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異世界ルッキズム ー顔面格差が激しい世界で最低限の見た目でいることにしたー  作者: 緑地亭かっぱ


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第22話 深層にいる者

 「……今の、聞こえましたか」


 フラウが息をひそめる。


 次の瞬間


 『ふふっ』


 耳元で女の笑い声がした。


 「っ!?」


 反射的に振り返る。

 だが、そこには誰もいない。


 『珍しいなぁ。 こんなところに、妙な組み合わせだ』


 どこか愉しげでぞくりとするほど甘い声。

 この場の空気が変わった気がした。


 「……お前は、誰だ」


 低く問う。

 返事はない。


 『もう少し……降りてこないか……? 退屈していたんだ。 話でもしようじゃないか』


 相手の意図が分からない以上、迂闊に動けないでいると


 ――ゴゴゴゴ……。


 近くの岩壁が音を立てて開かれた。


 その先には――石造りの古びた階段が見えた。

 先は見えないが、それでも確かに”下”へと続いているのだろう。


 「……誘われていますね」


 階段を鋭く見つめるフラウが小さく呟く。


 「どうしますか? 楽に下の階層に進めるなら魅力的な提案ですが」


 しばらく無言で階段を見つめる。

 ギルドでエステルが言っていた聖遺物は深いところにある、という言葉が反芻していた。

 先程の戦闘で勝つには勝ったが、消耗を強いられた。


 以降の階層も同様だと思うと、どちらの選択肢もリスクを孕んでいる。


 ここまで来て、今さらリスクを気にしてもな……。


 「行こう」


 振り返らずに伝える。

 裂けた石壁の間に進む。眼前には黒一色の奈落があった。

 階段を降りるだけでも、危険に思えた。


 「……私が、照らしますね」


 フラウが雷の術を応用した灯を携えてくれる。

 先程よりは階段を視認しやすくなったが、数メートル先は見えないままだ。


 一歩、また一歩と下っていく。


 どれくらい降りたか分からない。

 やがて、異変に気付いた。


 壁だ。


 最初は岩肌だったはずの側壁に、いつの間にか紋様のようなものが刻まれている。

円と線が絡み合い、どんな意味を持つものなのか分からない。


 さらに進む。

 ようやく階段の終わりが見えた。

 ぽっかりと口を開けた闇の先は広間のようになっていた。


 高い天井、中央には大規模な陣が描かれている。


 その中心に“声の主”がいた。


 濃い紫色の長い髪を床に流し、ゆったりとした姿勢で華美な長椅子に腰掛けている。


 その人物がこちらを見ている。


 『……来たか』


 甘く、柔らかい声が広間全体に広がる。

 近づいてみて、異様な光景を目にする。


 蝋のように色白い女は、魔術陣から伸びている鎖に繋がれていた。

 両手両足に太い鎖を纏っている。


 「どうやら、あんたが呼んだみたいだな」


 『ちゃんと来てくれて嬉しいぞ』


 その視線は俺から外れない。値踏みするように全身をなぞっていく。


 『なぜ、ここに来た?』


 「訳ありだ。 聖遺物とやらを探している」


 それを聞いた女は小さく肩をすくめる。


 『名声のためか? それとも、金になるとでも思ったか?』


 小さな違和感。

 

 ――聖遺物が”ある”前提で話している。


 つまり、本当に存在するものなのか……。

 女はこちらの返答を窺っている。


 「俺は……今、貴族に楯突いて罪人という立場になっている。 その刑として、ここで聖遺物を見つける必要がある」


 鎖を纏った女はくすりと笑う。


 『なにがしたくて楯突いたのだ?』


 やはり、核心に触れないままでは終わらないようだ。


 「……女だ。 恋仲……だった女が側室として取られた」


 しばしの沈黙が流れる。

 それを破ったのは眼前にいる女。


 『お前、面白いな。 貴族が強引に女を手にいれることは昔からある。 それに逆らおうとする人間は聞いたことがない。 しかも、こんな場所に送られてまでとは』


 さらに続けられる。


 『それに、女なんてたくさんいるだろう。 お前が望むなら、何人もの女が言い寄ってくる見た目に変えてやってもいいぞ?』


 けたけたと一人で笑っている。なにが可笑しいのか俺にはわからなかった。


 『その顔で生きるのは辛かっただろう?』



 すぐに何かを言うことができなかった。

 嘲笑、絶望、憤り。

 この世界で美しいとされる男に生まれていたら。


 何か一つでも違っていたのではないか。

 そんな考えが胸をよぎる。


 女は微笑んだ。

 『私なら変えてやれるぞ? 誰もが振り返る美貌に。 貴族もお前を見下さなくなる』


 なんて甘い誘惑だろうか。

 この世界で価値が高いものを差し出されている。

 フラウに頼んでいる施術だって必要がなくなる。


 どれだけの時間、黙っていただろうか。

 気が付いたら、俺は小さく笑っていた。


 「だから嫌なんだ」


 女の眉がわずかに動く。


 「俺が欲しいのは、美しい男として認められることじゃない」


 「この顔のまま、この世界の現実を跳ね除け(はねのけ)なきゃいけない」

堰を切ったように溢れ出る。


 「取り戻したい人がいる。 黙らせたい奴等がいる。 それに、この世界で他者からの無関心を勝ち取りたい」


 「でも、それを全部、美しさで成し遂げたら――」


 小さく首を振った


 「結局、この世界が正しかったことになる」


 そんな価値観に迎合したくない。

 見た目なんて、余計な干渉がされなければ、それでいい。

 

 それに気づけたのは、シノが傍にいてくれたからだ。


 「醜い奴は価値がなくて、美しくなったから成功した」


 「そんな結末なら、俺は負けたのと同じだ。 今の俺に向けられた好意を大事にして生きていく」


 だから


 「美しく変える必要なんてない。 今の見た目で取り戻す必要がある」


 次に黙ったのは女。

 しばしの沈黙のあと、


 『いいだろう。 興が乗ってきたわ。 名前を教えろ』


 「リオスだ」


 女の手が動いた


 『ほれ、これをやろう』


 そう言って、目の前にはどこから出てきたかも分からない、ナイフが現れた。

透き通るような青い刀身をしている。


 「これは……?」


 『お前が探しているものだ。 昔、それで刺されたんだ。 それはそれは痛かったぞ』


 このナイフが聖遺物?

 虚言ではないかと疑う。

 しかし、眼前にいる女の目は笑っていなかった。


 「なぜ、俺に渡す?」


 『私は面白い奴なら目をかけたくなるんだ。 お前の背負う業は実に興味をそそられる』


 『代わりと言ってはなんだが、たまに顔を出して世間話をしにこい。 ここにいると暇でな。 俗世の話が聞きたくなる』


 「本当にそんなことでいいのか?」


 『構わん』


 それならば、この女の気が変わる前に受け取ってしまおう。


 「わかった。 次はもう少し落ち着いた時に来ることにする」


 それを聞いた当人は思い出したように、付け加えた。


 『あぁ。 それと次に来る時は、後ろにいる臭い女は外で待たせておいてくれ』


 その視線はフラウを捉えていた


 『今日もな、勘違いして二人とも殺そうかと思ったぞ。 早まらないでよかったみたいだ』


 この場所に来てから、黙っていたフラウが口を開く


 「心得ております。 寛大な御心に感謝します」


 ふんっと、女は鼻を鳴らす。

 俺だけが理解できないでいると


 『帰りの道中、そいつから教えてもらえ。 今日はもうよいぞ』


 張り詰めていた空気は緩み、既に帰るよう促す雰囲気が漂っている。青い刀身のナイフを荷にしまう。


 フラウは目礼をして、すぐに出口へ向かおうとする。

 後ろ髪を引かれながらも、最後に聞いておくことにした


 「あんたの名前は?」


 長い紫色の髪が揺れる


 『ヴェルナだ。 お前はそう呼んでいいぞ』


 含みのある告げ方だが、今は深掘りする気になれなかった。

 その代わり、短く、一言だけ伝えた。


 「あんたからの好意も無駄にしない」



 帰りの道中、フラウから、あの女は神話に語られる魔女だと聞いた。

 疑問を残していたが、疲労感に襲われ、この日は探索を終えた。

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