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プロローグ

 「男鹿さんのことは、バイト先の頼れる先輩って感じで……」

 

 目の前にいるのは、数か月前に俺のバイト先に入ってきた同僚の白石美咲だ。

 そんな彼女を前にして、握りしめた手のひらは汗ばんでいる。


 「まだ……知り合ったばかりですし……」


 狼狽えている俺は男鹿(おが) (りょう)、三十六歳のフリーターだ。

 二十歳の女子大生からの言葉に、36歳の俺は動揺していた。

 普段の明るい笑顔と気さくな態度は、年上の俺から見ても魅力的だった。

 

 彼女と同じシフトに入る時には密かに心躍っていたのも事実だ。


 「だから……その……」


 でも、俺は別に好きだと告白をした訳ではない。

 それなのに、何を勘違いされたのか分からないが、異性として拒絶の言葉を受けていた。


 時折、俯き呼吸を整えるように慎重に言葉を選ぶように、彼女は話し続ける。


 「これからも、バイト仲間として仲良くしてもらえると嬉しい……です」


 「あぁ…」とか「そう……だね」などといった反応をして、その場は終えた。

 不可解な出来事に首を傾げるばかりだった。

 翌日、バイトを終えて店を出た時、若い長身の男に声をかけられた。


 「あんた、男鹿さん?」 


 俺よりも年下であろう、そいつは敬語もなしに用件を伝えてきた。


 「ちょっと話したいんだけどいい?」

 

 敬語以上に鼻についたのが、つるつるの白い肌、センターパートの髪は妙に艶やかで、わざとらしいほど整った顔立ちだ。それがいかにも女受けしそうで、腹の奥がざらついた。


 どうしても不機嫌になってしまい、ぶっきらぼうに答える。


 「こっちは仕事終わりで疲れているから、手短にしてくれ」

 「ふふ。 あんたバイトだろ。 仕事って」


 神経を逆なでされる。いちいち言い返す気にもならず、コンビニの駐車場の端で話を聞く。


 「それで? 何の用かな?」

 「あんたさ、美咲に気があるんだって? 美咲から相談されてさ、あいつ困ってたよ~。 バイト中に気まずくなるのも避けたいから丁寧に返事したってさ」


 なぜ、昨日の出来事を知っているのか分からない。

 ただ、相談されたということは、美咲ちゃんの知人なんだろうか。

 美咲ちゃんみたいな娘が、こんな軽薄な奴と交流があるのは意外だった。


「お前は美咲ちゃんの友達なのか?」


 当たり障りのない質問をする。

 男はニタニタと口角を上げながら答えた。


「美咲は、俺のセフレだよ。 呼んだらいつでも来てくれる都合のいい女かな」


 予想外の回答だったが、さほど動揺しなかった。こいつの言っていることは虚言だろう。

 あの美咲ちゃんは、そんな自分を安売りする娘ではないと、俺は分かっている。


「つまらないことを言わないでいい。 用事が済んだなら終わろう」

「あ、はい、これ」


 切り上げようとした俺は、スマートフォンの画面を見せられる。そこには、俺の知っている美咲ちゃんと目の前にいる男が写っていた。アルコールの缶と一緒に肩を寄せて写っている写真だった。


 何故だか、うるさいくらいに心臓が鳴っている。

 それなのに耳鳴りまでしてくる。

 特別、熱くも寒くもない季節なのに肩で息をしないと、酸素が足りない気がする。


 そんな俺を横目に男は言葉を続けた。


 「美咲が言ってたよ。 あんたみたいな、かなり年上のフリーターで低身長、青髭も目立って、身なりも良くなければ何か目標がある訳でもない『おじさん』に、いけると思われているのがショックだって。 告白される前に、先に言っておこうとしたんだって」


 気が付いたら俺は軽薄な男に言い返すでもなく、歩き出していた。

 不躾な相手の前から、無言で去ることしかできなかった。

 早歩きの最中にも男の言葉を反芻する。腹の奥がグツグツと煮えたぎっている。


 美咲ちゃんに告白した訳ではない。心の片隅で好意を持っていたくらいだ。


 俺だって自分の容姿や属性が世の中や異性からどう見られるか、分かっていた。

 学生時代から自分のルックスで悩んだ。そんなコンプレックスを克服する努力も体験もないまま、この年になってしまった。

 

 俺にとって異性との恋愛なんて、贅沢な嗜好品だ。

 魅力的な異性から好かれるために、何かを良くしようと努力するより、先に対価が欲しくなってしまう。

 

 頑張っても報われないなら、惨めになるだけだ。

 だから、恋愛なんて遠ざけていた。


 

 ――それなのに、逃げていたのに無防備な背中を刺されたことでショックを受けていた。

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