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異世界ルッキズム ー顔面格差が激しい世界で最低限の見た目でいることにしたー  作者: 緑地亭かっぱ


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第32話 それだけのことです

 フラウと一緒に馬車でレーヴの屋敷へ向かう。


 俺は流れていく景色を眺めながら、今日のことを考えていた。


 すると、


 「気負っていますね」


 そう尋ねるフラウの声は、いつもと変わらず穏やかだった。


 「そう……だな」


 苦笑しながら肩をすくめる。


 「正直、今日までの出来事も、この先に待っていることも、どこか現実とは思えなくてな」


 ゴト、ゴト――。


 馬車の車輪が石畳を踏むたび、規則的な音が響く。

 しばらく沈黙が続いた後、フラウが静かに口を開いた。


 「なぜ、この国はこんなにも容姿の美しさを重視するのか、考えたことはありますか?」


 意外な問いかけだった。


 「古くからの慣習だからじゃないのか?」


 俺がそう答えると、フラウは小さく首を横に振る。


 「もちろん、それもあります。でも、それだけではありません」


 差し込む陽の光が、フラウの髪を淡く照らした。


 「始まりは、国教による布教からです」


 「宗教的にか?」


 「はい。昔、魔族との大戦で国が成り立たなくなるほどの消耗をしました。それによって各地で人間同士の争いが絶えず、多くの人が明日を生きられるかさえ分からない日々を送っていたそうです」


 過去に、大戦があったことは知っていた。


 だが、それがどう国の価値観につながるのかは見えてこない。


 フラウは続けた。


 「王国と教会は、人々の争いを終わらせようとしました。その時に、『美しさは神の祝福である』と説いたのです」


 なんとも言えない気持ちになる。

 それだけで人が納得するとは思えなかった。


 「随分と乱暴な教えだな」


 「ええ。でも教会は言い張りました。王国と教会が所有する古い絵画には、美しい者しか描かれていない。それこそが神の祝福を受けた証なのだと」


 思わず眉をひそめる。


 そんなことで、今の価値観が根付いたというのか。


 俺の反応を見たフラウは、小さく苦笑した。


 「もちろん、すぐに全員が信じたわけではありません」


 「それは、そうだろう」


 「ですが、長い戦乱で人々は疲れ切っていました。何かに縋る理由を、誰もが求めていたんです」


 それが何百年という歳月を積み重ね、当たり前の価値観になってしまったのか。


 フラウは少しだけ寂しそうに目を伏せる。


 「容姿が美しければ、それだけでいい印象を抱いてしまいますよね。きっと人格者で立派な人なのだろう、と」


 俺は黙って耳を傾ける。

「仮に同じ行動を取り、同じ成果を上げたとしても、周囲の評価や、その人に付け加えられる尾ひれは変わってしまいます」


 そして、少しだけ自嘲するように笑った。


 「価値観に目を曇らされ、視野が狭くなった人や、それを利用する人が増えてしまったのでしょうね」


 言っているのは、ハロー効果のことだろう。


 前の世界でも、嫌というほど目にしてきた。


 容姿。


 肩書き。


 学歴。


 所属する組織の看板。


 人は驚くほど簡単に、それらへ引っ張られてしまう。


 世界が違っても、人間の本質は変わらないらしい。


 「制度よりも、価値観のほうが、ずっと長く残ります」


 ぽつりと漏らしたその一言が、妙に耳へ残った。


 「わたしが何を言いたいか、分かりますか?」


 フラウが顔を上げ、真っすぐ俺を見る。

 その瞳には、迷いも、ためらいもなかった。


 俺は少し考えてから首を横に振る。



 「いや……分からない」


 フラウは静かに口を開いた。




「この国の価値観なんて、それだけのことです」


 あまりにも、あっさりと言い切った。


 思わず目を瞬かせる(またたかせる)。


 「……それだけ、か?」


 「はい」


 フラウは穏やかに頷く。


 「短い間でしたが、わたしはあなたを見てきました」


 黙ったまま俺を見つめる。

 その視線の意図が分からず、言葉を待った。


 少しの沈黙のあと、フラウはいつものように柔らかく笑う。


 「あなたはこの国の価値観に合わせる必要なんてありません」


 俺は思わず息を止めた。


 「あなたは、あなたのものさしで物事を見て、行動を続けてください」


 その言葉には、不思議と人を安心させる力があった。


 


 そして、細く白い指をまっすぐ俺へ向ける。



 「だから、遠慮はいりません」



 一拍置いて、はっきりと言い切った。



 「ぶちかましなさい、リオス」



 

 予想外の言葉。




 「わたしが、あなたを肯定します」


 そう言って、最後はいつものように笑った。



 ……不思議な奴だ。


 最初は得体の知れない魔術師だと思っていた。

 だが、この瞬間、誰よりも真っすぐに俺を見てくれている。


 いったい、どんな立場でそんなことを言っているのか。

 考えれば考えるほど、おかしくなってくる。



 理由なんて分からない。だけど、その一言で十分だった。


 迷いは消えた。


 やがて馬車が緩やかな坂を登り、見慣れた景色が流れてきた。

 

 視界が開けた先には、レーヴの屋敷が姿を現した。


 俺は静かに拳を握る。



 ――シノ。



 ここまできたぞ。

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