侯爵とは思えなかった。



 「顔を隠しているではないか! 自分でも分かっているのだろう! 貴族の前に立てるような人間ではないと!」


 神官が、ゆっくりと俺へ視線を向ける。


 その意味は理解していた。


 この国では、功績だけでは足りない。容姿もまた、人の価値を決める。


 胸が大きく脈打つ。背中を冷たい汗が伝う。


 怖くないと言えば嘘になる。


 前世で、美容整形の費用を調べて苦笑するしかなかった夜。


 鏡を見るたびに目を逸らした日々。


 湖面へ映る自分の顔を、何度も確かめていた頃。


 その記憶が、一瞬だけ胸をよぎる。


 だが――。


 もう逃げる理由はない。


 ゆっくりと仮面へ手を掛ける。


 その仕草だけで、会場中の視線が俺の指先へ吸い寄せられた。


 息を呑む気配が伝わってくる。


 静かに。本当に静かに。


 仮面を外した。


 時間が止まったようだった。


 誰も声を発しない。


 ただ、目だけが俺を見つめている。


 「……あれが」


 誰かが、呟く。


 「美しい……とは言えないが……」


 「罪人呼ばわりされる容姿……までとは……」



 驚愕。


 困惑。



 さまざまな感情が入り混じり、どよめきとなって広がっていく。


 俺は神官だけを見据え、静かに問い掛けた。


 「先ほど示した功績、そして今の私の容姿を踏まえたうえで、この場での異議申し立てを認めてもらいたい」


 神官は答えられない。


 「う、ううむ……」


 明らかに迷っていた。


 その迷いを見たレーヴは、初めて焦りを隠せなくなる。


 俺だけに聞こえるほど小さな声で呟いた。


 「お、お前は……もっと醜かったはずだ……」


 血の気の引いた顔。


 震える瞳。


 そこにいたのは、俺が知る傲慢な侯爵ではなかった。


 自分の世界が崩れていくことを理解し始めた、一人の男だった。


 やがて我に返ったように声を張り上げる。



 「神官よ! このような前例のない案件、この場で裁くべきではない! 後日、改めて審議すればよい!」



 逃げる気だ。


 俺は奥歯を強く噛み締める。


 神官もまた、その提案へ乗ろうとしていた。


 「う、うむ……。この件は一旦保留とし、後日、関係者を集め――」


 駄目だ。


 時間を与えれば、必ず握り潰される。


 ここで決着をつけなければ意味がない。


 焦燥が胸を締め付けた、その時だった――



 「お待ちください」


 

 決して大きくはない。それでも、広間の隅々まで澄み渡る声だった。


 俺の後ろから、フラウが静かに歩み出る。


 一歩。


 また一歩。


 祭壇の前まで進むと、ゆっくりとフードへ手を掛けた。


 滑るように布が落ちる。漆黒の髪が燭台の灯を受け、艶やかに輝いた。


 その姿を見た瞬間、会場の空気が変わる。


 誰もが彼女から目を離せない。


 フラウは神官を真っ直ぐ見つめ、穏やかな口調で告げた。


 「この者の功績と容姿を踏まえれば、国教アルトリア聖教は、この場で異議申し立てを取り扱うべきであると判断します」


 一瞬、誰も意味を理解できなかった。


 神官も。


 レーヴも。


 そして、俺も。


 静寂が流れる。


 フラウはゆっくりと一礼した。



 「申し遅れました」



 凛とした声が広間に響く。



 「私は国教アルトリア聖教、次代の聖女候補――フラウ・クラウゼです」


 

 その瞬間。


 広間が爆発した。


 「聖女候補だと!?」


 「まさか……!」


 「アルトリア聖教の……!?」


 「フラウ様が、なぜここに」


 貴族たちが次々と立ち上がる。


 王宮神官の顔から血の気が引いた。


 レーヴは一歩、また一歩と後ずさる。


 その顔からは怒りも、余裕も消えていた。残っているのは、怯えた感情だろうか。



 フラウはそっと俺へ視線を向ける。


 口元には、いつもの悪そうな笑みを浮かべている。



 まるで――



 「どうです?」


 

 そう語りかけてくるようだった。思わず苦笑いしそうになる。



 (……最初から、このつもりだったのか)



 レーヴから、言葉は出ない。


 これで終わりだ。


 アルトリア聖教の次代の聖女候補が、この場で俺を認めた。


 もはや侯爵一人の都合で、この申し立てを退けることはできない。


 シノとの婚姻は、ここで終わる。


 あとは――レーブ、お前を引きずり下ろすだけだ。

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