魔女とクルイ編14・クルイの再集結
ニーデルーネの呪い、アリアンナの狂気、そしてエレノンの実力。
ヴィーは人間というものにほとほと恐怖していた。
肉体的に負けることはなくとも、すっかり心は折れ、しかも物理的にも勝てないときた。
そんな彼女が人恋しさ、仲間の温もりというものに浸りたくなるのも自然であろう。
だから魔力の反応を感じ、第二地域の塔に来たところで、ヴィーは信じられぬものを見た。
イェルーンに率いられる魔族と魔女と人間。
「一体、どういうことかしら?」
一切の油断も余裕もなく、ヴィーがスノウとノーベルに責めるような視線を向けた。
「あっ、ヴィーさん! どういうことって、その、まあそうですよね」
ノーベルがしどろもどろになりつつ、スノウに説明はできないだろうから、と考えをまとめようとする。
だが先にイェルーンが乱暴に答える。
「こいつらァ全員私の手下だ。なんか文句あっか?」
イェルーンの返答で、ヴィーの眉間にしわが寄った。
「あららぁ、ノーベルもスノウもどうしちゃったのぉん? まさかそんな人間の手下に甘んじるほど気が抜けちゃったわけじゃないでしょ?」
「い、いや違うんですよヴィーさん、少なくとも私は命惜しさに、ね。ほらスノウがこのイェルーンって奴に執心してて」
ノーベルはそう弁解するが、魔女の矜持よりも命を選んだ時点で大して変わらない。
「……ふぅん、で、今はどうなの? スノウ達につくか、私と一緒に魔女に戻るか」
ノーベルは言葉を詰まらせ喉を鳴らす。
イェルーンはそんなヴィーを興味深そうに見ていたが、いまだネイローの死を受け止めきれずどこか茫然とした様子だった。
そんなイェルーンを庇うように、スノウが一歩前に出た。
「私は、魔女を、抜ける。イェルーン、と、共に、いる」
青い目をまっすぐ向けて、スノウはヴィーに言った。
「……そう、だったら止めもしないし、殺しもしないわ」
ヴィーは淡々と呟いた。
この大陸は魔女が生まれやすいだけで、集う理由にはならない。実際に抜けていった魔女は沢山いる。皆抜ける時はバニラが必死に止めていた、などとヴィーは思い返す。
バニラは気持ちの問題で、トウルは戦力として抜け出す魔女を止めたが、自分やキルは特に気にしなかった、他人を気にしない魔女だった。
ただ自分が生き延びること、何者にも邪魔されず好き勝手に生きること、魔女とはそれだけ。
イェルーンとハッケイを見逃すことに苛立ちは覚えるが、一人でこれだけの人数を相手にするのは無理だと判断した。
「で、ベルちゃんは?」
ノーベルは死にそうな顔で、しばらく時間を置いた後に言った。
「もちろんヴィーさんやキルさんについていきたい気持ちもやまやまですが、バニラさんとトウルさんがいなくなって、ここは怖いし、スノウがどうなるかも心配ですので」
「ふぅん」
ヴィーはまっすぐノーベルの顔を見た。
悩みはしていても、確かに決めた様子を読み取ると、これ以上の言及はしなかった。
「じゃあ、この塔、私にくれない? 私も少しは敵を意識しようと思って」
思いがけない提案にノーベルは目を開くも、すぐに頷いた。
「じゃ、早速失礼するわね? 二人とも、元気でね」
そうヴィーは塔の中に入っていく。
「では、私たちはこれからどうするんですか?」
「ぼ、僕今凄く怖かった! イェルーン、どうするの!? どうするの!?」
クルイ二人が騒ぐと同時に、魔女二人はイェルーンに期待するような目を向ける。
ハッケイだけは今も何かに迷ったような顔をしているが、イェルーンの出方を伺う様子だ。
「……やることは決まってんだよ。だけどな、燃えないんだ、敵がいないと」
「燃えない? また感情的なことを言う」
ノーベルは死んでしまった魔女のことを思い返しつつ正論をぶつける。
「何がしたいんだ、お前は?」
「こう、ネイローに滅茶苦茶に負けた時みたいな激しい感情の起伏って奴がな、揺さぶられた気持ちを仕返ししたいって感じの。確か、ネイローの前にもあったな……あれは、なんだったか……」
ゆっくりと思い返す、全身を激痛に苛まれつつ、勝利をもぎ取った戦いを。
「……ステラ・ニンカー、ステラだ、そうだステラだ! あいつ、あいつぶっ殺す!」
急に笑顔を取り戻したイェルーンは拳を天に突き上げる。
「行くぞテメェら! イェルーン空賊団、まずはメンバーを集める!! くひっ! くひっ!!」
なりふり構わず、周りを気にせずに歩き出すイェルーンの後ろを、四人がついていく。
ただハッケイはその狂気に気圧されしばらく立ち止まっていた。だが、これも一興、そう思いついて行くことにした。
放心状態のリースに声をかけながらシズヤは飛行して先に南の学校、安全地帯に辿り着く。
走るだけのアリスと仕方なくそれに付き従うコントンは、二人で森の中、ジーと出会った。
焦るコントンを腕で制し、アリスは警戒するようにコインを持ち、まずは対話を試みる。
魔女と言っても見境なく生物を殺すわけではない、イェルーン達がそれを教えてくれた。
魔族である自分達二人ならば、あるいは見逃す確率の方が高いかもしれない。
「へえへえ魔女様、一体何事ですか?」
相変わらずの手を揉みながら、アリスは下からを心掛けてにこやかな笑顔を向ける。
だがジーは面倒くさそうに溜息を吐いた。
「何事も何もないでしょ、森から来たくせに」
同時にジーの周りに電光が瞬く、それに焦ってアリスが早速叫ぶ。
「待った! 悪かった! 俺は魔女は相手にしてねえんだ! ジョーカーっつう黒い魔族が標的でな、それはもう済んだから帰るんだ! 見逃してくれ!!」
アローンジーの目が見開かれた。
両手をすり合わせて土下座の姿勢を取るアリスはそれに気付かないが、コントンは異変に気付く。
「……アリス、構えなさい」
「っせぇ! テメェもいいから頭下げろ!」
ジーの周りに今、電光はない。
だがその周りには、明らかに冷たい空気が流れていた。
「そう、ジョーカーが目的で、もう用は済んだ、と。最期に何か言ってた?」
「え? いや、叫び声くらいなもんだったが」
きょとんと答えるアリスに対して、アローンジーは無表情から、笑顔に変わった。
ギラつくような野心が光る、嫌悪の笑顔。
「最期に仇くらいは討ってやるよ、ジョーカー!!」
直後、空が瞬いた。
コントンの羽が大きく開かれ、地が揺れるのも同時。
上を見上げたアリスを後ろからコントンは突き飛ばし、その上に覆い被さる。
「嫌悪のクルイ『他愛のない自己愛者』アローンの怒りを受けろ!」
空からの轟音が凄まじいことは無論のこと、同時に地響きと閃光も並はずれていた。
その場では光も音も地面もなくなったかのような、まさしく死後の世界をアリスは想起した。
だが違う。
アローンジーはその場から二人がいなくなったのを確認した。
跡形もない、のではない、地面に大きな穴が開いていた。
それに、嫌悪の表情を浮かべ、結局は無視して北へと進んでいった。
仇討ちをするつもりはあった。だが、もはや彼女にとってそんな行為も成功も失敗も嫌悪の対象。
ただ仇の顔を知れたというだけで充分だった。
何より今は、生き残った仲間と合流する方が大切だ。
地面の下、アリスが目を覚ます。
朝でも日の差さない暗黒の空間に、コントンが自分の上にいることに気付いた。
「お、おめーのミミズか。全く驚かせやがって。しっかし、ジョーカーの仲間だったとはな」
命からがら、一息ついたアリスに対し、コントンは一呼吸もしていない様子だった。
「あん? 寝てんのか、テメー」
コントンは答えない。
アリスが何度か小突いて見せるも、コントンはピクリとも動かなかった。
「おい、ふざけんなよ、テメェ」
――コントンの甲殻は金属で電気を通す、その羽を地面の入り口に広げることでアースのようにして電気をうまく分散させることに成功していた。
だがコントン自身には強い負荷がかかってしまっていた。
ものの数十分とかからぬうちにコントンは目を覚ますのだが、アリスは涙を一筋しかこぼさなかったので、結局コントンが兄の涙を見ることはなかった。
第五地域を燃やし尽くして満足したキルが自分の領地に戻ると、双子の家こと二つの庵は全壊していた。
その瓦礫の中から出てきた女を、キルは一生忘れられないだろう。
「……ころころ……くふ、絶対に殺す」
「あ、お前魔女か? せっかくそれっぽいところ壊し回ったのに、釣れたのが一人とはな、えーっと、キルだったか? ジー?」
引きつった笑顔のまま、キルの両手に炎が灯る。
「序列三位! 赤の魔女『殺意のキル』、殺す殺す殺す殺ぉぉおおおおす!!」
ゴリアックの全身から炎が噴き出ると同時に、キルの全身をも炎が包んだ。
「殺す殺す! キル・イン……」
炎から飛び出したゴリアックはそのまま全身を捻って放たれた裏拳をキルの顔面に叩きこむ。
猛烈な勢いで回転しながら吹き飛んでいくキルは、木に激突してからようやくその相手を見た。
ゴリアックに服など元よりなかった、今は炎の影響で全裸だが、堂々と腕を組み自身を睨む姿は、愉快そうに笑っていた。
「はっはっは、熱いだけだな。まだグルフェンの方が辛かったぞ? ん?」
そう楽観的に笑う姿に、キルは拳を握る。
「殺す……殺す殺す殺す!」
再び炎が地面から噴き出てゴリアックを包み込む、と同時にキルは走り出した。
キルの考えは炎が外から効かないならば、体内を燃やすことだ。
相手がゴリアックでなければ的確な考えと言えた。
再びゴリアックは火華馬猛で炎から出ると同時に、その拳にも火を灯らせた。
「行くぜぇ? 羅鬼数多・燃え!!」
拳の最初の二発をキルは見切り、同様に拳に炎を纏わせて受け止めた。
そして、その唇をゴリアックに重ねた。
口から口内へ、炎を思い切り噴射させる単純な技。
魔女の肉体があるキルだからこそできる技、ゴリアックが普通の人間ならば内臓が焼かれ顔も炎上し、即死は免れないだろう。
キルが手を放し、ゴリアックからゆっくりと離れる。
ぶらん、と腕を垂らしたゴリアックを確認し、キルは一瞬安心する。
だが、天を仰ぎ、口から大量の炎を吐き出したゴリアックを見て、今度は真っ先に逃げ出した。
「ジー! ジージージージージージージージージージージージージィィィィィィー!!」
魔力の感じる方へ、ゴリアックの体を横切り西へ、キルは気休めに炎を纏いながら走る。
その後頭部をゴリアックが握り、潰した。
血が溢れ火が少し消火されるも、まだキルの息がある。
今度ゴリアックはキルの頭の両端に手を当てて、拍手するように、キルの頭を潰した。
全面から目や歯が飛び出る、今度はキルの息は確認できなかった。
「んー、まあさっきのよりかは楽しかったぜ。強かったとも思う!」
トウルと比べ、益体のない言葉を吐くと、ゴリアックは指輪をキルにつけた。
一瞬で顔すら元に戻るキル、そしてキルは自分を抱くゴリアックを見た。
「えっと、住処壊してごめんな? しかしお前、なかなか強いな、また戦ってくれよ」
そしてゴリアックはゆっくりと、第三地域に戻ろうと歩き出した。
キルが炎をゴリアックにぶつけるも、いずれは諦めてその場に座り込んだ。
魔女になって三百年は経過していると言えど、キルが初めて見るタイプの人間であった。
自分を殺し、生き返らせ、そして自分よりも強い。
屈辱であり、恐怖であり、そしてほんの一瞬の安心をも与えられてしまった。
豪放磊落とでも言うのだろう、どれだけ考えても自分には測りかねない存在に、キルはそれでも考えるようになった。
住処は気にせず、森の中、瓦礫の上でキルは座った。
森の中、アローンジーが仲間を探していたところでイェルーン達に出会った。
真っ先に気になったのは、クルイ二人。
「随分チープなことになっているじゃない、フールにディスペア」
露骨な嫌悪の表情に、二人はジーの中が誰か気付く。
「うわわっ! もしかしてアローン!? アローンなの!? 凄い、それって魔女の体!?」
呑気に感激するディスペアと比べ、フールの表情は普段のディスペアのように怯えている。
「それで、どうするつもりですか?」
アローンジーは他のメンバーもよく見渡す。
魔女二人、人間一人、しかもよりによって魔女は二人が狙うはずだったスノウとノーベル。
溜息を吐いてアローンジーは、先頭に立つイェルーンを眺める。
ノーベルに似ている姿とは思うが、黒いローブと明らかに病んだような窶れて疲れた瞳は、常軌を逸しているとアローンが思うほどである。
「で、あんたは何? 力で他の奴を従えているの?」
それを無視して、イェルーンはだるそうになくなった自分の右腕を見る。
「あー、やっぱ腕ねェとだりィ。スノウ、なんとかできねえか?」
スノウは困った風に両掌を挙げて見せる、できないのサインだろう。
「あ、それなら僕が!」
ディスペアの体が小さく収縮すると、人間味のない真っ白な腕が完成してイェルーンの腕の部分にくっつき、怯えた表情の仮面がイェルーンの頭に装着された。
「おお、こいつァ凄ェ。じゃ、あれをどうするかだな」
そう、ディスペアの指でアローンジーは指さされた。
嫌悪。
調子に乗る人間にも、すぐになびく雑魚の仲間にも、人に従う魔女にも。
アリスの時以上の稲光が、いや赤光と緑のプラズマがその場に渦巻きだした。
「あ、あ、あ、あ、あ、あのね、あのねディスペア、フール、あんたら何やってんの、マジで? シラズもヘルもジョーカーも死んでトリックがよく分からない状況になったってのに、仇の魔女にほいほい従ってさぁ……」
三色の光がジーを包んでいくと同時に、スノウが先頭に躍り出た。
青い瞳が光ると同時に、足元から氷が張っていくが、それをイェルーンが止めた。
「まあ、待てよ黄色い奴」
「あァ!? 命乞いってんなら遅いぞ!?」
三つの小さな玉を持つように、ジーの両掌にそれぞれ三色の雷が灯っていく。
だがイェルーンは落ち着き払った様子でジーの瞳に瞳を重ねる。
「お前は何がしたい? 人を殺したいのか? 魔女を殺したいのか? 魔族を殺したいのか? それとも、全部殺したいのか?」
アローンはその奇妙なほどに落ち着いた様子を訝しく思いながら、怒りに身を任せることなく答えた。
「これは――ケジメ、よ。クルイという種族が新たに変わる瞬間、腑抜けたあんたらみたいなやつを始末する必要が……」
「そいつァいけねえな。復讐に囚われちゃいけねえって習わなかったのか? 習ったな?」
ピクリと、アローンの視線が嫌悪に揺れる。
ご高説ごもっとも、そう思いながらますます電撃が激しく唸る。
「じゃあ、殺……いや、こういうべきか、狂って死ね! 『将軍の愉悦』」
三色の電撃がイェルーンに向かう。
これはコウサカ・リカが使ったような電気を神経に直接通すことで操作する技、意のままに敵を操るということがどれだけ便利なのか、ジーはそれを知らなかったがアローンには分かる。
敵のボスを操り、まとめて殺す。
だがイェルーンは、平然とディスペアで出来た右腕でそれを受け止めた。
「う、うわああああああああ……あ? そんなには痛くないかも」
ディスペアが驚いたように叫ぶも、すぐに収まる。
その間もイェルーンは平然と歩き、アローンに近づく。
「お前が仲間にどんな想いを抱いていたかは知らん、知りたくもない。だが、もっと楽しいこと、したくないか?」
イェルーンの提案に、アローンは同じように話を聞く。
「……ふぅん、何したいの?」
逆にアローンの問いかけに、イェルーンは言葉を詰まらせた。
「何を……、そうだな、私はとにかく滅茶苦茶に出来りゃ満足だ。魔女だろうが人だろうが魔族だろうが、とにかく殺したい。滅茶苦茶にしてェんだ! 分かるか!? 分かるな!? お前も魔女でクルイとか言うなら分かるはずだ!! この衝動、腹ン中から沸き立つマグマみてえな感覚! もっと溶かしたい! ぐちゃぐちゃの滅茶苦茶にしてどろどろにして何時間も何日もあったけえはらわた弄りてェ気持ち! もっともっともっと楽しみてェだろォ!?」
恐怖を感じたアローンジーは電撃を放つも、あっさりディスペアの腕に防がれ、眼前にまで迫られた。
「そんな防衛的なんじゃなくってだ!! 圧倒的な破壊を! 絶望を! 与えてやろうじゃねえか! 私とお前と、私達でなァ!!」
唾がかかるほどの距離で言われるも、今度アローンは電撃を放たなかった。
「……あなた、狂ってるわ」
「はは、狂ってるか? じゃああとは死ぬだけ? 違うな! その前にやりてェことがあんならやるべきだろ!? テメェも付き合いな! イェルーン空賊団は何の差別も区別もなく殺したい奴だけが集まるものだ! 来たきゃこい!」
そう言って、イェルーンはジーの真横を横切って、再び歩みを進めた。
その後ろに魔女とクルイが従う様を見て、アローンも同じように、ジーの肉体でその方向に進んだ。
従おうとは思わない、だがやることはまだ残っている。
生き残った最後の仲間、トリックがまだこの大陸にいるのだ。




