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第17話 流刑地にて②

 目立つ建物に大雑把に印を刻んでいく。

 同じところを通っていないか、確認できるようにするためだ。


 幸い、進むごとに禍々しい雰囲気は増していき、奥に向かえているように窺えた。


 そんな時


 ドスン、ドスン――


 重い足音がこちらに向かってきた。

 建物の陰に隠れ、音の出どころを探る。


 灰緑色の肌。

 筋肉の塊のような腕。

 小鬼とは異なる巨体に、手には大きな木槌。


 恐らく、こいつが、この層に鎮座する強力な個体だろう。

 我が物顔で闊歩する姿は”主”のようだ。


 有難いことに、こちらの姿は視認されていない。

 通り過ぎたところを後ろから仕留めようと息を潜める。


 ドス、ドスン――


 ひときわ大きな足音が横を通った後、ホブの背後をとろうと建物の陰から移動する。


 ここで仕留める。

 大きく息を吸い込んだ、その時



「あ……」



 同じタイミングで隣の建物から出てきた人影と目が合い、相手の小さな声が聞こえた。ローブのフードを深く被っていて、顔は見えなかった。


 なぜこんな場所に人がいる?それ以外にも、相手の反応にも違和感があった。

 一瞬だけ、互いの動きが止まる。


 だが、その沈黙を破ったのは――


 ドスンッ


 背後から響いたホブの足音だった。



 ホブゴブリンが木槌を振り上げる。


 「走れ!」


 叫びながら駆けだした。


 足が竦んでいるかと思ったが、鉢合わせた人物は素早く行動に移していた。

 


 目の端で再び木槌が振り上げられるのが見えた。

 息を吸い込み、駆ける。


 ホブの頸動脈を狙い、ファルシオンで切りつけた。


 「ゴォォ! ガァッ!」


 浅い――というより、あいつが固すぎる。

 これまでの小鬼とは同じようにはいかなかった。


 「ガアァァ!」


 中途半端な傷を与えたことで怒り狂うホブ。

 咆哮を上げながら、獲物を振り回し、近づくタイミングを失う。


 自然と舌打ちが出る。力勝負では勝てない。

 攻めあぐねている俺を見て、黄色い瞳をした巨躯が迫ってくる。


 避けるために駆けようとした瞬間だった。


 「――っ!」


 背後から声が聞こえた。

 次いで、火球がホブの足元に着弾する。

 

 「グガッ!?」


 怯む巨体。


 さらに続けて声がした後、落雷がホブの顔面で弾けた。


 「ガァァッ!」


 片腕で顔を押さえ、たたらを踏む。


 魔術だ。

 背後の人物と目が合う。


 「今です」


 十分だった。

 地面を蹴って、跳ぶ。

 一番脆いであろう、眼球に刃を突き立てた。


 柔らかな感触と共に、響く絶叫。


 「ゴォォォォォッ!」


 巨体がのけ反る。

 血と体液が噴き出し、顔面を赤く染め上げた。


 「一度、離れてください」


 その言葉に、刃を抜いて下がる。


 先ほどより大きい火球が放たれ、ホブの顔を包むように覆った。


 「ガアッ、ォォオ!?」


 熱だけではない。酸素を求めても、肺を満たす炎でなぶられている。


 うめき声を上げながら、フラフラとした足取りが、ついに崩れる。

 ファルシオンを両手で握り、歯を食いしばる。

 切っ先をホブへ向け、(がら)(しり)を石畳に押し当てた。


 こちらに倒れ込んでくる巨体の心臓を、そのまま穿った。


「ゴッ――」


 絶叫になり損ねた声。

 ホブの身体は痙攣する。


 鬼のような形相のまま、目の前で絶命していた。


 どうやら――生き残れたみたいだ。





 下敷きにならないよう、死体から離れ、獲物を回収する。

 息を吐いて緊張を解いていく。

 両手の指は言うことをきかず、ゆっくりと深呼吸しながら、柄の握りを緩めていく。


 そして、後ろにいる人物に目を向けた。


 「――っ」


 先ほどまでフードを被っていた人物は、こちらに顔を見せていた。

 言葉を発することができなかったのは、あまりにも、この場に似つかわしくない女がいたからだ。


 陶器のような白い肌、それを際立たせる長い黒髪が、怖いくらいに美しさを引き立たせていた。

 見蕩れるという甘い表現ではなく、言葉を発せない程の衝撃に近いものだった。


 それを不思議に感じたのであろう女が先に口を開く。


 「助けていただき、ありがとうございました。 わたくしは、フラウと申します」


 荒廃した場所、異臭がする魔物の死体の傍で歌声のような声が耳に残った。

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