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第1話 失意の底で

 怒りとやるせなさをぐちゃぐちゃにかき混ぜた気分のまま、自宅に着いた。

 俺は実家で両親と同居している。玄関を開け、無言のまま二階にある自室に行き、パソコンを点ける。


 帰宅するまでの間、ずっと考えていた。


 これまで、自分だけは違うと思っていた。世間に美男美女を持て囃す(もてはやす)風潮があろうとも、自分だけは自然体なままで愛する人を見つけられ、関係を深めていけると思っていた。


 それなのに、今回もそうだ。蓋を開けてみたら、最初から土俵にも上がれていなかった。

 なぜ、見た目が劣ることで蔑まれなければいけないのか。

 同じ行動をしても、見た目によって評価が変わってしまうのか。


 容姿が良い人間は、ほとんど持って生まれたもので特別な努力をしていないだろう。

 たまたま、得られたもので強権を振るい、下に見られる人間には扱いを変える。

 お前らが得てきた自己肯定感は運でしかないだろうと、悶々と考えていた。


 そんなことで、ここまで傷つかないといけないのか。


 パソコンの検索画面で男の見た目に関するワードを打ち込む。

 俺の顔を異性が好む造形にするには、美容整形を視野に入れる必要があるという現実を突きつけられる。


 なんで、差別を受ける側が大金と時間を使わないといけないのか。


 もちろん、見た目が良くない男であっても美人と付き合って、結婚することもある。でも、そんな限られた成功体験は俺にとって何にもならない。人に自慢できるものが何もないことは、とっくに自覚している。


 見た目が良ければ経験できたこと、過ごせたであろう時間を妄想し、そこに至れない現実に悶々とする。


 いつになったら自分の人生の主導権を取り戻せるのだろうか――

 気が付いたら、小学生くらいからの現在までの見た目に関係する苦い思い出が溢れてきた。

 もう、こんな思いをするのは嫌だと念じながら、そのまま机に突っ伏す形で寝てしまっていた。


 目が覚める。気分は少し落ち着いていた。ぼーっとする頭で今日の出来事が脳裏に浮かんできた。


 それを振り払うように


 「――もうこれで最後にしよう」


 決めた。これまでの自分とは決別すると。


 見た目が重視される世の中に迎合したい訳じゃない。

 それでも、この悔しさや自分を雑に扱った人間を見返すには、変わるしかないと思った。


 これは自分自身を守る術なんだと言い聞かせる。

 部屋の鏡で自分の姿を上から下まで見つめる。できる範囲でやれることは全部やろう。


 大金を使った美容整形はひとまず置いておき。まずは髪型を変えることと脱毛を始めようと決めた。

 二度と自分自身を誰かに一方的に評価されないよう、心に固く誓う。

 そうなると、すぐにでも行動しないと気が済まなかった。


 ものの30分程度で近くの美容室の予約をこの後の時間で確保し、明日は数駅離れた駅にある美容クリニックの脱毛体験を予約した。そこからさらに、ニキビ跡治療の評判がいいクリニックを数件ほどブックマークした。


 美容室に至っては1時間後に予約ができた。ちょうどいい、何か動いていないと落ち着かない気持ちだった。


 深呼吸して、美容師に伝える髪型をシミュレーションする。

 大丈夫だ……きっと……


 予約の時間が迫っていたので、一階に降りて玄関に向かう。

 ちょうど、帰宅してきた母親と鉢合わせになる。


 「出かけるの? 夕飯はいるでしょ?」


 いつもの会話に少し毒気を抜かれた気がする。


 「うん。 髪を切りに行くだけだから、すぐ帰ってくるよ」

 「そう。 少し目が赤いみたいだけど、平気?」


 本当に親はよく見ている。

 昔は生活が上手くいっていないことで、親に八つ当たりした時もあった。

 今はもう、そんな過去の自分と決別したい想いだ。


 「心配いらないよ。 夕飯、いつもありがとう」


 そう言って、急ぐように玄関を出る。

 普段なら言わないことを口にしたためか、その場を離れたかった。

 すれ違い様に感じた、母親の嬉しそうな表情が印象的だった。


 駅に向かおうと信号待ちをしている時、スマートフォンに着信が届いた。


 表示された名前は――――白石美咲。


 心臓が跳ねた。出るべきか、出ないべきか、考えている間に指が動いていた。

 その瞬間、トラックがこちらに突進するように向かってきていた。


 ぶつかると思った瞬間、とてつもない衝撃を受ける。

 こんな状況にあっても、昨日の出来事を思い出してしまう。


 ――あぁ、俺の人生はこんなものか。


 こんなことになるなら、恵まれた人間に嫉妬ばかりしないで、美醜で人を判断する世の中を恨まないで、若い時から自分の手札を磨くように頑張っていれば。今とは違っただろうか。


 もし、次があれば――――


 そこで俺の意識は途切れた。

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