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第12話 洗礼

 十五歳になって、洗礼を受ける日がやってきた。

 洗礼の儀は街にある聖堂で行われるため、村から数時間は馬車に揺られたところにある。


 この国では、王が国を治め、貴族が土地と領民を管理する。

 そして、教会は人々の信仰と価値観を司る。

 そのため、貴族が行う洗礼の儀は教会の施設で行われ、教会が立ち合いのもとでお墨付きを得たという意味合いも含まれている。


 洗礼を受けに行く、同じ年頃の子供が俺とシノを含めて六人だと聞いていた。

 人数を考えると馬車は一台で足りるが、二台停まっていた。

 全員、普段とは違う小綺麗な格好をしている。


 五人が揃った時、少し遅れてシノがやってきた。


 白を基調としたワンピースを着ている。髪は丁寧に結い上げられていた。


 耳の横には小さな花の飾りが揺れていた。

 男女の区別なく、全員がシノに注目する。それくらいの存在感があった。


 シノは俺に気づいたが、お互いに小さく手を上げただけになった。馬車に乗り込もうとした時、シノは村長に声をかけられていた。


 俺を含めた五人が乗り、一台目の馬車は出発した。

 レーヴの指示か、村長の計らいか分からないが、シノだけはもう一台の馬車に一人で乗った。


 俺は暗い気持ちのまま、目を閉じて揺られていた。


 街道をしばらく走っていると、誰かが小さく声を漏らした。


 「見えた……」


 それに釣られて、顔を上げる。

 石造りの城壁、その向こうに並ぶ建物。

 村とは比べ物にならない規模だった。


 馬車は城門をくぐり、石畳の道を進んでいく。

 行き交う人々の容姿や服装も、店先に並ぶ商品も、村とは何もかも違った。


 「すげぇ……」


 誰かが呟いた。


 背の高い白亜の塔が見えてきた。

 馬車が広場へ到着すると、多くの人が集まっていた。


 「成人おめでとう!」


 「あなたたちに、神のご加護がありますように」


 兜を脱いだ数人の騎士、修道服を着た聖堂の関係者が出迎えてくれた。

 美しい面々に迎えられた村の子達は舞い上がっている。


 聖堂に入ろうとした時、もう一台の馬車が到着した。

 扉が開き、シノが姿を現す。街の人間をもってしても、誰もが彼女を見ていた。


 当の本人はよく分かっていないのか、不思議そうな顔をしていた。一台目の馬車よりも遅れて着いたことで、自分が皆を待たせていると勘違いしているみたいだ。


 「洗礼を受ける者は、こちらへ」


 聖堂の職員が案内する。

 村の人間は順番に集められ、列を形成していく。並ぼうとしたところ、列の一番後ろを指定された。シノは一番前に来るよう言われていた。


 価値が高い者ほど前へ。

 そうでない者ほど後ろへ。


 それだけの話だった。


 列は聖堂の中へ進んでいく。

 巨大な扉をくぐった先で、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

 高い天井に何本もの白い柱。赤や青の光が床に落ち、幻想的な模様を描いている。


 その最奥。

 祭壇の上には、豪華な衣装を身に纏っている――――レーヴがいた。

 今となっては、村で見た時よりも邪悪な存在に感じられた。


 その祭壇より高い位置に、回廊があった。石造りの細い通路が走っていて、手すりだけがあった。そこに、黒い布で目隠しをした修道女たちが整然と並んでいた。

神聖というより、どこか現実離れして見えた。


 やがて修道女たちから、歌声が降ってくる。


 透き通るような高音。

 村の子供たちは皆、呆然と見上げている。


 まるで、美を持つ者たちが織り成す神聖さを、見せつけるための余興に思えた。


 その時だった


 並ぶ修道女の一人へ視線が吸い寄せられる。中央に位置する、その修道女だけが俺を見ているような気がした。


 歌声は止まらない。

 なぜか、ゾクリとしたものを――……背中に感じていた。


 讃美歌が止み、咳払いをしたレーヴが話し出した。


 「それでは、これより洗礼の儀を始める」


 聖堂にいる全員が耳を傾けた。


 「まず、この儀式は王国が領地を治める貴族に、領民の適切な管理を目的にしたものだ」


 聖堂に声が響く。


 「諸君らも知っての通り、人には生まれながらにして差がある」


 その言葉に誰も反応しない。

 当たり前のことだからだ。


 「神より優れた才を与えられる者もいれば、そうでない者もいる。強き者もいれば弱き者もいる。美しい者もいれば醜い者もいる」


 レーヴは淡々と続ける。


 「洗礼とは、その差を明らかにし、適切な場所へ配置するための儀式である」


 まるで家畜の品評会に思えた。


 「才能ある者は国へ尽くす」


 「力ある者は民を導く」


 「そして、美しき者は優れた血を残す」


 聖堂にいる大人たちは頷いている。


 「逆に、価値なき者は価値ある者のために生きる義務を負う。 しかし、暮らしの保証は『才能』、『力』、『美』を有する者らによって保障される」


 俺は……自然と拳を握っていた。


 「それでは、まずは――」


 レーヴが言葉を切る。

 聖堂の空気が張り詰めていた。

 

 そして


 「シノ」


 真っ先に名前を呼ばれたのは、やはり彼女だった。

 周囲の視線を一身に受けながら、ゆっくりと祭壇へ歩き出した。


 「そなたは、優れた血を残すに相応しい者である」


 聖堂の中から、「おぉ」という声が挙がる。

 レーヴは続けた。


 「私の側室として迎える。 翌年、正式に婚姻とする。 それまでの準備期間として、来月より我が屋敷に入るように」


 聖堂がどよめいた。

 シノの後ろ姿は立ち尽くすかのように、力なく肩を下げている。

 

 祭壇から降りるため、こちらを向いた時、目が合った。


 そして、レーヴは俺を一瞥する。ニタリと口角を上げていた。


 二人目、三人目と順に呼ばれていき、領民として村での暮らしを告げられていた。

聖堂にいる大人たちも分かっている。シノ以降の者については、消化試合のような雰囲気すら漂う。


 「では最後だ」


 名前を呼ばなかったことに気が付くが、祭壇に進む。


 その途中で、また回廊の中央にいる修道女と視線が交差した。

 向こうは目隠しをつけているが、それでも見られている気がしてならない。


 気を取り直してレーヴと向き合う。相変わらず、嫌な目つきだった。

 シノは貴族の元で、俺は村の中で生きていくのかと逡巡していた。


 「お前は――」


 今はただ、一刻でも早く、この場所から離れたかった。

 早く、一人になって今後のことを考えたい。



 「罪人だ」



 え?


 罪人と言ったか?


 俺が?


 俺の疑問に呼応するかのように、聖堂の中は色めき立った。


 「この者は、自身の立場を弁えず、貴族に逆らった。 それだけでなく、貴族に嫁ぐ可能性があった娘をたぶらかしていた。 優れた血を穢そうと企んでいた」


 頭の整理が追い付かない。

 分かっているのは、この国で正式に身分を決める場において、俺は断罪されている。


 「よって、二年間は王国の外縁――『グラナド』へ送る」



 聖堂内がざわめく。


 グラナド……知らない土地だった。


 「魔物が満ちた土地で、自らの行いを悔い改めることを期待する。 関係者は本日より三日後、移送するように」


 頭の中で言葉が結びつかない。

 祭壇の上の男を睨みつけていた。


 「待ってください!」


 後ろにいたシノが祭壇に上がる。


 「リオスが罪人だなんて、何かの間違いではないのですか!?」


 「間違いはない」


 冷たく切り捨てられる。それでもシノは


 「わ……わたしが」


 必死に言葉を紡ごうとしている。


 「代わりに……行きます。 だから……リオスは」


 懇願するシノの肩へレーヴが手を置く。


 「そなたは優しいのだな。 女の後ろに、ただ隠れているだけの醜い者を助けようとするなんて」


 気づけば俺の爪は掌へ食い込んでいる。

 痛みなど感じない。

 喉の奥が熱い、呼吸が浅くなる。


 嫌な笑みを浮かべ、俺を見ろした時、腹の奥に溜まった赤黒いものが弾けた。


 「ふざけるなよ!」


 レーヴを睨みつける。


 「俺が何をした!」


 もう止まらなくなっていた。

 対面の貴族は何も答えはない。


 それでも、続けた


 「お前が! 弄んで――」


 喉の奥が焼けるように熱い。


 「勝手に人の人生を決めて! ふざけるな!」


 相手の表情は変わらない。その冷静さが腹立たしい。


 それでも見下すように、俺を見つめる貴族を殴り飛ばそうと足に力を入れた時。

 言葉では形容できない力で制止された。声すら出せない状態になっている。


 視界の端で回廊の修道女の腕が動いたことだけが分かった。


 レーヴは続ける


 「では、温情だ」


 なんだ……なにを言うつもりだ?



 「グラナドには、我らが国教の聖遺物があると言われる。 側室となるシノに免じ、それを発見した際には罪を赦そう。 お前に『見つけられればな』」


 ニヤリとした表情から、存在の真偽すら怪しいものに思えた。


 詰め寄り、問い詰めようとしても身体も動かず、言葉が出ない。


 いつも間にか寄って来ていた男たちに取り押さえられた俺は、簀巻きにされて馬車に押し込まれた。


 一瞬、シノと目が合った。


 これまでに見たことがない表情をしていた。


 ――どうして、俺は大切な人を悲しませることしか、できないのだろうか。


 怒りと、自己嫌悪が渦巻き、気絶できたら、どんなに楽だろうか。


 そんな、つまらない考えばかりが頭の中を占めていた。

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