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魔女ネバイト編3・ネバイトの嗜好

 地下へと階段を歩く三人は、既に気配を殺し、呼吸音や足音にさえ細心の注意を払っている。

 階段が終わると広いところに出た。暗くて見えにくいが、広間のようなそこは地面が土で、そこら中に大きな樽があったり、四~五メートルほどもあるだろう大きな木の箱などもある。

 それらが何なのか、そもそもここがどういった施設なのかも知らない三人は僅かに好奇心を覚えるも、敵が隠れられる空間であると悟り、再び気を引き締めた。

「……いる?」

 ピカリが僅かに声を漏らす。ネロは前を向きながらも、ピカリを小さな声で叱った。

「なに喋ってんですか。分からないなら黙って下さい」

「いえ、バレたとしたなら好都合よ。ピカリのステージスタイルを見せる」

 ピカリの秘術の元であるマイクが出現すると同時。

 三人の三時方向からカラァンと甲高い音が鳴り響いた。

 同時に右を向き、ネロは二人を庇うように前に出た。

 が、後ろ。

 三人の九時方向からそれが迫っていた。

 足音は僅か一度のみ、天井にぶら下がっていた灰色の魔女はピカリの真後ろに降り立つと同時にネロとイツキの頭をそれぞれ右手と左手で引っ掴み、二つの頭でピカリの頭を挟んだ。

(三人同時に殺す気ッ!?)

 覚悟が足りなかった、と実感すると同時に覚悟し直す時間もなかった。

 ただ、走馬灯。

 無愛想な自分が、特に深い理由もなく他人を信用できず憎まれ口を叩き続けたためにまんじりともしない生活を送っていた中で憧れの存在に出会えたこと。

 一所懸命の努力を続け、徐々に人気を集め、歌って踊るアイドルという存在を陰から支え続けた文化の立役者『サキ』に憧れ、真似をして、少しずつ見直された自分自身。

 浅はかだった、魔女を倒すなんて浅い考えでしかなかったのだ。無計画とまではいわないが、即興過ぎた。後悔する時間はいくらでもあるように感じた。

 だが、思っていた一撃はない。ごりごり、と二つの頭が自分の頭を挟んで少し痛いだけだ。

「……なに?」

「ミンナ、ナカヨク、ダヨ!」

 子供向け玩具が出すような奇妙な掠れ声を、それは放った。

「このおっ!」

 ピカリ同様茫然としていたネロが我に返り、鎌を後ろに振り回すが、ネバイトは二人の頭を強く掴み、体操選手がするように自分の体を逆立ちさせて、そのまま腕のバネを使って華麗に大きな木の箱の上へと跳ねた。

 足から着陸した彼女は、両腕を天高く挙げて、そして初めて三人に顔を見せた。

 ウェーブのかかった灰色の長髪、もう何年も日を浴びていないだろう白い肌、白衣のようだが肌に張り付くスウェットスーツのようなそれは運動性にも優れていよう。

 そしてその顔は、声とは裏腹に、勇ましく若々しい女性に見える。

「ケンカハ、ダメ!」

 両手をクロスさせて×マークを作るネバイトは、それ以上何も言わない。

 点、点、点、と呆けた三人の中で、ネロが最初にイツキに尋ねた。

「なんですかあれ」

「魔女と会ったことがあるネロがそう言うと、私だって何も言えないわよ」

「とりあえず戦います!」

 再びネロが鎌を出現させると、それに待ったをかけたのもイツキである。

「待って! 彼女に戦意があるならさっき殺せたはず。対話を試みるべきよ」

「……奴らはあっさり終わらせたくないだけですよ。すぐ殺すのは勿体ないからって」

「ナンノ、ハナシ?」

 コミカルな声の通りの表情ならばネロも多少は安心するかもしれないが、ネバイトはアンバランスに三人を威圧する目をしている。

「灰色の魔女ネバイト、あなたの目的は何!?」

 イツキが叫ぶ。ネロとピカリは秘術を装備し、それを見守る。

 この魔女の目的、ここを占拠した理由、それさえ分かれば殺せずとも追い出すことはできるかもしれない。

 勿論イツキが尋ねた理由は融和を求めて、だが。

 そんな途方もない夢に、ネバイトは応えた。

「ワタシハ、ミナサント、ナカヨク、ナリタイデス!」

 奇妙な声は確かにそう言った。

「……はい?」

 ネロが困惑しながら聞き返すも、ネバイトは壊れた玩具のようだ。

「ナカヨク、ナリタイ! ナカヨク、ナリタイ!」

「何が仲良くなりたいですか! 話は聞きましたよ、残虐で残酷な魔女、最も恐ろしい魔女かもしれない、という話すらあるそうじゃないですか!」

 道中、運転手で聞いた話ではエリオット教など魔と戦う機関が定めた中で、魔女の存在についてある程度は言及されている。

 その中でもネバイトは、殺人の数こそ少ないものの、魔も人も問わず要人暗殺において無類の強者であった。

 また数少ない音声史料が残っていることでも有名で、何故か自分の名前を殺す瞬間に言っていることから、魔女は固有魔術や技などを名前にちなんでいるというルールも把握できたとか。

 とかく、そんなネバイトは見た目で攻撃的かつ残虐な雰囲気を出しつつも、意味不明な言動と声の高さで三人にその確信を持たせないでいた。

「私達を油断させるためにふざけたフリをしているんでしょう! はっきり言ってください!」

 イツキの行動をじれったく思ったネロが鎌を両手に突撃する!

 振り上げられた鎌は、まず足場になっている木の箱を壊すことを目的としていた。

 そこで初めて、ネバイトはネロに敵意を向けた。

「サセナイ! サセナイ!」

 真剣白刃取り、それを鎌一つにつき指二本で。

 最小限の力なのに、ネロはそれで両腕を全く動かせなくなった。

「……オールサイズオーケストラ、終曲(フィナーレ)!!」

 ネロが出し得る鎌全てを出現させ、空から降らせる。

 地下だが天井の高いここならば体育館でイロに使った時同様に可能! そしてその量たるや、魔女であっても押し潰せるかもしれない!

「ヒドイ! キチク!」

 そんなことを言ってネバイトは簡単に掴んでいたネロの鎌をへし折り、また跳躍で鎌の群れへと突っ込んだ。

 降り注ぐ鎌に対して、ようやくネバイトはその力の片鱗を見せた。

決して離さない(ネバーリーヴイット)

 先ほどとは全く違う、低く、地を這うような女の声。

 鎌に対して、彼女は何もしなかった。

 ただ触れた。

 その瞬間に鎌から鎌へと粘度の高い糸が広がり、結び、全ての鎌を結んだ瞬間にがんじがらめに凝集した。

 そして完成した巨大な鉄の塊を、ネバイトは簡単に持ち上げて、空いている場所に置いた。

 三人とも言葉を失った。終曲は我武者羅で放埓な技なれど、ネロができる中で最も威力の高い技であった。

 それをあっさりとネバイトは完封したのだ。

「……シニタイ?」

 初めてネバイトから出た敵意の言葉に、イツキは真向から反論した。

「違う! 違うの! ほらやっぱり実際に貴女様は過去に悪いことをしたから、仲良くしたいって言ってもちょっと信用できないかなーって! でも私達は本当にネバイトさんと仲良くなりたいって思ってるんですよ! ね、ピカリ、ネロ!」

 媚び諂うイツキの態度に二人は蔑むような視線を向けるが、反論もできない。敵の脅威に、言葉をまだ失くしている。

「……ワタシ、ココロガワリ、シタカラ」

「それじゃ、信用できませんよ」

 ネロが否定を投げかけると、ネバイトは考えるように目を閉じて、唸った。

「ふぅむ」

 それは普通の、見た目通りの勇ましい女性の声だった。

「……もしかしてあなた、普通に喋れる?」

「ん? ……コレガ! フツウダヨ!」

 流石に三人ともネバイトの本性というものが別にある、と気付いた。

「ねえ、私達には隠し事をしないでくれませんか? ここの政府は貴女を厄介者として討伐しよう、という人もいるので」

「カクシゴト、ナンテナイヨ」

「私達は一応第三者ですから。ね?」

 イツキの説得を再三受け、ようやくネバイトは語り出した。

「……無愛想な喋りしかできんのだ。分かってくれるな?」

 それに少し驚きはしたものの、イツキはニッと笑った。

「ええ、そういう喋り方には慣れてますので」

 ネバイトの行動の意味を、そして三人は知ることになる。




 ネバイトは武闘派の魔女である。

 灰色の魔女『消失のネバ』、物質を消すこと、自ら透明になることができるため、卑怯にも透明になって暗殺していると思われているが実はそうではない。

 先の戦闘で見せた高い身体能力、自らの固有魔法を使って効率的に敵を殺す魔女及び魔族随一の暗殺者。

 自らの欲もなく、誰の元にもつかず、依頼があれば気まぐれに受けて殺す。そんな無頼漢。

 気まぐれに流れ流れて生きていた。

 寿命もなく、何をすることもない魔女という生き物として、自分の生と死すら拘泥しなくなった時、血の匂いに惹かれたのか、彼女は戦国の大陸に降り立った。

 過去に戦場に降り立って自らの無双をひけらかしたことがある。暗殺のみならず、白兵戦において縦横無尽に活躍できる彼女は、再びそれを見せつけようかと思った。

 その前に、誰かの依頼を受けようと兵舎や参謀本部のある戦地に行った時だ。

「……何を食っている?」

「納豆を知らんのか? 魔女というのは長く生きていても無学なのだな」

 男が食っていたそれは今まで見た中で最も奇怪だった。魔女は食事を必要としない、だからしなかったが、腐ったものを食べるというのは異常とすらいえる。

「まあ食べてみんしゃい。毒じゃない」

「ふん」

 言われるがまま箸を借りてそれを口へ運んだ瞬間――それが出会えた奇跡。


「以来、私はこの納豆を作る施設を管理し続けている」

 ネバイトがそう締め括って、それ以降口を開かないのを見て、イツキが問う。

「……で?」

「で、とは?」

「管理し続けて?」

「管理し続けて、そしてここにいる」

「なんじゃそりゃあ! こんなに驚くこと他にないです!」

 ネロがド派手に驚いて見せるが、ネバイトもようやく得心行ったように手をぽんと叩いた。

「どうやら君達は納豆のすばらしさを知らないらしい。食べ、そして味わえ」

 木の箱の中に詰まっている藁、その中には腐った豆が詰まっている。

 取り出したネバイトは更にどこからか小皿と箸、醤油を用意し、流暢にかき混ぜ始めた。

「げっ! ……御免だけど私納豆は」

 イツキは家族が戦国の大陸にいるからそれを知っている。イツキの数少ない苦手なものだ。

 だがネロとピカリは知らない。

「でも、そんなにおいしいなら食べてみたいわ」

「そうですね。話を聞いただけで……じゅるり、よだれが垂れますよ」

 ちょっと楽しみにした二人だが、ネバイトが小皿を向けると同時に一歩退いた。

 その臭いの一端を味わわされたからだ。

「……なんですか今の?」

「少なくとも食べ物の臭いじゃないけど」

 ピカリがクールに澄ませて言うが、ネバイトが近寄ると二人はまた退いた。

「なんなんですかこれは!!」

「魔女! 私達を苦しめるためにこんな……」

「あー、好きな人は好きらしいんだけど……」

 イツキはばつが悪そうに呟くが、ネバイトの気持ちはネバイトにしか分からないのだ。

「遠慮する必要はない。味わえ、そして歓喜しろ」

 箸など使わず、ネバイトは手で豆を握ると、それを強引にネロの口に突っ込んだ!

「わぶぅ!」

「お前もだ」

「ひっ! むぐっ!」

 瞬く間に二人の口に納豆が詰め込まれると同時に、ネバイトはその力を使った。

「決して離さない」

 粘度ある糸を出現させ操るネバイトが納豆と出会った後に編み出した固有魔術、その力で二人の口を強引に操作し納豆をしっかりと咀嚼させた。

「うげえっ! 無理、う、()ぐぅ……」

 苦しむピカリに対して、ネロは。

「……これは、意外となかなか。ごくん。悪くないですね」

 二人が飲み込むと、ふんふんと満足げに頷くネロに対し、ピカリはしんどそうにえづいている。

「どうだ?」

「まあ確かに美味しいと思いますけど……不法占拠するほどですか?」

 どころか魔女の矜持を捨て人間に敬意を持つほど美味しいと感じることは普通ないだろう。

「それは、誰も信じてくれなかったからだ。私とて人間と対立するつもりはなかった」

「でも現実そうなってるのよ。でも事情は分かったわ。ここの国主様に口添えするから、また今度使者に来てもらうわ。それでいい?」

「至れり尽くせり、感謝する。人間の娘」

 その言葉を受けて、三人はその場を後にした。

 魔女と人間の融和、その貴重な瞬間がここにあった。



 三人が地下から出ると、運転手ともう一人の使者がいた。

「あなたは?」

 とイツキが聞くと、男は気さくに話ながら一つの音声データを取り出した。

「魔女ネバと戦う前に魔女と戦闘した時の音源を聞いてもらった方が良いかと思いまして。ですが、無事に終わったようですね」

 彼の予想する結末と違うために説明は要したが、不満そうながらも彼はそれを認め、ハルナの元へ戻って行った。

 そして、音源。

「ネバイト、元はネバって名前だったんだってね。納豆好きが高じて改名するなんて」

「昔はどんなだったか聞いてみない?」

 イツキとピカリが楽しそうに言うが、ネロは乗り気ではなさそうだ。

「人を殺す瞬間の音なんですよね? いやですよ、そんなの」

「ま、そうだけど。彼女が昔はどうだったかを知ることはきっと大切よ」

 そうイツキが押して言うのを、結局ネロも飲み込んだ。

 剣戟、馬蹄、怒号、戦場の音は乱雑で無秩序、そんな纏まりが徐々に恐怖と悲鳴の一色へと染まっていく。

 血の弾ける音、地を蹴る大きな音、ネバイトが戦場をかき乱しているらしかった。

 そして一際大きな血飛沫の噴き上がる音、頭蓋か何かが地面に落ちる轟音の前に、確かにそれは聞き取れた。

『……ネバー……』

「本当だ、自分の名前言っているんだ」

 イツキがふーん、と興味なさげに言っている。

「どんな技名なんだか。ま、どうでもいいけど」

 決して離さない、が新技であるならばそれ以前に固有の技がある可能性も大いにある。それは気にはなるが、もう三人にとってはどうでも良いことである。

 が、一つネロが呟く。

「これ、ネバじゃなくないですか? なんか、ネバーって間延びした感じでしたし」

 イツキとピカリはどうでも良さそうだが、ネロが機械を借りて再び聞く。

 血飛沫や脳漿をぶちまける音が確かに粗雑だが、二度、三度と聞き返せばネロには言葉が全て聞き取れた。

「死ねバーカ……ですか」

 単なる偶然でしかなかった。それでも人間側の得た情報が、この日に改正されることになる。

「……ちょっと怖かったんだけど」

「そう? なんかスッとしたけど?」

 イツキとピカリはそんな風に噛み合わない会話をし、ネバイトという魔女の無理解を確認するのであった。

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