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第13話 別れの夜に

 あれから、家に着いた後、両親は優しく迎えてくれた。

 その態度に、とてつもない申し訳なさを感じていた。

 同じ空間にいるのは居たたまれず、その日は自分の寝室に閉じこもっていた。



 翌日の夜も更けた頃、寝室の窓にカツンという音がした。

 窓を開けて顔を出すと、しゃがみ込んで手を振っているシノがいた。

 身振り、手振りで出てこいと言っていた。


 

 両親を起こさないように、そっと家を出る。


 「ごめんね、遅い時間に。 ちょっと話せないかなって」


 

 そう言いながら、髪を触ったり腕を触ったりと気まずそうにしている。



 先日の出来事のことなのだろう。

 本音を言えば俺も話したかったが、合わせる顔がなかったため、シノの行動に救われた。



 「いいよ。 そしたら、俺の物置小屋まで行こうか」


 ただの物置小屋だが、いつの間にか二人の秘密基地みたいになっている場所だ。

 並んで歩き出す。お互いに言葉を発することはなかった。こんな日に限って、月明かりはやけに明るかったため、寂しそうなシノの表情がよく見えてしまう。



 小屋に着く。

 古くなった毛布を何枚も敷いた床に腰を降ろした。


 さすがに何か話そうとした時、シノが口を開いた。


 「昨日で……決まっちゃったね。 私は侯爵の側室でリオスは……」


 避けることはできない、共通の話題。


 「そうだな……。 俺は明日には発つ予定だ」


 

 シノの口から出た、嫁ぐという言葉。今聞いても、ショックなものだった。


 「来月には侯爵の家かー。 向こうの生活に慣れるためだって。 慣れなきゃいけないくらい、大変なのかな」


 

 どこか他人事のような声色。


 「こうやって会えるのは、これで最後なんだよね」


 「はあーー! この村でも違う場所でも、普通のなんでもない生活を過ごせたら、それで良かったのにな」


 シノは少しだけ、おどけて言った。何かを吹き飛ばすように。



 自分ではどうにもならない虚無感に襲われる。

 食いしばるように噛んだ、歯がきしむ。


 そんな俺を見たシノは。


 「ねえ……。 リオスは……生きることだけを考えて」



 聞いていられないくらい、辛かった。

 でも、その感情は言い出せないでいた。本人が一番、やるせなさを感じているから。


 

 「シノ、気持ちは分かったから。 どこに行ってもシノが元気なら、俺はそれでいい」


 

 青緑色の髪が接近し、俺の顔を覗き込んで


 「ねえ、本当に分かってる? 私はリオスとずっと一緒にいる将来を考えていたの。 言えないままだったし、こういう状況で伝えることになったのが……悔しい」


 言葉は続けられる


 「私はリオスの優しさに救われて、自分らしくいられた。 楽しく過ごせていたの。 それは、リオスの優しさがあったからだよ? 他の誰とも違う、先に行く私をずっと追いかけてくれた。 そのことが、どれだけ嬉しくて、どんなに救われたか。 そんな、それなのに……私は何も返せないで。 ううん……私のせいで……こんなことに」


 

 シノの言葉は止まらなかった。堰を切ったように涙声が響く


 「そんな人に最後……嫌な思いをさせて、別れてしまうのが悔しい」



 もう、これ以上、何かを言わせたくなかった。

 シノの震える方を包み込むように抱きしめた。


 どれだけの間、そうしていたのだろう。


 

 「……が……いいな」


 小さく、漏れた声が聞こえた。


 「え?」


 「初めてくらいは……好きな人がいいな」


 俺の胸にいるシノは、上目遣いでそう呟く。



 そこから、余計な言葉は必要なかった。

 頭を撫で、髪を手櫛で触れる。気づいていたけど、こんなに女性らしくなっていたことを五感の全てで感じる。


 抱きしめた肩は華奢で、活発だと思っていたのに、こういう時はしおらしくて。



 触れる度に、一緒に過ごした時間が思い起こされた。小さな埃っぽい部屋には、かすかな吐息が交わされていく。

 経験がない俺、ただただシノを求め続けていく。月明かりで照らされたシノの身体は、とても綺麗だった。



 二人の距離がなくなった時、彼女の手が俺の胸元に触れる。

 淡い、青い光が脈打つ。シノの中にある『何か』が、俺の中に流れ込んでくる感覚。



 いつかのロッドの言葉が思い起こされる。


 「シノ、いいのか……?」


 加護を授かった女性が行える、一度きりのこと。

 それをすることで嫁いだ後の彼女にリスクがあるのではないかと懸念された。


 「いいの。 せめて、リオスの中に私を残したいの。 だから……ね。 このまま、受け入れて……ほしいな」



 二人の呼吸が揃うほどに、流れ込んでくるものは大きくなっていった。

淡い青い光に包まれていく。





 それが終わった後、明け方まで他愛のない話をし続けた。

 ここ最近のすれ違いを取り返すように、話は弾んでいた。



 出会った日のこと。


 魔物に襲われたこと。


 ここ最近のこと。



 身体が離れる時、シノが耳元で静かに囁いた。



 「これからは、わたしに追い付いてこなくていいからね」



 朝焼けが差し始め、シノは以前のように笑っている。


 どこか、影を潜めた笑顔だった。




 俺は中途半端だった。

 守りたいものがあったのに、この世界の常識に囚われていた。



 洗礼の儀より前に、シノを連れ去るくらいの覚悟もなかった。

 彼女にここまで言わせた、情けない俺は覚悟を決めた。


 

 「シノ。 今は無理でも……必ず迎えに行くから」


 気がついたら、呟いていた。


 これが聞こえたのか、わからない。

 だけど、今はそれでいい。

 俺は背を向けて、シノの反応は見ないことにした。



 俺の中に、これまで感じたことのない火が灯っていた。




 ――――どんな手を使ってでも、シノを取り戻す。



 そう心に固く誓った。

この曲を聴きながら書きました。

Suara:キミガタメ

https://www.youtube.com/watch?v=DXH-JbLrLHY

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