第16話 流刑地にて①
翌日、探索を始める前にギルドに寄った。
受付には昨日、手続きをした人物がいた。俺に気づいた彼女と目が合う。
カウンターに近づいていく。
「ちゃんと来ましたね」
鋭い視線の中には別の感情も感じた。
「約束だからな」
今にして思えば、この職員だけ制服のようなものは着ていない。
白い半袖の上衣に、細身な藍色のズボンという簡素な格好。
横には刀剣という意外性が、今になって不思議に感じられた。
女性職員は頷き、僅かに微笑む。
「あれから、情報を追加でまとめてみました」
カウンターに置かれた、三枚の羊皮紙に書き込みがされていた。
手に取って眺める。昨日よりも、これから向かう流刑地の仕組みを掴めた。
要約すると
グラナドは、いわゆる迷宮のような構造だ。各階層の主を討てば踏破と認められ、次の探索からは、その先の階層へ直接転移できる。
そして、現在は九層まであることが確認できている、と綴られていた。
他にも役立ちそうな細かい情報もある。
顔を上げる。
対面の人物と目が合う。
「無事を……祈っています」
これまで感情を読み取れなかった彼女からの言葉。
心を込めた本意であることが感じられた。
「そういえば」
「どうしました?」
「まだ名前を聞いてなかった」
目を丸くする女性職員。
「エステルです」
そう名乗られただけなのに、その所作には品格を感じた。
俺は頷いて
「戻ることができたら、また寄らせてもらう」
それを聞いて、微笑むエステル。
「はい。 何事も生きてこそですよ」
憐憫でも諦観でもない真っ直ぐな眼差しを受ける。
昨日、受けた印象とは異なる。踵を返そうとした時、少しだけ後ろ髪を引かれる感覚さえあった。
村の外で人間として扱ってくれる彼女に、また顔を見せに来たいと思っている自分がいた。
◇
グラナドの入り口に到着する。目下には終わりが感じられない奈落があった。
禍々しく、生命を感じさせない佇まいに背中にじっとりとしたものを感じる。
入り口付近に衛兵のような格好をした男が立っていた。
「お前がリオスか?」
どうやら、入口の警護をしているようだ。
「そうだ」
簡単な確認だけ終えて、入口の転移陣を使い、迷宮に足を踏み入れた。
まず、足を踏み入れたのは薄暗い荒廃した街のような場所。壊れた建物が立ち並ぶ異様な光景だ。かつては人の出入りがあったのかもしれないが、荒廃した空間は湿った空気が流れている。
気を引き締めたところに、すぐに足音が近づいてくる。
――三頭のゴブリンだ。
手には棍棒を持っている。こちらに気が付くと警戒を強めるように声を荒げる。
「ギャギャ!」
腰から下げているファルシオンを握る。
ようやく、一人きりになれた。シノと別れ、村を出るまで押し殺していた感情が昂ぶる。この間のことが脳裏に浮かぶ。
殺してやりたいと思った貴族、疫病神を見るような村での視線。好き勝手、俺とシノのことを話題にする連中。
ほんとうに、どいつもこいつも、よく喋る。
それを黙らせるだけの力が無い、自分自身にも腹が立つ。
息を吸って、呼吸を止める。
――――殺るか。
三頭が目で追えない速度で駆ける。
先頭の一匹の真横を通過する時に、首筋に刃を添え、そのまま通りすぎる。
「ギギ……?」
小鬼は先程までの場所に俺がいないことに戸惑っている。それも束の間、最初の一匹から独特の色をした鮮血が吹き上がる。
残りの二匹があっけにとられている隙に、もう一度、呼吸を止めて地面を蹴る。
「ギィィ……ガ……」
頭から地に伏した二匹の死体に苛立ちをぶつけるように、何度も蹴りつけて転がしてから死亡を確認する。
足りない。今の溜まった感情を吐き出すには、こんな相手では足りていない。
シノが授けてくれた加護は強力だった。
ただ、意外だったのは授けた当人と全く同じ能力を発揮できる訳ではなかった。
五十メートル程度の距離を常人離れした速度で走れるシノに比べ、俺が加護を使える距離はもっと短くなる。
それに加え、駆ける瞬間に呼吸を止める必要があった。制約だけ見れば、劣化した能力にも思えた。だが、代わりに得たものもある。
――速さだ。
加護を発動した瞬間は、景色そのものが置き去りになる。
こと戦闘においては、特化型の能力となった。
ファルシオンに付いた血を払い、そのまま奥へと歩を進める。
崩れた建物の間から十数体のゴブリンが現れた。
こちらを見つけるなり、一斉に喚き始める。
「ギャア!」
「ギギギッ!」
さすがにこの数になると、常人なら囲まれて終わりだろう。
「遅い」
最前列のゴブリンが目を見開いた時には、首が胴体から離れていた。
そのまま、自ら殺されにきた小鬼たちを、次々と仕留めていった。




