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第19話 施術①

 「奇特な人ですね。 これからやろうとしていることも現実的とは思えません」


 フラウからは、そんな感想をいただいた。


 髭を無くすために火の魔術で焼くことができないか、ほぼ顔の下半分から喉の近くを覆う密林地帯を指しながら、なんとか伝えることができた。


 反応は予想できていたため、本題である火の魔術について補足した。


 「この火はどこまで細くできる? 例えば、針と同じくらいの太さにして射出できないかな?」


 相手の頭にはたくさんの謎が浮かんでいるようだった。


 「やったことはありませんが……恐らくできるかと……」


 よし。


 「それでお願いしたい。 一日でどれくらい打てる?」


 フラウの中で、さらに謎が増えたようだ。


 「……普通の魔術よりも縮小されるので、私の魔力なら……二百なら、たぶん打てるかと」


 嬉しさから、手を握り締めた。


 「わかった。 じゃあ、それでお願いしたい」


 喜んでいると


 「今日は探索を切り上げて、夜にやってみるのはどうでしょう? リオスの要望を叶える魔術はかなり集中力を要しそうですし」


 近い距離でフラウから顔を注視され、恥ずかしくなってくる。


 「あと、やれるだけやってみますが……結果は……自己責任でお願いしますね」


 真剣な声色だが、目は妖しい色を帯びているように見えた。


 それを見た俺は頼む相手を間違えたのではないかと不安になっていった。


 二人で荷物を片付けて撤収する。

 入り口まで戻るまでの道中、フラウの視線は優しい微笑みとサディスティックなものが混在していた。



 「そういえばリオスは街の宿に泊まったことはありますか?」


 「泊まろうとしたけど、法外な金額をふっかけられて、野宿したよ」


 それ以上、フラウは質問することなく短く俺に告げた。


 「では、宿での手続きは私がやりますね」


 何故そのようなことを言うのか、その時は分からなかったが、宿屋に着いた時に理解した。



 「二部屋で20ヴェールとさせていただきます。 夕飯もお付けしますね」


 宿屋について、フラウは少しだけ顔を見せるようにフードを浅くかぶっていた。


 一方で俺は顔を隠していた。


 フラウを見たあの女店員は、微笑みながら丁寧かつ柔軟に料金を調整していた。

 さらに、食事まで見事に調達できたようだった。


 当たり前のように、片方の部屋の鍵を俺に渡す。


 「食事は部屋に持ってきてくれるから、各々で済ませましょう。 食事を運んできた店員には顔を見せないほうがいいと思います」


 分かってはいたことだが、今回はフラウの容姿でお得に泊まれるということだ。

 それなのに俺の外見で宿側に騒ぎ立てられても面倒なだけだと割り切った。


 二階部分の廊下で一度、解散した。部屋は隣同士のようだ。


 部屋に入り、ぶ厚いマントを脱ぎ、装備品を外していく。

 三日間の野宿、迷宮の埃、魔物の返り血のせいか、嫌な臭いが身体からしていた。


 部屋の片隅には湯桶と手ぬぐいのようなものが用意されていた。

 客と認めた者に対してはサービスのいい宿なのだろう。


 この後、フラウの部屋に行くこともあり、入念に汚れを落とすことにした。

 出会ったばかりの女性の部屋に行くことに緊張していた。


 食事を終えて、落ち着いたところで彼女の部屋の扉をノックする。


 「俺だ、入ってもいいか?」


 中からは

 

 「どうぞ」


 短い返事があった。


 扉を開け、部屋に入る。


 フラウはベッドに腰掛けていた。当たり前だが室内ではローブを脱いでいた。

 白を基調にした細身の修道服のような装いで身体のラインが強調されている。


 探索していた時にはわからなかったが、派手すぎない膨らみがあり、そこに絹のような長い髪がかかっている。それらが上品な女性らしさを際立たせていた。


 年齢は大して変わらないのに、溢れ出る気品のようなものに気圧された。


 「少しはゆっくりできましたか?」


 沈黙を破ったのはフラウだった。


 優しい微笑みを浮かべ、俺を気遣う。


 「おかげさまで。 久しぶりに休めた気がする」


 ちゃんとした寝床と食事は、精気を養うのに必要不可欠だと再認識した。


 「そうですか。 では、肝心の御礼をしていきましょうか。 リオス……こちらに来て仰向けで寝てください」


 ベッドに寝るよう促される。


 ただ、それだけのことなのに変に緊張してしまう。


 というか……座ったままじゃ駄目なのか……?


 疑問を持ちながらも、言われた通りにする。

 宿のベッドなのに、彼女との距離とほのかな甘さを帯びた香りが、非日常感を増幅させた。


 「うーん、この格好では少しやりづらいですね。 リオス、私の脚に頭を乗せてもらえますか?」


 いわゆる膝枕というやつだ。生まれてこの方、経験したことがなかった。

 変な感情を気づかれたくなかった。ここまで来たら、思考は止めて言う通りにする。


 頭を乗せたことでフラウの顔が近づく。


 「あら、身体……綺麗に拭いてきたのですね」


 「ああ。 一緒にいた時、臭かったんじゃないか? さすがに、部屋に入る前に汚れは落としてきた」


 「探索の時はそこまで気になりませんでしたよ。 でも、いい心がけだと思います。 清潔であることを嫌う女性はほとんどいないと考えていいでしょう」


 優しげな問答が心地いい。見下ろされながら、彼女の瞳を見つめていると吸い込まれそうな感覚を覚える。


 このまま眠りにつけたら、さぞ気持ちいいのだろうと想像する。



 俺はこの時、自分の身に降りかかる痛みを知りえなかった。



 「さて、やっていきますよ。 なんだか恥ずかしいので目は閉じていてくださいね」


 茶目っ気を含んだ発言にほんわかした気持ちでいると、フラウは小声で詠唱を始めた。綺麗な声で規則正しく読み上げられたそれは、まるで唄のようだった。



 「それでは、いきます」



 その言葉を聞いたあと――親の仇から放たれたと思えるような熱を至近距離で感じた。


 「ぬわーーっっ!!」


 最初の一発目で鼻の下に熱と激痛が走った。

 続けて、毛を焼いた独特の臭いが鼻孔に届く。


 想像していたよりも痛みが強い。身体が跳ねてしまった。

 フラウはびくっとして、俺に問いかける。


 「やっぱり、やめておきましょうか?」


 顔を覗き込まれ、揺れている眼を見つめる。優しい彼女の提案はとても魅力的だった。


 だけど、今の俺を変える手段は他にない。


 「か、構わない。 続けてくれ」


 そう伝えて歯を食いしばる。


 「わかりました。 次は連続でいきます」


 ジュッ、ジュッ、ジュッとテンポよく、火針が打たれる。その度に眉間に皺が寄っていく。


 打たれた部分が熱い。これは、相当なことだと身に染みる。

心配そうにしている雰囲気を察するが、俺の答えは変わらない。強く目を閉じて、続けるよう暗に伝えた。


 ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ

 

 「っぉおおお…… いてえええ」


 前の世界のSNSでは女性店員と患者の双方が涼しげな顔をしていたのに。

 とんだ誇大広告もいいところだ。


 目の端から涙が流れる。痛みによる生理現象だ。

 打った数はまだ二十程だろう。残りに耐えられるように、俺は頭の中でシノのことを思い出して紛らわせようとする。


 鼻の下を一通り打ち終わったところで、次は顎に進む。

 この頃になると、額に汗をにじませたフラウが目についた。


 「フラウ、大丈夫か?」


 魔力の消費が激しいのだろうか。


 「だい……じょうぶ……です。 針の太さで毛の奥に届く熱を保たせるのに、かなり集中力を要しまして……っはあ」


 彼女なりに考えながら、工夫してくれていたのだ。

 そのことに、感謝の念が増していく。


 「少し休んでもいいよ。 続けては辛いんじゃ?」

 

 「いえ、これくらいっ……やれ……ます」


 既に集中を高めていた。これ以上の気遣いは無用だと思え、黙ることにした。


 彼女の献身的な姿を見て感極まりそうになる。世間一般では俺の見た目は悪く、街ではゴミのように扱われている。

 フラウに対しては襲われているところを助けたことに便乗して、奇異な御礼を要求したのに。


 フラウは、そんな俺と触れることに抵抗を示さず、こんな近い距離で火針を打ってくれている。彼女の人柄が現れていた。


 途中から気がついたのは、やたら彼女の顔が紅潮していた。

 火針を打った後に甘美な声と吐息が漏れるようになっていた。


 それは俺が痛みに耐え、打たれる度に身体が跳ねる姿を見た後に起きていた。


 横目でフラウを窺うが、集中している。というより、自分の世界に入り込んでいるようだった。


 そのまま、俺は何も言えないでいた。


 本当に、このまま任せて、大丈夫……だよな?

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