第27話 地下牢
夜も更けた時間に、約束どおり、屋敷の勝手口でニナと合流した。
「……こっちです」
案内に従ってついていく。他の屋敷の人間たちは寝静まっているようだ。
勝手口の先にある炊事場を抜け、廊下を歩く。
早足で歩くニナは、見事に足音を消しながら進んでいく。
――見事なものだ。
廊下の先、地下へと続く階段があった。
「ここから先が使用人や侍女では入れない場所です」
そこには分厚い鉄扉があった。
装飾は一切なく、分厚い鉄板を無理やり嵌め込んだような造りだった。
「鍵がかかっているようだな」
俺の発言を予測していたかのように、ニナはメイド服の内側へそっと手を差し入れ、白い指先で鉄鍵を取り出した。
「誰が管理しているか、ずっと前から調べていました」
ニタリと笑う顔は、メイドというより小悪党のそれだった。
どうしても気になったので
「どうやって手に入れた?」
尋ねると、ニナはニタニタと笑いながら答えた。
「以前、鍵を拝借した時に、合鍵を外の者に作らせました」
淡々と答えているが、なかなかの手癖だ。
歩き方、身のこなし。そして、俺のような冒険者と対峙しても動じない胆力。
おそらく、生まれか育ちか、はたまた両方か。特殊な事情を抱えていそうだ。
合鍵は以前から用意できていたが、踏み込むタイミングを探っていたことだけは、明白だった。
鉄扉が開けられる。
その瞬間、淀んだ空気が顔を撫でた。
湿気と埃、それに古くなった香油の類だろうか。生ぬるい空気だった。
ニナはまたもやメイド服に手を入れ、今度は小さな松明のようなものを取り出して火を点けた。
「時間に余裕はありません。 迅速にいきましょう」
つくづく、このメイド服はどうなっているんだ……
二人で歩く地下の廊下は、異様に長く感じられた。
途中から様子が変わり、その先には鉄格子で設えられた、牢屋のような場所がいくつもあった。
牢の外からでもわかる。
牢屋の壁には、すでに黒く変色した乾いた血の跡が残っている。
不意に灯では照らせていない、暗闇から声がした。
「……だれ」
掠れた女の声だった。
灯を向けると、裸足のまま壁にもたれかかる痩せた女がいた。
騒がれたくないので事情を説明しようとしたところ、ニナが俺の前へ出る。
「この屋敷の侍女です。 レーヴの蛮行を暴きに来ました」
こんな状況を目の当たりにしても、ニナの声色に変化はなかった。
牢にいる女はそれを聞くと
「ここから……出してもらえるの……?」
懇願にも似た声で問いかける。
「すみません。 今日は出せません……。でも近いうちに出られるようにします。 そのためにも、レーブがここで何をしているのか教えてください」
迷いながらも、ゆっくりと言葉が発せられる。
「レーヴは……迎えた側室を貴族連中に顔見せした後、ここに閉じ込める」
唇を固く結び、俯いたまま震えている。
痩せた女の表情に、失意が濃く滲んでいった。
「ここに来てからは……外に出られない。 レーブが……求めてくる行為に応じるだけ……」
そこまで話して、女は黙る。
沈黙の後
「……レーヴは、いつも言うの」
「『お前の加護を渡せって』」
指先が小刻みに震え始める。
「そんなの知らないって言っても、あの人は信じない」
「あらゆる方法を試せば、渡せるはずだって……」
そこまで話したところで、女は両肩を震わせた。
「毎日……毎日、拷問と行為を併せたようなことを、され続けた……」
その先を語ることはなかった。
いや、語れないほどのことだと察する。
言葉にするだけで、陵辱が繰り返されているのだろう。
あいつを八つ裂きにして殺したい衝動に駆られるには十分な内容だった。
もし、シノが同じ目に遭ったら、俺は正気を保てないだろう。
俯いていた、ニナの表情は見えなかった。
それでも、少しだけ声を張るように伝えた。
「わかりました。近いうちに、あなたをここから、出せるようにしたいと思います。それまで待っていてください」
痩せた女の口が微かに動いていた。
ニナが振り返る。
「そろそろ戻りましょう。これ以上は危険です」
俺が同意を示したところで
「……待って」
牢の中の女が呼び止める。
「あの突き当たりの先に『何か』ある気がする。この場所に連れて来られた女の子には気が付くけど」
「誰も出ていったことがないの……それでも、定期的に新しい人が入ってくる」
俺もニナも気になっていたことだった。
今は確かめられないが、レーヴが何かを循環させていることだけは確信できた。
短く礼を言い、俺とニナは地下室を後にした。
お互い複雑な感情を抱えているのだろう。
勝手口を出てからも、しばらく無言のままだった。
感情に囚われすぎると碌なことにならない。
少しでも頭を切り替えたかった。
腰にしまっていた、煙草の存在を思い出す。
二本取り出し、一本をニナへ差し出した。
「……気が利きますね」
この場においては、以心伝心だった。
何度か煙を吸っては吐いたところで、ニナが口を開く。
「さっきの状況を見て、まだシノ様を無事に救い、牢にいる女性を外に出せると思いますか?」
俺の覚悟を問うてくる。鋭い視線。
「そうだな……」
慎重に言葉を選ぶ
「本音を言えば怖い」
得体の知れない状況を目の当たりにした、率直な感想。
だけど、これからすることを、止めようとは全く思わない。
「だけど、覚悟はとっくにできている」
少し目を閉じただけで、シノと触れ合った日が思い出される。
授かった加護が身体に宿っていることを感じる。
ニナの視線を真っ向から、打ち返すように見つめる。
「あなたを……信じてもいいですか?」
頷く
「俺のやり方でやらせてもう」
それを聞いたニナが、微かに笑ったのが見えた。
少しだけ口角を上げたメイドは立ち上がり、俺の胸を数回、拳で叩いた。




