第25話 暇なメイド
翌日、レーヴの屋敷近くまでやってきた。
屋敷の大きな庭の芝は綺麗に駆られている。そこに座する大きな屋敷。
この世界で侯爵は、かなりの上流に位置すると嫌でも意識する。
入り口付近では門番のような格好をした男二人が警備をしている。
存在を気取られたくないため、足早に屋敷の裏側に移動した。
物置や廃材が置かれている区画があり、その至近の扉が裏口だろう。
今のところ人が出入りしている様子はない。
身体を隠せる気を遮蔽物にし、“暇なメイド”が出てくるのをしばらく待つことにした。
待っている時間、嫌でもシノのことが頭の中を巡る。
どんな気持ちで屋敷に入り、どんな形でレーヴに招かれたのか。寝食はちゃんと与えられているのだろうか。
不当な扱いはされていないだろうか。そして――あの男に、何か尊厳を踏みにじられるようなことはされていないだろうか。
屋敷まで来たことで、レーヴの存在を強く認識してしまう。この中に今はシノがいることを思うと、胸の中がかき乱された。
冷静になれるように強く目を閉じた。
――その時、物音がした。
メイドの格好をした少女のような人影が、何かを置きに出てきたようだ。
薄い青色の髪は編み込まれ、二本の三つ編みを携えていた。
小柄な身体を包んでいるのは、白と黒を基調にしたメイド服。
ここからでは、よく見えないが、なんだか気だるそうな雰囲気をしている。想像の中にあったメイドという役割にしては、異様と言ってもいいくらいだ。
すぐにでも話しかけに行きたかったが、彼女が”暇なメイド”なのか判断がつかない。
しばらく観察していると、ひと仕事終えたのか、周囲を見回した後に近くにある木箱に腰かけた。
そして、メイド服の腰脇から取り出したものに火をつけた――――煙草だ。
吸い込んだ紫煙を吐き出し、その煙を見つめる様子はまさに”暇なメイド”そのものだった。
足音を殺して彼女の元に向かう。
驚かして人を呼ばれるのを警戒して、わざと十メートルくらいで姿を現して視認させた。
怪訝な瞳と正面から目が合う。
(警戒心が強いタイプだな……)
それを察して、こちらから声をかけた。
「旅の者なんだが、ちょっといいかな?」
「どちら様ですか……? 泥棒するにしても、この屋敷はお勧めしませんよ」
「金品は別にいらない。 話があって」
「ふーん、そうですか。 私にはありませんね」
即答。それでいて、不機嫌な様子を隠そうともしない。
俺は持っていた煙草を取り出し、火をつける。
「一服するにはいい場所だな」
そう言って、煙をふかしながら近づく。
意外なものを見るような目で
「へぇ。 珍しいですね。 今時、煙草を吸うなんて」
お前はどうなんだと、言いたくなるが止めておいた。
それと同時にこちらへの警戒が若干、緩んだのを察する。
「どんなやつを吸っているんですか?」
投げかけられる質問。
彼女の手元を見ると既に最初の一本を吸い終わっていた。
「よかったら、どうだ?」
少しだけ目を輝かせ
「いい心がけです。 ありがたく頂戴します」
煙草を渡して火をつけてやる。
「ほお。 これはこれは、上質なやつを選ぶんですね」
味わうように、プカプカと煙を吐き出している。思いの外、好評だった。
雑貨屋でいくつか味見したのが幸いしたようだ。
「俺はリオス。 しがない冒険者だ。 あんたの名前は?」
本当は罪人だが、そのことは伏せておいた。
「……まぁ、煙草の御礼くらいはいいでしょう。 私はニナ。 見てのとおり、この屋敷で真面目に働くメイドです」
そう答えながら、肺を煙で満足させている。
ツッコミ待ちなのか、迷う返答だ。誰かに見られる可能性も否定できないため、本題を切り出した。
「レーヴは若い女を囲って何をしている?」
ぴくりと眉をひそめた。
「……侯爵について、嗅ぎ回るのはやめた方がいいですよ」
「どうしても知りたいことなんだ」
「知ったところで、あなたに扱いきれるものではないかと」
やはり、警戒心が高い。
「それに、知りたい理由は? 貴族が関係する依頼なんて、しがない冒険者の領分ではないかと」
彼女の瞳は虚空を見つめている
腹を割らなければ、これ以上の進展は望めなさそうだ。
「少し前に、俺の大切な人がレーヴの側室になった。 無事ならそれでいいんだが、きな臭いことになっていないか確かめたい」
「そう……でしたか……。 最近、やってきたのはシノ様ですね」
メイドの言葉に憐憫が宿った。
俺のほうも、屋敷の関係者から、シノの名前を聞いて抑えられないものが出てしまう。
「シノは無事なのか? なんとか教えてもらえないか?」
ふぅーと煙を吐き、二本目を吸い終えたメイドは語り出した。
「まず……今は……まだ無事です。 身体も心の尊厳も」
ニナが続ける
「あいつが普通の貴族と違うのは、加護を得ることを目的に側室を抱えています」
「これまでに、女性から継承できていないので、手当たり次第にというやり方ですね」
「継承できないと分かった時、女性はどうなる?」
「それが分かっていないのですが、側室は屋敷のどこかに隔離されているので。 貴族連中に婚姻を披露する場が終わってからは、姿を見たことがありません」
胸の奥がざわついた。
「つまり……生きていない可能性もあると……」
「はい。 ただ、何かが外に運ばれる様子はありません」
なるほど。
ここから先はリスクをとって調べる必要がありそうだ。
「あんたは屋敷のどこまで入れる?」
気が付けば、メイドに顔を近づけて迫っていた。
「待ってください。 煙草の御礼なら済んでいます」
「頼む……。 なんとかならないか」
今の俺は、懇願が表情に表れているのだろう。
「ところで、私のことは誰から聞いたのですか?」
ごもっともな質問だ。
「初対面で煙草まで用意しているなんて、あり得ないですから」
こうなると下手に隠すことは悪手に思えた。
「俺が懇意にしている情報屋から、聞いたんだ」
そう言って、知りえる情報屋の特徴を伝えた。
一通り、聞き終えたメイドは
「そういうことですか。 それなら、いいでしょう」
情報屋と面識でもあるのか、そこから話は進んでいった。
「かなり近い場所までは入れます」
彼女を見つめる。
「案内してほしい。 礼はする」
「わかりました。 今晩、またここに来てください」
さすがに、サボりすぎましたとメイド言って、この場はお開きとなった。




