魔女とクルイ編12・一年生奮闘
第二地域の西はずれ、吹き飛ばされている途中で倒れたニッカを数人見たが、ニッカならいいだろう、とネロは気にせず北から襲い来るヴィーを睨んだ。
『ところでネロ、お前の腕は確かに折れていたが、足の方は切ってあるだけだ。最悪の場合、俺を捨てて走って逃げることができるぜ?』
「そうなんですか? でも、この際あれです、一蓮托生ですよ。トリックさんも無事になるまで逃げませんよ?」
直後、後ろから強い風が吹いた。
木々をへし折る強い力と移動力、黄金の仮面をかぶった小柄な女性。
「ロイ先生! 無事だったんですね!?」
「……腕が一本なくても無事というのなら、まあ無事だ」
七つの仮面が一つ『マスクドシェイド』は剣も拳も物理的なダメージはゼロにできる。吹き飛ばされても平然としているのはそれが理由だ。
ただ『嫉妬する肉体』による吸収攻撃は防げなかった、それをヴィーに気付かれては、ロイも一たまりもないだろう。
一抹の不安を隠しつつ、軽口をたたいてロイは笑ってみせたが、すぐに心配そうな面持ちに戻る。
「それよりもコルネロ・プラム、逃げることができたのならこのまま南へ……」
「エレノンとシリルさんが逃がしてくれました。でも、シリルさんの魔獣が消えて……」
消えそうな言葉を、ネロは強気な表情を作って言う。
ロイもある程度は察した様子だが、それでも自分の意見を曲げることはない。
「僕に任せてくれ。ちゃんと二人とも連れて帰るさ。君は自分の心配をした方がいい」
『それを言うならお前もだろうな。腕ねえのに敵うわけないだろ』
トリックの言葉に、ロイは怪訝な顔をした。声はネロながら、ネロではないと確信できるほどに別人染みた感想と言葉遣いだった。
トリックはネロにのみ脳内に言葉をかけられるが、外部に声を届けるにはネロの体を借りなければ不可能な状況にあった。
その思念は自然とネロに伝わり、ネロが釈明する。
「え、と、とにかく私も戦います!」
魔女が出たり、魔族が出たり、少し混乱したロイもその言葉で考えを拭い去った。
そもそも、魔女相手を前にして話し事など命がいくつあっても足りない。
『……怖ぇな、マジで驚いた』
「……エレノン」
「ネロ、構えろ! もう来るぞ!」
ネロはエレノンとシリルが死んだと思っているが、悲しんでいる暇などない。
トリックと合体しているのは好都合、精神にも影響を及ぼすそれは、エレノンの死に動転することなく、ロイの言葉を単純に受け止めることができた。
上半身で向かい来るヴィーの顔から三本の肉槍が飛び出す。
それを二人は別々の方向に跳ねて避けた。
ヴィーの左側からネロが鎌を投げ、右側から炎と雷を纏ったマスクドノブレス兵の軍勢が攻める。
「ネイチャーとノブレスの合わせ技、どうだっ!?」
物理と属性攻撃、セオリーで行けば何かしらのダメージが与えられる。そう思い込んだ。
だがヴィーの屈強さはそれどころではなかった。
ヴィーの上半身が急に膨らむと、その両腕も膨らんで巨大な芋虫のような肉の塊になったかと思うと、それはそこら中のニッカや木々を飲み込み始めた。
体を肥大させての吸収攻撃、更にヴィーの勢いは凄まじく、よほどの速度がなければ避けることはできない。
ロイにはマスクドラピッドがある、このまま右の方へ避ければどうとでもかわすことができる。
だがネロはどうか? トリックとかいう魔族と力を合わせて逃げることができるのか? そんな疑問がロイの脳内に走る。
「ラージサイズ二重奏! 鎮魂歌!!」
巨大な鎌を盾のように出す姿を目視し、ロイはネロが逃げる手段がないと確信した。
巨大な鎌があっさりとヴィーの肉体に飲み込まれる。
そして、ネロの体をも飲み込もうとした瞬間に。
「スーパーとラピッドとネイチャーの合わせ技、だ」
飛行能力、高速移動、風の操作を利用しロイは全速力でネロを突き飛ばした。
嵐のように去っていくヴィーは、その肉体を収縮させ、二人の南側に立った。
「ふぅ、醜い姿をみせちゃったから、殺さないとぉ……」
余裕たっぷりのヴィーは胸を隠すように腕を動かす、その表情は余裕そのもの。
「せ、先生! 逃げますよ!」
「もう無理そうだ、足止めはするつもりだ、君は逃げろ」
仮面を被り、毅然とロイは言うが、既に抵抗できる姿ではない。
弱音を吐く姿は情けないが、ネロは自身を救うために失われたロイの足を見て、罵倒することができなくなった。
「……そんな、私の、私のために」
ロイ一人ならば逃げることは出来ていた。
なのにロイはネロを庇って、今まさに、死ぬかもしれない。
「北にはきっとシリルもエレノンもいるはずだ。ネロ、早く行け」
不思議と吸収された足から血は流れない。
だが、ネロの目から涙が流れ始めた。
「こ、こんなところで逃げるくらいなら、私だって……私だって!!」
『馬鹿な真似は辞めな嬢ちゃん! これは分が悪いぜ!?』
ヴィーに立ち向かう姿、涙を流しながら強い決意を持ったネロに、トリックは驚く。
それを見て、ヴィーは笑う。
「うふ、うふふ、可愛いわぁ、素敵よ、美しい。あの死神とかいうやつとは大違いじゃなぁい」
ネロの瞳が揺らぐ。
「死神……、に、ニーデルーネさんを知っているですか?」
「ニーデルーネ? サイズオブなんちゃらぁ、って言ってたけど、うふ、最期は命乞いして、顔を涙でぐちゃぐちゃにして死んだわぁ。うふ、うふふ、あなた達の名前を呼んでいたわ、ネロ、エレノン、助けてぇ、ってね」
心底楽しそうなヴィーの顔は、その呪いから逃れたように健やかで、晴れ晴れとしていた。
ネロの顔に決意の一片もなくなり、絶望に染まっていく。
「う、嘘です……ニーデルーネさんが、ニーデルーネさんが負けるわけ……」
同時にロイの表情も翳が差した。自分を一瞬で倒せるほどのニーデルーネが、この魔女に負けた、という事実は衝撃的過ぎた。
「大丈夫よぉ、あなた達も、あの小娘とおんなじようにしてあ・げ・る」
ヴィーの左手がドリルのように螺旋を作り出す、それは体に穴をあけるための形。
「ほらほら、泣き喚きなさぁい? あの子だって目玉をくりぬかれたって走って逃げたんだからぁ、うふふ、ふふふふふふ!」
『お、おいネロ! 動けって! このままじゃ圧倒的にヤバいっ!!』
三人が死を覚悟した瞬間――
四人の前に、黒いローブがはためいた。
「……ニーデルーネを、殺した?」
『こいつぁヘヴィーな状況だぜ、流石の俺もノスタルジックになっちまう』
驚きの表情を皆が浮かべる中、エレノンは強い憎悪を、ヴィーは不愉快な顔をした。
「だったらなぁに? 許さない、とでも言うのぉ? エレノンちゃんだっさ~い」
ヴィーは笑ってみせるが、エレノンはピクリとも表情を変えない。
「……仇討ち、それもある。でも、シリルにニーデルーネもなんて、頭が疲れてくる……」
現実を受け止めきれない、そうエレノンは暗に思う。
だが、その黒い瞳を燃やしてエレノンは叫ぶ。
「私は、単純に、お前が心底嫌いだから殺す!! それで充分だ!!」
左手には星のブレスレットが三つ、その腕でエレノンはヴィーを指さした。
「だったらしてみてもらおうじゃないの!? あの女の知り合いってんなら容赦しないわ!」
ヴィーの左手が螺旋を描き、無尽蔵に伸びてエレノンの顔を狙う。
同時に、エレノンの左腕のブレスレットが光り輝きながら回転を始めた。
「……星の輝きよ、我に未来を見せよ」
技名を言えば強くなる、そんな安易なネロの考えにエレノンが基づいた結果であった。
重要なのは雰囲気と想い、それが今のエレノンには充分すぎるほど足りていた。
エレノンに向かうドリルは、腕から離れた一つの星形の回転により、あっさりと切り落とされた。
「っはぁ!?」
ヴィーの間抜けな声が轟く。
「なんで落ちんのよ!? 美神的肉体と嫉妬する肉体の複合魔法! 絶対に負けるわけが……」
「……既に、未来は見えた」
膨らみ始めるヴィーの肉体を、残る二つのブレスレットが襲う。
星のブレスレットは体に飲み込まれないように回転し、時に大きくもなる。
それは見るも無残にヴィーの膨らんだ体を無視し、首だけを落とした。
「あ、ありえないっ! この私が、この私がこんな……!」
最後に残ったブレスレットがヴィーの落ちた首を縦に割ると、三つの星のブレスレットは無事エレノンの腕に戻った。
ネロとロイは、ただその光景を見ているのみであった。
「……帰ろう。もう、帰ろう」
そう二人に告げるエレノンの顔には、涙が一筋、零れていた。
『……ニーデルーネのことで泣いてんだよな? 俺だったら気にすんなよ?』
そうミニシリルが呟くも、エレノンは答えずに二人を連れて、南へと戻った。
エレノンが魔女を倒した、という事実をネロもロイも受け止めきれずにいたが、その魔女ヴィーの首は気付かれない間にくっついていた。
(……バニラとトウルが負けたのに、戦うなんて無謀だったわけね)
すぐに体は復元するが、追撃するほどの余力はない。
イツキにとっての幸運は、ほとんどの住人が南の空港へと避難を完了させていたこと、それは彼女の家族の避難も完了していたということ。
そして、警備しているはずのニッカが一人たりともいないことであった。
部活の顧問で誼にしているので、説得の方法をさまざま考慮していたイツキであるが、説得せずに済むなら、それに越したことはない。
なぜなら、魔女を家に連れ込もうとしているのだから。
「……で、あんたの家になんかあるわけ?」
アローンジーの胡散臭そうな瞳がイツキを睨める。
だがイツキは一切物怖じすることなく、ちっちっち、と舌を鳴らす。
「私の家、ネットの世界には小さな箱に無限の世界が詰まっているのよ……」
家の中からある程度の家財がなくなっているもの、ほとんどはありのままの姿であった。
ムツキから危険なことは辞めろ、と言われていたが、それでもイツキは行動をせずにはいられなかった。
二階、イツキの部屋、彼女は早速ゲーム機を取り出した。
「まずは格ゲーをご覧に入れましょう。アングラ、どうぞ」
一番得意のマクビは初心者にはちと難しい、オーソドックスなアングラで心を掴む作戦だ。
アローンジーは嫌悪の瞳でイツキを一瞥したが、すぐにコントローラーに手をつけた。
「まず私がチュートリアルするわ。画面を見ていて頂戴」
画面ではおぞましげな牢獄を背景に、銀の鎧を纏った騎士と脳波測定器をつけたゴリラが向かい合っている。
「左にましますは! シリーズ二作目にして女性と発覚した銀の」
「上の二本のゲージはなに?」
「黄色いのが体力ゲージ、下のが必殺技ゲージ、でその下のが緊急回避の残数、詳しくは説明書、オーケー?」
説明を害されたことも気にせず、イツキは笑顔で説明して説明書も手渡す。
興味深そうにアローンジーがそれを読むのを待ち、目が離れたところで戦闘を再開した。
ゴリラのトリッキーな動きはまるでゴリラではなく道化のようであるが、その暴力的な肉体から放たれる一撃一撃の肉弾は当たれば一溜りもなさそうだ。
だが銀の騎士は、その全てを刀と盾でいなし、その勢いを利用してゴリラを切り刻んだ。
鮮やかな動き、反撃からの連続攻撃に、アローンジーは一時目を奪われた。
「へぇ、大したショーね」
「画面の動きも華やかだけど、私の手の動きもなかなかの芸術よ?」
自信をもって言うイツキ、だがアローンジーはそれだけ言う自信の正体をそこに見た。
敵がジャンプしたりダッシュをするたびに、どの攻撃が来るかを予測しなおして細かに指の配置を換え、一度コマンドを押してから連続攻撃に導く指の動きは流麗な川の流れのように鮮やかで手馴れていて、卓越した格闘家の型にも似た、芸術と呼ぶに相応しい指技。
「……凄い、のは違いないわ。でも、それに何の意味があるの?」
アローンジーが尋ねて、イツキは笑顔で答える。
「すっごく楽しい! それで充分でしょ!?」
アローンジーは、ただ溜息を吐いた。
楽しい、という感情は人それぞれであって、アローンにとってそうとは限らない。
「あなたが楽しいからって全生命体が楽しめるとは限らないんじゃ?」
じろり、と暗に責めるような目を向けたが、イツキは尚も笑顔を向けた。
「じゃ、別のゲームをしましょう! 世の中には面白いものがいっぱいあるんだから、全部試しましょう!」
イツキはそそくさと膝で動くと、クローゼットを開けて中から無数のゲームを取り出す。
「な……適当ね、あなた」
「別に急いでいるわけじゃないんでしょ? 今すぐ楽しいこと見つけないと駄目なの?」
そう言われて、アローンはムッとするような顔をした。
確かに悩み続けていたし、生きるということに色々と悩みもした。
そんな状況にイツキの言葉は、うまく伝われば天啓にも等しいはずだった。
しかしイツキの軽い雰囲気と、イツキ自身が最も楽しんでいる感覚は、アローンに嫌悪しか抱かせない。
「別に今すぐ、というわけじゃないけどね。なんというか、はぁ……」
「ゲームじゃなくても、ショッピングもカラオケも、一緒に勉強したって訓練したって楽しいものよ、なんでも楽しまなくちゃ」
笑顔で両手にゲームを持ったイツキを見るアローンの目に、嫌悪はない。
呆れ、ただ呆れて見ていた。
「本当に楽しそうね」
「ええ、楽しいわ。今も楽しい。でも、誰とでも友達と一緒の方が楽しいよ?」
「友達って……そんなこと言う人久しぶりに見たわ」
アローンはまた溜息を吐いた。
友達という言葉を聞いたときに、ジョーカー達の姿を思い出してしまったのは、彼女にとって失敗と思うほどの衝撃を与えた。
「友達、か……。そんないいもんじゃなかったけど」
「なんでも大切にした方がいいよ。自分に善意を向けてくれる人って、いるとすっごく助かるから」
その時だけ、イツキの途方もない笑顔が、アローンにはどこか寂しげに映った。
無理をしているわけではない、ただ、その尊さをありありと噛みしめているような、その日々がどれだけ貴重であるかを知っているような、そんな深さと、一抹の悲しさの籠った瞳。
「……善意、私達には縁もゆかりもない言葉」
「だったら私があなたを思いやる。一緒に住みましょう! 一緒に遊んで、勉強して……」
言葉の途中でアローンは立ち上がり、部屋を出た。
「ちょ、待ってなんで!?」
「私にもやることがあるの。あなたと一緒にはいられないわ」
どんどん歩き、外に出た時点でイツキがその腕を掴む。
「それだったらお願いがあるんだけど、人を傷つけないで欲しいの。きっと、誰も得しないから」
そう訴えるイツキの眼差しは真剣そのもの。
それにこたえるアローンは平然としていた。
「さあね」
既に何人か殺したが、今のアローンはこれ以上の暴力を振るう気分にはなれなかった。
厭世観、虚無感、だがそれだけではないなにかも、今は確かにある。
クルイとして、たった七人で連携して生きてきた日々が彼女にはある。
「イツキ、サドシマ・イツキよ。覚えてね」
「覚えれたらね。それじゃ……」
手を振り払い北へ進むアローンに、最後にイツキは言う。
「南には空港があってみんないるから、誰もいない方は北だと思うよ!」
アローンは感謝ついでに手を挙げて、去った。




