魔女ネバイト編2・道中会話・イツキとシズヤ
魔女ネバイト討伐の任を引き受けたネロ、ピカリ、イツキの三人は車で彼女がいるという地下倉庫に向かっていた。
のだが。
「車ですよ車! 速いですね! ビックリです!」
後部座席の真ん中でキャーキャーとはしゃぐネロだけでなく、ピカリとイツキもそれに驚いていた。
魔女の大陸は他の大陸と比べて小さい。そえでも様々な施設を多く作るために道路の幅を犠牲にしているため、車は殆ど通っていない。人口も少なめだから輸送などに支障をきたさないが、アリスが直そうとしていることの一つである。
それはともかく、つまり三人は車初体験、独特なシートの香り、僅かに体幹を揺らすような動き、全て全てが新鮮だ。
「ば、馬鹿みたい、子供みたいにはしゃいじゃって」
ネロを嘲るように笑うピカリも、窓を通して見える古い街並みを見て笑顔が止まないだけだ。
「でも実際、戦国の大陸っていいわね。車もあるし、国主様はあんなに美しいし」
イツキがぽーっとした顔で言うのを、ネロがにんまり笑顔でその頬をつついた。
「さてはイツキさん、一目惚れですね?」
「……はぁ!?」
しばらくぽーっとしていたイツキも、意表を突いた言葉に肝を冷やした。
「恋!? この私が!? 女性に!? ありえないでしょ!」
ムキになって叫ぶイツキに対して、ネロは尚も肩を掴んで抱き寄せるように耳元で囁く。
「そんなこと言ったって気になるんでしょ? 思い出してみてくださいよ……」
近いネロの顔に背けるが、思い出すのは淑やかながらしっかりした、自分より少し年上の女性。
「な、ないと思うけど……」
言っても胸の高鳴りのようなものが今になって意識される。しかしこれが恋かどうかはイツキにはまだ分からない。
「全く、イツキさんも魔女の大陸で産まれたのなら、そんなに否定しなくてもいいじゃないですか」
ネロが今度は呆れたように言う。むしろ女性と女性が結婚し、愛し合うのが当然なのだ、そこで産まれたのならば。
けれど心の故郷が戦国の大陸であるイツキはそれを否定する。
「普通じゃないわよ。この国でも最近女性同士多いらしいけど、少なくとも普通じゃないわ。なのにシズヤも触発されてリースと付き合っちゃうし……やれやれね」
だはー、と疲れを払拭するように溜息を吐くと、興味深そうにピカリが声を発した。
「そういえばイツキって、シズヤと特に仲が良いって本当?」
友達の少ないピカリにとって知り合いの交友関係は疎い。特に、彼女にとってイツキなどちょくちょく自分の元に訪れては疎ましく何か喋りたてる奇人でしかない。
が、それはネロが嘲るを通り越して驚く。
「イツキさんの交友関係を知らないなんて、ピカリは世間知らずですね!」
「何よ世間知らずって。別のクラスだから仕方ないでしょ」
「いえいえ、学校にイツキさんを知らない人はいませんよ? 何なら魔女の大陸中の全員が知っているかもしれません」
「大袈裟な……」
そんなネロの言葉は決して大袈裟ではない上に、イツキはそれどころかネットやゲームを通じて世界中の人にも知られているのだが、そんなことピカリは知らない。
とめどなく口争いを続けるネロとピカリを諌めるように考えながら、イツキは少しシズヤのことを思い出す。
「まあまあ。シズヤとは、うん、まあ入学した時から一緒かな」
「へー……」
興味なさそうに言うピカリだが、こういう時にイツキはお節介になるのだ。
「じゃあ私とシズヤの馴れ初めから始めましょうか! あれは私がまだ花も恥じらう乙女だったころ……あ、今も乙女だけど」
「何?」
「話すわよ」
「話さなくていいわよ」
イツキのお節介をピカリは面倒がるが、ネロが挙手した。
「是非聞きたいです!」
そうネロが言うと、ピカリは諦めて溜息を吐き、イツキの話に耳を傾けた。
入学式、グラウンドに集まった生徒達はノアの話に耳を傾けていた。
話の内容は単なる学校と同じような教訓のみならず、現実的、あまりに非常な心得など、戦士として軍人としての覚悟と勝利のための邪悪さえも説いていた。
だが、そんな話を真剣に聞くような生徒はごく少数、殆どの生徒は欠伸しながらぼんやりしていたし、イツキもそんな一人だった。
いろんな人がいるなぁ、とぼんやりと考える中、話はいずれ終わり、教室に皆が集まった。
イツキはそこでようやく行動を起こす。すなわち、隣の人への挨拶だ。
「ねぇ、あなたのお名前は?」
そんな単純な挨拶に、シズヤは笑顔で答えた。
「シズヤ・クロスフィールド、あなたは?」
「イツキ・サドシマ。……クロスフィールドってあの?」
名前だけで既に有名なクロスフィールド家、それでもシズヤは気取らずに笑った。
「お嬢様らしいけど……あんまり気にしないでね?」
「分かった! じゃあさ、早速だけど放課後遊べない? 私ここの産まれだからさ、いろんな面白いところ知ってるよ!?」
「え、うん、本当に遠慮ないんだね」
「当たり前よ! ふっふっふ」
困惑するシズヤを余所にイツキは至極当然のように語り、その後自分の身の上話まで始める。
それがイツキとシズヤの出会いである。
「まず、ここが私の家」
「いろんな場所を知ってるのに、まず家なんだ……」
「まあまあ、私がどんな人かを知るついでにね」
幼い頃から一度も友達の家、など行ったことのないシズヤにとっての貴重な経験がこれでもいいのかと、少し悩みはする。
「ただいま! お母さん、この子がシズヤ!」
「おかえりなさい。それにしてもいきなりね……」
「本当にいきなり……」
イツキのハイテンションにはサツキもシズヤもタジタジであるが、互いに挨拶を交わす。
そこで更に姿を現したのが、兄のムツキである。
「おーイツキ、友達か?」
「……? この人って」
「あー、兄のムツキ」
「男の人、なんだ……」
イツキは平然としているが、シズヤが直接初めて見た男性と言っても過言ではない。赤ん坊の頃に見た父や、映像でちらりと見た者やクロスフィールド邸内でバッタリ見た人を除けば、直接の対面は初と言える。
「そう言えばこの大陸に男性って珍しいんだよね。私も兄貴以外見たことないや」
「えへへ、私別にこの大陸出身じゃないんだけどね」
「やっぱりお嬢様なんだぁ!」
シズヤの笑いに呼応してイツキも楽しそうに笑う。
しかしイツキはそんなシズヤのぎこちなさをきちんと把握していた。
部屋でゲームを楽しみ、ショッピングにも出かけてシズヤの金銭感覚に驚愕したり、外食でシズヤがどれもいまいちな反応をしていることに真性のお嬢様を感じ取ったり、様々な経験をしたが、その一日で打ち解けることはできなかった。
イツキは今までこの大陸で外出することはあっても、これほど深く親しもうとすることはなかった。
この時点でもエレノンやネロに顔と名前を知られる程度には様々な場所に頻出していたが、逆に彼女はそこまでしかできなかった。
イツキとて戦国の大陸から来たという、よそ者の緊張があるのだ。
だがシズヤもいわば余所者、そんなシズヤに自分が親しみやすく話しかける必要がある、という責任のようなものを持ったのだ。
それからというもの、イツキは皆にシズヤについて話しながら、シズヤに積極的に話しかけていた。そんな態度をシズヤは『自分という奇妙な存在にあやかって人気取りしている』かといぶかしむこともあった。
だが、二人の仲が決定的に変わったのは、秘術を得てからである。
「つまりなに? 魔女のあなたから力を得て、魔女と戦うって?」
「そーそー。理解が早くて助かるよ。我が固有魔法により魔女の特殊な魔力をその体に集め、留める。そして学び習うことで昇華させる。名付けて習留!」
「いやチミね。そんなちみっこい女の子の言うこと信用できると思う?」
イツキは堂々と、町の魔女シュールにそう言い放った。
本気にしていない、というわけではないが、気丈に振る舞う油断の表情だ。
それをシュールは、嬉しそうに満足げな溜息を吐いて返す。
「信用はあたいじゃなくてセンセ方にしてやってよ。こっちはこっちの仕事するだけだし」
「ってか、魔女ならなんで魔女を倒す力をくれるわけ? 一番腑に落ちないんだけど」
「そりゃ仲違いしたからに決まってんじゃん。少しは話の分かるやつもいると思ったんだけど、馬鹿ばかりさ」
再び溜息を吐いたシュールは、気を取り直してイツキに向かう。
「さあさあ忙しくなるんだからカモンカモン。嫌ってんなら力づくで力を与えるから」
「変なの。でもいいわ。信じたげる」
言われるがままにイツキはその身をシュールに預け、抱かれる。
「どういう心変わり?」
まだ疑ってかかるべきだし、イツキ以外にもこれ以上時間をかけた生徒だっている。
だが。
「人間ね、顔見りゃ大体分かるのよ?」
その確信を得たような言葉だけ言って、イツキは瞳を閉じた。
それ以降に言葉はなく、しばらくの間、ただ静寂が流れた。
シュールは何千年も生きた魔女だと言う。だがイツキが感じた彼女の小さな鼓動はまるでただの少女のようだった。
「……ほいじゃ、これで力は与えた。後はあなたの好きなように」
「魔女、殺す前に説得してみるから」
全く脈絡もなく、素振りも感じさせなかった言葉に、慌ててシュールが怒鳴る。
「殺されるわよ! さっさと殺さなきゃ!」
「いやよ。私はそういう血腥いの嫌いだし」
何より、幼き少女の悲しげな表情を見て、イツキにはそれができなかった。
「馬鹿! 命より大事なものなんてないんだから!」
そんな必死の叫びを聞いて、イツキは自分の行いに間違いがないと確信したのであった。
その後、シズヤが秘術を得て戻って来てすぐに、イツキはシズヤの元に訪れた。
「おはおはー、秘術はどんな感じ?」
「……イツキちゃん」
下校する直前の一人を見計らって教室内で声をかけたのだが、シズヤは無言でイツキの手を引き、人気の少ない場所にまで運んだ。
「やだ、大胆ね」
「なんで平気なの?」
刺々しいシズヤの雰囲気は今までとまるで違っていた。ともすれば、殺されると感じるほどに。
「……魔女のことだよね?」
「うん。魔女を倒す力を得るために、って言われたのに魔女から力を得るなんて馬鹿げてるよ。お姉ちゃんも何を考えてるんだか……」
そんな愚痴をここにいない人間に言う姿は、既にイツキなど目に入っていないようだった。けれど直後には、その本性とも言える恐ろしい顔をイツキに向けていた。
「昨日にはイツキちゃんは会ったんだよね? なんで……」
日替わりで皆が秘術を得ていく中、イツキは既にその能力を持っていた、その事実を知っていた。
「なんでって……。シズヤだってシュールから力をもらったんでしょ?」
「助かるためにはそうするしかなかったじゃん。断ればあの場で殺されていたかもしれない。でもイツキちゃんが先に知ってて、私に教えてくれてたらあんなことしなかった!」
叫ぶシズヤに、イツキは静かに答えた。
「信じたから。あんな小さな女の子が、ずっとずっとあんな場所にいるんだよ? 怪しいし、信頼できない気持ちも分かる。でも私は信じることにした」
「全員で嵌められてるかもしれない、って考えないの?」
「信じて駄目なら諦められるよ。たとえ裏切られて殺されても構わない、ってくらい信じる」
気丈な言葉だ。それは強い者にしかできない。
「そんなのできないよ、出会ってすぐなのに……」
シズヤの言葉は全くの正論で、やはりイツキが普通じゃないと言わざるを得ない。
他の生徒などは、先生に前に倣えをして何も考えない者もいる。ショックで泣く子もいたという。
なのにイツキは、尋常ではなく、真面目な顔でそんな戯言を言うのだ。
それがシズヤの気に障った。
「どうかしてる」
「どうかしてるかな? 私は、普通だと思うけど」
「この大陸でずっと生きてきて、魔女が悪だって分かってて、なんで?」
「分かってないからだよ。喋ってもない、会ったことすらないのに悪なんて思わないでしょ? 悪い人なんて大体会えば分かるでしょ? シズヤは私のこと、どう思うの?」
そんなイツキの質問にシズヤは即答した。
「たった今、信用できなくなったかもしれないよ?」
それはシズヤにとっての絶交宣言も同然だった。
少しの付き合いで全く信用できないと言い切ったことにも相応しい。
なのに。
「だったら信用させるまでよ!」
とイツキは強引にシズヤの手を引っ張った。
「ちょっと、何するの!?」
「遊びに行くわよ! いやなことなんてね、楽しく遊んで全部ぶっちゃけたら大体解決するから!」
「そういう問題じゃなくない!?」
「なくない!!」
自分勝手なイツキに無理矢理従わされるも、イツキの言う通り何か食べて、しばらく遊んでいる間はすっかりと大事を忘れてしまうものだった。
「ほらこれデラックスチョコレートパフェ! 甘くておいしいでしょ!?」
「甘くておいしい……けど!」
「ほら次! これパチパチ飴の駄菓子! 刺激的でしょ!?」
「刺激的! ……だけど! 話を……」
「これが超巨作ファンタジーエンジェリックサーガ! 泣けるでしょ!?」
「まだ観てないよ!」
………………。
…………。
……。
「ね、泣けたでしょ」
「泣けた、けどさ」
「忘れたでしょ!? いやなこと全部!」
屈託のない笑顔に当てられて、シズヤも不承不承に頷く。
「はいはい。……いいよ、仕方ないからイツキちゃんを信じたげる」
それには、逆にイツキが驚いていた。ふざけるな、と一蹴されることすら覚悟していたのだが。
「いいの?」
「いいよ。……友達、だし」
そんな、シズヤの初めて歩み寄る動きに、イツキは大喜びで抱き付いた。
「よっしゃ! まだまだ遊ぼ!?」
「いや、それは……」
流石に断られた。けれど二人の仲はしっかりと縮まったのである。
「めでたしめでたし。私とシズヤの馴れ初めは大体そんな感じね」
長い話を聞き終わったピカリは、ふーんと興味深そうに鼻を鳴らした。
「意外としっかり仲良しなのね」
「クラスじゃいっつも二人でいましたし」
ネロがその仲良し具合を証言するが、それは気にせずピカリは続ける。
「じゃあさ、シズヤの弱点とか知らない? 絶対に倒せる方法とか」
ちょっと期待している笑顔のピカリに、ネロもイツキも呆れて溜息を吐いた。
「そんなことのために聞いたんですか? 浅はかで卑怯ですねぇ」
「うっさい」
ネロがなじるのをピカリが睨み返す中、イツキは少しだけ考えて言った。
「生憎、シズヤを倒すなんて無理よ。噂じゃ前の戦いで魔女を圧倒したっていうし、大好きなリースでさえ自分で殺せるって豪語してるし」
弱点がない人物に対して人質を取るというのは有効だ。だがシズヤにとってそれが大切であればあるほど、かえって自分がまとめて殺すという気持ちになる。
これは事実、ジョーカーに体を乗っ取られたリースの時がそうだ。イツキはそのことを知らないが、シズヤの性格を知るうちに、そうであると確信していた。
「なんだ、つまんない」
「つまんないことないと思うけど? だって、これからシズヤくらいの奴と戦うんだから」
車が動きを止める。
「つきました。ネバイトの潜む、地下倉庫です」
運転手の言葉を受け、三人がそれぞれ立ち上がる。
だが誰もが先ほどのような穏やかな表情を一瞬で消していた。戦士の顔になっていた。
「……では、先陣は切らせてもらいます」
「殊勝ね。ま、私はいつも通りだけど」
「じゃ、先頭からネロ、ピカリ、後衛の私。ネロと私で真ん中のピカリを守るフォーメーションで」
三人が縦に並び、進む。
案内される通りに続く階段は薄暗く、どこまでも続いているようだった。




