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episode.17



あれよあれよと通された席は、ステージのよく見える個室の席だった。この劇場の中でもかなり格上の席である事にシュナは気づいていない。


シュナは現在、嫉妬という極めて厄介な感情と戦っていた。


ロウェルの気持ちを受け取る覚悟も無いのに、それを他に向けられるのも嫌だなんて、自己中心的にもほどがある。


だけど今、シュナの心を支配しているのは紛れもなく嫉妬心だと自覚がある。


「以前は誰と、いらっしゃったんですか?」


それを聞いてどうするのか、聞かなければ良いのにと思うのに、聞かずにはいられなかった。


どうかこの醜い感情に気づかれないようにと、何でもない世間話でもするように言葉にを発したつもりだが、果たしてロウェルはどう受け取っただろうと気になって、隣に立つその顔を見上げた。


真っ直ぐに前を向いたままのロウェルは、何かを思い出した様にクスッと笑いながらシュナの耳に顔を寄せた。


「これはここだけの秘密にして欲しいんだけどね。セレネが行きたいと駄々をこねたんだよ。だからお忍びで1度だけ」

「え…………?」

「ほんと、子供みたいだよね。だけど彼女を1人にするわけにはいかないし、下手な護衛もつけられないからね。僕が行くしかなかったんだ」

「そう…なんですか………」

「偶然居合わせたお客さんに僕とセレネは恋人に間違われたんだけど、そんなの気にしなければいいのに、彼女は僕を兄だと主張して相手を困らせていたよ」

「へ、へぇ…」


上手く笑えているだろうか。いや、絶対に笑えていない。


セレネとロウェルが隣に並び立つ光景は何度も目にしてきた。その度に思っていたのだ。よく似合う2人だと。


何も事情を知らない人は、2人が並び立つ姿を見て恋人同士だと疑わないだろう。だけどそれが、シュナだったらどうだろうか。


この期に及んで、ロウェルの隣に並び立てる自信が全く無い。


「彼女は性格は少し子供っぽいですけど、綺麗ですからね。恋人に間違われるのも無理は無いと思います」

「実際にはありえないけどね。」

「でも、セレネの婚約者候補にお名前が上がっていましたよね。そういう未来もあったかもしれませんよ」

「………………」


胸が痛むのを誤魔化す様に言葉数を増やしていたシュナに、ロウェルもいつものように軽口を返してくると思っていたのだが、反応が無い事を不思議に思ってロウェルを見上げると、彼は小さくため息を吐いていた。


「僕の魂が今まで君に気づく事が無かったから、意地悪を言っているの?」

「……………え?」

「彼女とは主従関係意外はあり得ないよ。僕の心は君のところにあるんだから」

「…………………」


ドキン、と痛いほど胸が高鳴る。


ロウェルはきっと、表情も声色も紡ぐ言葉も、全てを計算してやっているに違いない。


隣の席に座っていたロウェルが、ずいっと距離を縮めてくる。そんな事をしなくても声は聞こえると言うのに。


「ねえ、シュナ」

「…なん、ですか?」

「もしかして、ヤキモチを焼いてくれた?」

「っ!?」


図星を指摘されたシュナは、それを誤魔化す言葉すら出てこない。ただ驚いて、何を言うべきかと目を泳がせているうちに、ロウェルはシュナの手を取りグイッと引き寄せた。


「君はあまり感情が表に出ないから分かりづらいけど、もしそうなら嬉しいんだけど」

「あ、あ、あの、あの………」

「大丈夫、誰もみていないよ」


そうじゃ無い。


普段よりきちんと着こなされた制服、嗅ぎ慣れた香り、甘やかす様な声色、直に感じる力強さ、装飾が擦れる音…。


そのどれもが、シュナにとっては刺激が強すぎた。


お酒を飲んだわけでも無いのにクラクラして、思考が鈍る。


「千年…」

「え?」

「ずっと夢に見てきました。もしかしたら今度こそ、今日こそ何かが変わるかもしれないって…。だけど、いつもドキドキするのは私だけ………」


これまでの輪廻の魔女は、運命の魂と共にあったとはいえ、シュナのようにその存在が身近な時もあれば、そうでは無い時もあった。


ほんの小さな関わり合いが持てるだけで、何かが変わるんじゃ無いかとドキドキして、そしてその期待はことごとく踏み躙られて来た。


いつも、胸を熱くさせられるのは、切なくさせられるのは輪廻の魔女の魂だけ。そんな風に思っていた。


だけど今夜、ロウェルはシュナの手を取ると、自身の胸に手を当てさせた。


「騎士として、どんな境地に立たされても、僕の心臓がこんなに昂ることは無かった。過去のことは、僕には分からないけれど、今の僕はどうしようもないくらい、君に恋をしているんだ。好きな子の近くにいたら僕だってドキドキするよ」

「…………………」

「どうか、信じてほしい」


ドッドッドっとロウェルの心臓が大きく動いているのが伝わってくる。この手から伝わってくる心音で、シュナの心臓が余計に高鳴っているようだった。


苦しくなったシュナはなんとか声を絞り出す。


「……すみ、ませんでした…。あの、わ…分かりました、ので………もう………」


手を引こうとしたシュナだったが、スルッと指を絡め取られ、逃げる事を許してはもらえない。


「ねぇ、手を繋いでいても良い?君が意識を失っている間、僕は生きた心地がしなかったから、今、君と一緒にいるって実感していたいんだ」

「あ、う…………は……」


そんなふうに甘えた声で言われたら断れるはずもない。シュナは過去の記憶を持つ為、多少の事では動じない事が多いが、これまで避けて通って来た恋愛に関しては別だ。


全くもって免疫が無いと言っても過言では無い。


流されるままに曖昧な返事をしたシュナに、ロウェルは満足そうに微笑んだ。


「ありがとう。ほら、もうすぐ始まるよ」


客席の照明がゆっくりと落とされ、観客達がステージに注目を集める中、シュナだけは、劇よりも繋がれたままの右手が気になりすぎてそれどころでは無い。


少し骨ばっていて皮膚が硬くなっているのを感じる。けれど、握られた手は優しく、だが逃げる事は許してくれなかった。





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