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魔女とクルイ編13・過去との邂逅

 クルイ二人と魔女二人を引き連れたイェルーンは、勝手気ままに北へと進む。

 空港に向かい、飛行艇を盗み、かねてからの計画であった『イェルーン空賊団』を結成するのも悪くないが、まず魔女の本拠地というものに興味があった。

「この先にお前の塔があるんだなァ、ベルちゃんよォ?」

 たまたま呼ばれた言い方が偶然にもヴィーと一緒であったことにノーベルは複雑な顔をしたが、誰かに気付かれることはなかった。

『ああ、私の塔がある。大切なものばかりだから、乱暴はしないでくれ』

 そこにある貴重な研究品は魔女にとってのみならず、人間にとっても未来数百年作られることがないだろう便利な物も多い。

 それはまさしく、知恵にのみ能力を結集した最強の魔族であるノーベルのあらゆる能力の結晶と言ってもよいが、問題はその価値を正しく把握できるかどうか、また把握したとしてイェルーンがそれを大切にするとは限らないことにある。

 のんびりと塔に五人が辿り着いたと同時に――。

「リース待ってって! 明らかにヤバそうなのが見えているって!」

 第三地域からリース達四人が――

「……む、シズヤの声」

「それに愛娘の名。どうやら魔女と会う前に合流できたようだな」

 レンとハッケイが南から、同じタイミングでやってきた。

 バッタリと出会ったイェルーン組以外は、ただ茫然とその五人の姿を確認した。

 ディスペアとフールは普段通りの恐れと悲しみを、ノーベルはリース達のような動揺を。

 スノウは蔑視と僅かな驚愕を、そしてイェルーンは――

「おやおや、おやァ? これは皆さん勢揃いで、いかがされましたァ?」

 ――狂ったような笑み、そこに微塵の恐怖もない。

「イェルーン・アダムス、主は一体……」

 リースが呟くと同時に、フールが間に割って入る。

「不用意に近づいた少女は体を奪われボロボロになって死ぬ、儚い人生だった」

 風船のように膨らむフール、その姿を警戒し、リースはすぐに飛びのいた。

 遅れてアリスとコントンがその姿を現す、その頃にはイェルーンの後ろにスノウとノーベルがついていた。

「一体これはどういう状況だ? 全員が魔女を討伐しようと来たわけではないだろう?」

 レンがイェルーンらに問う、彼女はまだスノウが魔女だと気付いていない。

 最初に気付いたのはアリス。

「リースちゃん、そこのデカい機械、ありゃ魔女だ」

 肩を掴みリースを更に引っ張ると同時に、皆が一斉に警戒した。

 が、それはノーベルも同じ。

『お、おいイェルーン、どうするんだこれ? 囲まれているぞ?』

「敵は六人、私らは五人、別段ビビるほどのことじゃねェだろ? 」

 そうイェルーンが笑顔を見せる、ノーベルは狂気に魅入られたと半ば絶望しかかるが、他の三人は違う。

 イェルーンの強い笑顔、常に死をも恐れぬ強気は時に兵に勇気を持たせる。

 妄信するスノウは元より、ネガティブに物事を考えるフールも、常に恐れを抱くディスペアも、イェルーンという後ろ盾があって恐怖で逃げるという一線を越えることはなかった。

「イェルーン、なぜ魔女と行動を共にしている? 脅されているのか?」

 リースが至極真っ当なことを尋ねるも、イェルーンは相変わらず狂気に塗れた目をした。

「脅されている? ちがァう! こいつらは私の舎弟さ。我が部下、我が手下、分かるか?」

 リースは驚くこともなく、ただイェルーンを睨んだ。

「分かるさ、見れば分かる。明らかに主がこの集団の長であることくらいな」

 だがリースには、まだ不可解なことがあった。

「……主、町の、裏路地であったな? 私が泣いている時に、慰めてくれた」

 リースはスノウに、そう尋ねた。

 スノウは少し考えた後、思い出した風に言って、頷いた。

「イェルーンと、会った、後に、一度」

「主は一体……」

 リースが直接聞く前に、素早くイェルーンが言う。

「魔女スノウ、だそうだ。知らないのか?」

 今度は、リースも驚きに体が固まった。

 アリスの時のような失敗を、再び繰り返してしまったことに、自分の愚かさに悲しんで。

「そうか、私はまた……またやってしまったのか」

 悲しさに俯くも、すぐにリースは顔をあげた。

「なぜだ、何故だ!? 優しく抱きしめてくれたあなたは、人を殺すような魔女の存在とは違うはずだ!」

 一瞬シズヤがギョッとなるが、他は驚くこともない。

 ただスノウは変わらぬ様子で言う。

「あなたは、他と、少し、違う」

「違う、だと?」

 これ以上の言及がリースから続く前に、ノーベルがその事実を伝えた。

『まあそりゃそうだろうな。私でも分かる。大きくなったなぁ……』

「なにを言っている?」

 全く理解できない、リースが疑問の目をノーベルに向けた。

 だがノーベルはロボの中からハッケイに目を向けた。

 それに、ハッケイが答える。

「ふむ、すまんな」

 ハッケイが素早く拳を振るい、間近にいたレンを昏倒させた。

「父上、何を!」

 この状況にはスノウもクルイ達も、シズヤも目を剥いた。

 ただイェルーンだけは狂おしい笑顔を湛えているが、当のリースは完全に置いていかれていた。

「うむ、リースよ。こんな状況で伝えるのは非常に心苦しいのだが、実は母は死んでおらん。そこのノーベルという魔女なのだ」

「一から説明しろ! わけが分からん!」

 怯えたようなリースは、それでも強い言葉を父に浴びせた。

 まだ疑念が上回っており、その状況に心から強く反発していた。

『それは私から説明しよう』

 ノーベルのロボが手を挙げる、リースはそれに、強気を飾った目を向けた。

「……いいだろう、言ってみろ」

 徐々にイェルーンの顔が退屈そうなものに変わる。それに気付いたスノウが塔の中にエスコートをした。

 リース以外の三人はその方を注視したが、この状況でリースを置いていくわけにはいかず、ただ待った。

『語るならば、何から話そうか……』

 ノーベルはその記憶の糸をたどりながら、自らの固有魔法を併用する。

真実の鐘(ノウイングベル)』はただ真実を示す道具、圧倒的な知能を持つノーベルは、これで物の真贋を証明できる。嘘と本当を見抜く交渉などで圧倒的な有利を保てる魔法の道具だが、今回は自分の言葉が真実であると相手に知らしめることができる。

 問題はノーベルの精神があまり安定しないため、便利な作戦具申などがあまりできないことだ。

 ノーベルは思い出し、伝える、その計画を。



 事の発端は、ノーベルが魔女になった時。

 そもそも種族とは、その種の父と母が子を作り繁栄するもの。

 しかし魔女は女しかいないし、父も母もない、また少数でありその数だけでは繁栄などありえない。

 ならば、魔女はどのように数を増やすのか。

 そのうち一つは魔女が魔力により魔女を作るという方法。魔力の塊が純性の魔女となるのだ。

 もう一つが、力を持つ人間や魔族の力ある女性を勧誘し、魔女にすること。

 序列一位のバニラがナミエを誘ったのが良い例であるが、ノーベルは第三の方法を試みた。

 それが、他種族の男性と魔女で子を直接作る方法。

 魔女の血が半分になること、その男性の性質など不安定な要素は数多くあるが、うまく行けば弱い魔女を量産することで、上下関係を持った社会が完成する可能性があった。

 そうなれば、魔法を使う軍団と、超最強の魔女小数という状況、きっと魔皇にも勝てるとノーベルは踏んだ。

 とある科学の大陸で研究を盗まれ、自暴自棄になり魔女の研究を始めたノーベルは、トウルとの会談に成功し、その時に魅惑されて魔女となった。

 当のノーベルは人間だった時の記憶は既にないが、新たに得た魔女という視点とそこから得た知見、何より脳が膨れ上がったように思考能力が増し、更に無限の時間と不要になった睡眠により多くの知識を吸収したノーベルは、魔力を感じずとも肌で魔女の強大さを知った。

 同時に、種族としての脆弱性をを感じた。それは魔女にして強大な魔力を持たぬノーベルだからこそ感じる恐怖であった。

 弱者だからこそ群れる、そのようにヴィーに揶揄されたこともあったがノーベルはそれでもかまわないとした。自分は弱いのだから。

 だからこそ量産化を考えた。産まれた子が子を産む、寿命で死なない魔女だからこそ、ますます増える。単純な考えだ。

 問題はそれを定着させること。例え子供を産んだとして子供を産めない体だったり、成長しなかったり、ただの人間だったり、化け物だったら意味がない。

 人の形をして、人ならざる者、それを作る必要があった。

 研究に研究を重ね、トウルや自分の体を研究したこともあって、机上での結論は出た。

 だが最後の実験をどうするか、そこで詰まった。

 同盟関係の男性がいればよいのだが、そんなものいるわけがない。

 となれば外部から魔族か人間を探そうとした。

 この時にバニラが「私が作ろうか?」と言ってトロールを作ったりなんかもした。この時に全身が岩のように固いロックトロールが完成し「固い方が燃えるだろ?」と笑顔で言われて、とことん軽蔑したのは、すこぶる閑話である。

 しかしトロールを見て、魔力が高い者よりも肉体が強い者を選ぶようになった。

 普通ならば魔力の強い魔族との交配をして、魔女の魔力を保つことに重点を置くべきであり、当初はノーベルもそう考えた。

 だが、逆に魔法と体術を両立できれば、できたとしたら。

 そんな欲と遊び心を叶えようとしたのは、ノーベルが魔女としての余裕を持ったからかもしれない。

 そして格闘の大陸で、強いながら数の少ない流派に目をつけ、ハッケイと出会った。

 ハッケイは武人でありながら元魔術師という異例の経歴の持ち主。しかも好色家で、研究には肯定的であり、娘ができるということも、一人の生活が潤うと喜んだ。

 秘密を守る、ということもあっさりと了承した。格闘の大陸と魔女の大陸が離れていること、そもそも格闘の大陸はあまり外部と関わらないことから、その約束は守られようが守られまいが関係はなかった。

 そしてリースは生まれ、父から格闘術を習い、二十歳になった時ノーベルが迎えに行く約束となった。

 今、リースは十五歳、初めて母の前に立った。尤も、ノーベルがお腹を痛めて産んだわけではないが、確かにノーベルの遺伝子はリースに根付いている。

『大きくなったな、リース。可愛く育ったが、強いのか?』

「私の娘だ。弱いわけがない」

 ハッケイはレンを放置し、歩いてノーベルのロボの傍に立った。

「……それで、私が魔女だという証拠はあるのか?」

 リースは静かに尋ねた。

 シズヤも平静を装い敵を警戒しているが、目はちらちらとリースの方に向き始めている。

「証拠、か。その小さな体に剛力があること、何より炎舞炎膚を熱がらないことだ」

 ハッケイが、至極当然のように言う。

 それにはリースも至極当然、と答える。

「ふっ、父上は心頭滅却すれば火もまた涼しと言っていたではないか」

 リースはしてやったり顔で笑うが、ノーベルは呆れて溜息を吐く。

『我が娘よ、どうしてお前の父の門下が少ないと思う?』

「父上の特訓は厳しいからな」

『あのな、体に火を纏うって熱いし息は出来ないし普通はできないことなんだぞ?』

「心頭滅却すれば火もまた」

『涼しくなるわけないだろ!? それでも私の娘か!? 小さな体で力を振るい、炎を纏っても平気なのは、訓練して魔力を貯めて力を増加する魔法を常時使い、火を魔力で防いでいるからだ! そもそも炎舞炎膚は奥義『零通火』以外は相討ち覚悟の技、超自己再生能力か膨大な魔力でもなければ一般人が何度も使える代物じゃない!』

 リースは驚愕の真実を前に、ただ絶句する他なかった。

 シズヤもアリスもコントンも、言いきった後のノーベルのように、絶句している、リースの頭の悪さに。

「……私てっきり、なんか気の力とか素敵な方法で防いでるんだと思ってた」

「俺もオーラとか、そんな感じ」

 シズヤとアリスがリースに目を向けるも、リースは答えない。

「ち、父上も火を纏っていたではありませんか」

「私は元々魔術に造詣があってな。そうでもなければ魔女の誘いなど受けん」

 そう呟く父を見て、リースは再び言葉を失った。

 自分の信じていた者が、自分に嘘ばかりついていたのだ。

 一体何を信用しろというのか。

「リース、主もこっちにこい。お前は元々魔女になる運命だったのだ。私達が戦う理由はない」

『ああ、私もお前に話したいことが沢山あるし、その体も調べてみたい』

 リースが歯軋りを鳴らした瞬間、塔の扉からイェルーンが飛び出した。

「テメェらまだ話してんのかよ!? 退屈で私を殺す気だな!? だったら考えがある!」

 遅れてスノウが出てくるが、両手にフラスコを持ったイェルーンを止められる風には見えない。

 だがその衝撃的な姿、怒りと狂気に満ち両手に武器を持ったイェルーンに誰もが一瞬目を奪われる。

 その隙に、イェルーン組とリース達の間に植物の壁がせりあがる。

 シズヤの秘術、それはスノウにより氷へと変わるが、地上に出ている部分のみ。ますます地面から植物が生えて、結局は大きな緑の壁が完成する。

 そしてレンが蔦でリース達の方向に引っ張られると同時に、シズヤはリースの手を取った。

「いったん逃げよ!? ちょっと今は、分が悪いというかなんというか」

 魔女二人相手に勝てる気はしないが、それ以前にリースが戦える状況ではない。

 それを察したコントンとアリスは南の方へ、レンを抱えて走り出す。

 だがリースの足は動かない。

 とにかくリースは真剣過ぎた、真面目すぎた、敵の話を耳に入れ、その父が偽物であるかもどうかも考えずにすべての話を鵜呑みにして考え続けてしまった。

 その結果、彼女はここから動き逃げるという発想がどうにもできなかった。

 ハッケイを殴ってやりたい気持ち、母にかける言葉、自分の立ち位置、全てを考えていて、結果どうすればよいのか分からなくなってしまった。

「リース!」

 氷壁と化した植物が崩れるのと、シズヤの叫びは同時だった。

 轟音にリースは目が覚めたように目前のそれを見た。

『スノウ、奴は殺すなよ? 大事な実験体で私の娘だ』

 機械腕がリースを示すとイェルーンが口元を歪めた。

「そりゃ同感! 私だって戦いの途中に邪魔された小娘、私の手でたたきつぶしたいもんさァ!」

 言ってから、いつ邪魔されたかをイェルーンは考えた。見覚えはあるが、二年生のクラス戦の一回戦で邪魔されたのだ。ロゼッタなど小物を覚えてはいない。

 だが、言って、ようやくイェルーンは大切なことを思い出した。

「しまったァァァァァァアアアアアア! こんなことしている場合じゃねェッ! ネイローを殺すんだった! おいテメェらは勝手に……」

「ネイロー殿は、死んだぞ?」

 リースが、その意味のある名前にハッと気づいてその事実を知らせた。

「あん?」

 喧嘩を売るようにイェルーンは凄んだが、その言葉に段々と困惑した。

「なに? ネイローが死んだって? どうやってあれが死ぬってんだ?」

「赤い髪の魔女と相討った。知らなかったのか?」

 呆然としたリースと、呆然としたイェルーン。

 シズヤもスノウも何かをすることもなく、二人を見守ってしまった。

 現実を直視できない様子のイェルーンはますます困惑していく、その様子をスノウは不安げに見つめる。

 その間もアリスとコントンはますます南へと走り、同時にシズヤもリースの手をとってついに飛んだ。

「逃げるぞリースちゃん!」

『逃がすか! お前らも手伝え!』

 ノーベルがフール達に声をかけ飛行するも、クルイ二人は顔を合わせるだけで動かない。

 フールにとってはスノウに殺されず生きて帰ればそれでよい、相手が逃げるのならそれで好都合。

 ディスペアはイェルーンに少し興味を持ちつつあるが、やはりノーベルの命令を聞く意味はない。

 ハッケイに至っては、ノーベルとリースのどちらが仲間で敵などという考えはしていない。どちらかというと、ノーベルよりもリースの方が大事だ。

 結局、一人でシズヤを追いかけたノーベルは、突風に煽られ木に激突したところで、ロボを壊され、ふらふらと中身だけが戻ってきた。

「……なんで、なんで誰もついてこないんだよ! クソガクソガクソガクソガ……」

 常軌を逸した様子のノーベルは髪をぐしゃぐしゃにして、ついに頭から血が出る、それでも彼女は髪を掻き続けた。

「ネイローが死んだ、か」

 そんなノーベルの様子を微塵も気にせず、イェルーンは呟く。

「大丈夫? そんなに、ネイロー、って人、大切?」

「どうせなら私の手で殺したかったってだけさ。あのだるそうな目、恐怖と命乞いの懇願に変えたかったんだよなぁ、私の手で」

 もう手に入らない栄光を見るように、イェルーンの目は遠くを見ていた。

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