第21話 探索
フラウの強力な魔術により、日々の探索は順調だった。
この日、五層の出口で小休止をとってから、フラウの魔力量にも余力があることを確認して、続けて六層へ進む。
これまでの階層以上に湿った冷気が肌にまとわりつく。まるで生き物の吐息のように装備の隙間へ忍び込む。
薄暗い通路は不気味な紫黒色の岩肌に覆われ、壁面には血管のような赤い鉱脈が走っている。その光はかすかに明滅し、心臓の鼓動めいた不快なリズムを刻んでいた。
足元には乾いた骨が砕け、誰のものとも知れぬ白い破片が無数に散らばっている。
一歩進むごとに再認識する。この場所は足を踏み入れた者を生かして帰すつもりなど、最初からないのだと。
横目でフラウの様子を探る。このような場所でも、彼女はまっすぐな視線で先を見つめていた。
自分の心配は杞憂であると同時に、底の知れない人間であることを示していた。
通路を進み、曲がり角を抜ける。開けた場所に出たところで、闇の奥で、ぬらりと何かが蠢いた。
直後、低く濁った咆哮が六層の回廊を揺らす。
「――来るぞ!」
――ガギギギギ……
岩陰を砕きながら飛び出してきたのは、黒紫の甲殻に覆われた巨大な鋏を有する魔物だった。
分厚い甲殻は禍々しい瘴気を纏い、鈍い脈動をしている。眼球は赤黒く濁り、腐臭を伴う紫煙が漏れ出していた。
八本の脚が石床を穿ちながら、こちらに進んでくる。
突如、巨蟹が鋏を振り下ろす。
「くっ……!」
ファルシオンで受け止め、何とか持ちこたえるが凄まじい衝撃だった。
もう一方の鋏が振り下ろされようとしているタイミングで床を滑りながら体勢を立て直す。
「随分と元気な蟹さんですね」
俺を追う巨蟹に対してフラウが火の術で応戦した。
小鬼くらいであれば丸ごと包めるであろう、火球を二つ打つ。
直撃した後、さらに三つを連射していく。
「あまり、効いていない様子ですか……」
巨蟹は目障りそうに火球を払うものの、うろたえる様子はない。
それでも、フラウの魔術を嫌ったのか彼女に向けて歩を進めようとする。
「そっちに行かせるつもりはないっ!」
脚の関節の隙間に短刀を突き立て、加護の速やさで地面を蹴る。
蟹の関節はぶら下がっているだけの状態になり、バランスを崩しかけていた。
「効いている……」
次の瞬間、激痛に苛立ったのか、巨蟹は鋏を叩きつけるように振り下ろす。
「っ――!」
横に転がって躱す。直撃した床が爆ぜ、石片が飛び散る。
「無茶はしないでください」
フラウの声と同時に、雷が脚の関節に連続で放たれる。
痺れているのだろうか、動きが徐々に鈍くなっていた。
フラウをより脅威と認識したのか、巨蟹はゆっくりと彼女に向かっていく。
「させるか」
吸い込んだ息を止め、駆けた勢いのまま、前側の脚に狙いをつけて関節を折るように力をかける。
――メギッ。
支えを失った巨体が、大きく傾く。
「今だ、フラウ!」
「はい――」
連射を前提としない、大きさを集中させた火球を練り上げる。
「焼き穿て……っ!」
轟音と共に火球が直撃し、関節から剥き出しになった肉を焦がす。
『ギギギギギギギ!』
初めて苦悶の声を上げている。
脚の機能を失いつつある巨蟹。明確に生まれたその隙に、助走をつけて背中に飛び掛かる。狙うは中央、最も分厚い甲羅の継ぎ目。
そこに刃を突き立てる。息を止め、そのまま短刀を力任せに踏みつけた。
ゴッ、と鈍い衝撃。
蟹の身体は地面に伏し、大きな衝撃が響き渡る。
巨体から飛び降りる瞬間、刺さっているファルシオンを指さし、フラウと目を合わせる
「的があるのは有難いですね――……!」
獲物に落とした雷が巨蟹を内側から焼いていく。大きく身体が跳ねた後、もがくように動かしていた脚はピタリと止まった。
異臭のする泡飛沫を漏らしながら、動かない巨蟹は絶命した。
「ふぅ――」
大きく息を吐く。
死骸を眺めながら逡巡する。
果たして一人で倒せたかどうか。自分の火力だけだったらと考えると背筋に冷たいものを感じた。
フラウを見やる。あれだけの魔術を使ったにもかかわらず、涼しい顔をして哀れそうに蟹を見つめていた。
獲物の回収する。
「これで……ようやく終わった、な」
その時だった、足元でも背後でもない。もっと深い、地の底から響いてくる不自然な音がしたのは。




