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第一章

「それじゃあ、行ってくるね」


「いよいよだね。気をつけて行くんだよ」


「うん!」



わたしはおばあちゃんに手を振ると、元気よく家のドアを開けた。



わたしの名前は、リシェル。


白くて長い三つ編みをひとつにまとめた髪を背中に流し、サファイアブルーの濃い青色の瞳をしている。



森の中にある一軒家でおばあちゃんといっしょに住んでいる、どこにでもいるような普通の女の子に見えるけれど――。



実は、前世が猫。


もう一度、あの人のそばにいるために、猫から転生して17歳の少女になったのだ。



これは、絶対にだれにも知られてはいけない秘密。



今わたしは、このノクスベル王国にあるヴァンデール城に向かっている。


今日、そこで侍女の募集があるからだ。



侍女の主な仕事は、お城での日々の雑務や王族の身の回りの世話。



お城は広いから多くの人手が必要なのだろうか。


17歳以上の女子で、侍女として城で住み込みできる者であれば、だれでも即採用と張り紙に書いてあった。



わたしはあの人に会いたくて、どうしてもヴァンデール城に入りたかった。


だから、侍女としてそこで働けるのなら、これは願ってもないチャンスだ。



軽快にお城までの道を歩いていたけど、お昼近くになってお腹が空いてきたわたしは、少し休憩することに。


お昼ご飯にと思って、朝から作って持参したサンドイッチを川のほとりに座って食べた。



「おいしぃ〜!」



ツナがたっぷり入ったものと、白身魚のフライを挟んだ2種類のサンドイッチだ。


前世が猫だから、今でも魚は大好物。



お腹もいっぱいになったところで、降り注ぐ太陽の日差しが心地よくて、ついうとうと…。


余裕を持って家を出たから、ちょっとくらいゆっくりしたっていいよね。



「ふぁ〜、気持ちいい」



わたしは原っぱの上に横になると、体を丸めた。


ひなたぼっこも、だ〜い好き。



だけど、いつの間にか眠たくなって――。



はっと気づいて目が覚めて驚いた。


なんと、いつの間にか太陽は真っ暗な雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな空へと変わっていた。



どのくらい寝てしまったんだろう…!


それに、山の天気は変わりやすいって言ったって、変わりすぎだよ〜…!



急に湿気が増えて、ヒゲはないけど口の周りがむずむずする。



雨も降りそうだし、お城に間に合わなかったら大変だ。


わたしは慌てて荷物をまとめると、お城へと急いだ。



もうお城は目の前というところで、ぽつんと頬に雨粒が当たった。



「…ぎゃっ!」



前世同様、雨が苦手なわたしは、思わず変な声を漏らしてしまった。



でも今は、それどころじゃない。


見ると、お城の門が閉じようとしていた。



「ま…待ってください!まだ、ここにいます…!」



わたしは必死になって門へと向かった。


だけど、わたしの声は届いていないのか、門の動きが止まる気配はない。



門の隙間が刻一刻と狭くなり、あと少しで完全に閉じようとしたとき――。


なんとか体を滑り込ませて、お城の中に入ることに成功した。



「…まだ人がいたのか!?」


「キミ、無茶するな!挟まれたら、死んでいたかもしれないんだぞ!」



中にいた衛兵たちが、わたしに気づいて駆け寄ってくる。



心配してもらわなくたって、狭いところに入るのは大得意。



「今日の侍女志望できたのか?」


「はい、そうです!」



わたしはブルブルと体を震わせて雨粒を弾き、元気よく返事をした。



「その意気込みは認めるが、今日を逃したからって、またどこかで募集はあるだろうさ。だから、なにそこまで焦らなくても――」


「それでもわたしは、今日がよかったんです!一日でも早く、あの人に会いたいから」


「「…あの人?」」



衛兵たちは、きょとんとして同時に首を傾げる。



「な、なんでもないです…!」


「そうか?それじゃあ、案内しようか。他の侍女志望者たちはこちらにいる」


「ありがとうございます」



また一歩、あの人に近づけた気がして、わたしはうれしくて自然と足が弾んだ。


後ろでひとつに束ねた三つ編みが、うれしさを表す猫のしっぽのように左右に揺れる。



衛兵のあとについて行ってお城の中に入ると、知った匂いに安心感を覚えた。


金色の縁をあしらった白を基調とした壁やドア、廊下に敷かれた赤いカーペット、客人を出迎えるように吊るされたきらびやかなシャンデリア。



「…変わってない。1年前からなにも」



懐かしさをしみじみと感じ、思わず目が潤んだ。



「なにか言ったか?」


「いえ、なにも!」



振り返ってきた衛兵に、わたしは笑ってごまかした。



本当であれば、庶民のわたしがヴァンデール城を懐かしく思うことはない。


なぜなら、庶民が気軽に立ち入れるような場所ではないし、わたしだって今日初めてお城の中に入ったのだから。



でもその初めては、“人間”として。



猫だった頃のわたしは、この城で暮らしていた。


ノクスベル王国を治める若き王、エリオット・ヴァンデール様の、ただ1匹の愛猫として。



エリオット様と出会ったのは、今から11年前。


乳離れしたばかりのまだ幼い子猫だったわたしは、野良猫だった母を追って、いつの間にかヴァンデール城の裏庭へと迷い込んでいた。



しかし、そこでカラスの大群に見つかってしまう。


尖ったクチバシで突つかれ、鋭い爪で弄ばれて、わたしは瀕死状態に陥った。



そんなわたしを助けてくださったのが、当時11歳の柔らかい金髪が風でなびく凛々しき少年、エリオット様だ。


エリオット様はカラスを追い払ってくれて、わたしを城へと連れて入ってくれた。



死んだっておかしくない状況で、エリオット様が献身的に看病してくださり、見事わたしは死の淵から生還。


エリオット様は、わたしをこれ以上ないくらいにかわいがってくださって、愛猫として幸せな日々を過ごしていた。



わたしの主様は、心身ともに強い王子様だった。


幼いながらに冷静で判断力があり、威厳のあるお姿のエリオット様に、周囲からの次期国王への期待が厚かった。



でも、本当のエリオット様はそうじゃない。


大きな期待をプレッシャーに感じ、不安で孤独だった。



そして、だれにも言えない弱音をわたしの前でだけ吐露してくれた。


普段は寡黙なエリオット様も、わたしとふたりでいるときはたくさんお話してくださる。



表では完璧な王子様。


でも、本当のエリオット様を知っているのは――わたしだけ。



「ニャ〜」としか声をかけられないのがもどかしかったけど、そんなわたしをエリオット様はやさしくぎゅっと抱きしめてくれた。


エリオット様の石鹸の香りが混じった匂いも、だ〜い好き。



そうして、わたしはエリオット様の愛猫としてこの上ない猫生を歩んでいたのだが、別れは突然やってくる。


――わたしは、ある人物によって命を奪われる。

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