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魔女とクルイ編11・勇む者達

 第二と第三の間はそれぞれ警備が手薄と言えば手薄だ。

 魔女との接触を恐れたアローンジーはそのために南進を進めたが、しかし目的地がないというのも現状。

 行き当たりばったりでも魔女の力ならば生き残ることができるだろう。

 だが、魔女複数人に攻撃されてはその限りではない。やはり何かの計画が必要。

 ジョーカー亡き今、考えられるとすれば他の共同体に潜り込むか、この体を利用し最強の魔女の体を乗っ取り最強の存在となるか。

 後者は死の危険が付きまとうが、前者ならば魔女の力を欲しがる人は多かろう、そっちが楽。

 ジョーカーと違って安全な方に進んでしまうことを嫌悪しつつ、ひとまず南進を続けた。

「ん、うわ、魔女」

 目前に現れたのは、桃色の髪を後ろで一束にした少女だった。

 眼鏡がきらりんと輝いている、その顔は驚きのみで少しの畏れもない。

「くるくる……」

 適当に魔女のフリをすると、イツキは初めてリースと出会った時に使っていた普通の二丁拳銃を出現させた。

「……流石に魔女と一対一は無理よね。いや、人生でこんな局面に出くわすとは思いもしなかったわ……」

 ぶつくさ文句を言いながら、イツキは新たにこの場で作成した帯電弾を込める。電気を吸収する特異な弾だが、イツキの力では魔女の電撃は防げない。

 アローンジーは少し悩む。この場でこれを殺してどうなるのか、この場で殺さなかったらどうなるのか。

 そもそも既に厭世観に(まみ)れていた。彼女にとって魔女の体を乗っ取った時点でゲームクリア、達成感と大仕事を終えた時独特の虚脱感のみで彼女はふらふらと南に進んでいただけ。

 レイゼにすら、悪いことをしたと僅かに反省するほど、やる気を失くしていた。

「……来ないの?」

 イツキが不安そうに尋ねるのを、アローンは逆に問い返す。

「え、何? 死にたいの? だったら殺してあげるけど」

「くるくるって言わないの!? っていうか死にたくないです! ごめんなさい!」

 慌てるイツキから目をそらし、アローンジーは溜息を吐く。

 嫌悪の象徴であるアローンはついに何もかも嫌になってしまった。しかし死ぬのも嫌だ、何ができるものか。

「ねえあなた、私はこれからどうした方がいいと思う?」

「は、はい?」

 おっかなびっくり、イツキは会話を試みることにした。

「実は私、ジーじゃないの。序列五番、黄の魔女・狂気のジーなんかじゃなくって、体を乗っ取る系の魔族」

 衝撃の真実にイツキは言葉を失うが、そんなことを思いやるほどアローンの性格はできていない。

「でさ、魔女の体乗っ取ったら、もうやることなくなってね。本当は魔女七人全員乗っ取るつもりだったのに、三人死ぬし。で、私はやることを見失ってだるいわけ。どうしたらいい?」

 周りには誰もいない、北の外れ、イツキのみがそこにいたという状況。

「え、えっと、好きなこととかないんですか?」

 イツキも恐る恐るコミュニケーションを取る。だが彼女は恐怖の対象であっても平然とコミュニケーションを取れる。だから奇人でトラブルメーカー。

「好きなこと? うーん、ない。私は戦うのが好きでもないし、っつか何もかも嫌い、心底嫌悪しているわ。退屈だもの。仲間もうざいし……あ、大それたことは好きかも」

 ジーの気だるげな瞳が一瞬輝いたことが、それが真実だと物語っていた。

 イツキは、死ぬか死なぬかの状況ながら、自分の本心をぶつけることにした。

「それじゃあ、やりませんか? 大それたこと」

「へぇ、なあに? 言っとくけど、魔女の体を乗っ取って全世界を支配する、くらいに大きくないと駄目だから」

「ハードル高っ!! ……でも、楽しいことをたくさん知っている私に一週間は一緒にいてくれれば、きっとわかってくれるはず。うん、大それているかどうかはともかくとして」

 ジーは少しだけ考えようとしたが、もはや考えることすら面倒くさい。

 最強の力を持ってしまいこの世を嫌悪するアローンは、イツキの先導により、その家に向かうことにした。

 ちなみにイツキはなんとか家族を出し抜いて家を出ることに成功し、リース達がいると思った地点を探そうとしていた途中である。

 塔が折れた第三と、自分達の領地である第二、その間を探すのが効率的と考えるのは必定であろう。



「へェ、私を探していたのかよ? 魔女に頼られるとは思っていなかったぜ。けけっ」

 イェルーンが心底楽しそうに、第三地域の森へ向かっていた。

 その後ろをついていくのが、二人の魔女と一人のクルイ。

「どうして、そっちに、行く、の?」

 スノウが尋ねると、イェルーンは近すぎるほどの距離で、鼻と鼻をくっつけてスノウに伝える。

「そ・れ・は・なァ~、なんかぼっこーん、ってなっただろォ!? 面白そうだからだよっ!」

 なるほど分かりやすい意見であるが、ノーベルが反対した。

『馬鹿! 最強の魔女のトウルさんが死んだんだぞ!? きっとスノウにも勝てない化け物みたいなやつがいるに違いない……』

 恐れて呟くノーベルに、フールが同調した。

「かつてみたことない化け物に襲われて死ぬ……儚い人生だった」

 ネガティブな二人を相手にしても、イェルーンの意見は変わらない。

「馬鹿野郎どもめ、人生はな、チャレンジ精神なんだぞォ? 何事にも挑戦して、諦めずに立ち向かう。そうやって私は生きてきたし、そうやって生きていくべきなんだァ~、分かるな?」

『いや、危険なことにまで挑戦しなくても……』

「馬鹿が! リスク失くしてリターンを望もうとするんじゃない! 私が間違ったことを言ったことがあるか!?」

「ない」

 スノウが即答した。

 が、フールとノーベルはイェルーンの存在自体が間違いとまで思っている。

 めちゃくちゃな士気の中、四人の前に白いクルイが現れた。

「あ、あの、僕、ディスペアって言います。その、スノウさんの体を奪いに来ました」

「……ディスペア、君は何も知らないまま氷漬けになって死ぬ、儚い人生だった」

 一応顔見知りのフールだが、状況が間抜けすぎて庇う気にもなれない。

 ディスペアは恐怖や絶望といった表情のクルイ、その幼さからクルイの中でも無能の烙印を押されていた。

 今もこの通り、フールと共にいるから安全かもしれない、フールに助けてもらえば、という浅はかな考えの元で行動した。

 イェルーンはその縮こまった白玉を一目見て、適当な雰囲気で言う。

「スノウの体は乗っ取らせねえが、一緒についてくるか?」

『お前、何がしたいんだ?』

 イェルーンの考えを、ノーベルはまるで読めない、それはフールもディスペアも同じだ。

 それもそのはず、イェルーンに深い考えなどない。

 ただ直感とその場の勢いと興奮のみで行動しているイェルーンに対して深く考えるだけ無意味。

 それでもイェルーンは狡猾に生き続ける知恵と運があった、魔族から金を奪いその死体を無機物に変え、狡猾に十七年間生きてきた、いわば本能でのみ生きている。

 だからこそ強く、そのおぞましき生命力にスノウは惹かれたのかもしれない。

 ディスペアは怯えた表情をうろうろとフールやイェルーンの方に向けたが、触手で握手するように、イェルーンの残った腕に重ねた。

 直後、イェルーンの体を乗っ取った。

「やりましたよ、フールさん! 僕、この人の体を乗っ取りました!」

 イェルーンの体が、普段彼女がしない、ありえない花咲くような笑顔に溢れた。

「……ディスペア、君はどうあがいても儚い人生を送るしかないようだね……」

 フールは悲嘆どころか単純に呆れた表情をしていた。

 純真で無邪気ならぬ邪気の塊、ディスペアはイェルーンの体で笑顔を向けたままだった。

 一体どれだけの怒りがあれば、スノウの腕がビキビキと音を立てるのか。

「一応ですが、イェルーンの許可なしにその子を殺すのは辞めた方がいいかと」

『ま、そうだよな。な、愛しのイェルーン様の言う通りだよな?』

 いまだに、スノウは落ち着かないが、ディスペアはフールの説得を受けてあっさりとその体を明け渡した。



「それじゃリース、早く帰ろっか」

 シズヤは魔族兄弟をまるで気にせず、リースの腕に抱き付きそう提案した。

 彼女にとって森に来たのはリースを助ける、連れ出すためであり、これ以上この危険な場所に留まる理由がない。

 しかしリースは違う、ゴリアックがここに来ているというのだからやってきたのであり、故に帰るわけにもいかない。

「アリス殿、コントン殿、二人はゴリアック殿を見なかったか? 私は先輩を探してここに来たのだが」

 空いている方の手でシズヤの頭をなでるリースに絶句しつつ、コントンとアリスは首を横に振る。

「ねぇリースぅ、ゴリアックさんならきっと魔女相手でも平気だよぉ、だから帰ろ?」

 甘えた声と上目遣いで豊満な体をリースに押し付けるが、リースはその肩を掴んで離した。

「そうはいかん。種々理由はあるが、私も魔女を一目見たいものだしな」

「リース、それはダメ。魔女って本当に強いんだからね? 私だってリースがいなかったらこんなところ来ないもん」

 逆にリースがいるならばたとえ火の中、水の中、というシズヤの心意気は三人に伝わった。

 それを喜ばしく思うも、リースは考えを改めさせようと、事実を述べた。

「……ネイロー殿が死んだ。ナミエ先生もだ。二人とも魔女と戦い、死んだ」

 アリスとコントン、そしてシズヤまでが驚きに絶句し、その目を大きく開いた。

 間近のシズヤだけが、驚くまま尋ねる。

「……どうして、それが分かるの?」

「ネイロー殿は私の目の前で魔女の一人と相討ちになった。……見事な生き様であった。その魔女がナミエ先生の眼鏡をもっていたのだ。先生も素晴らしき戦士であったという」

 アリスは悲しみに打ちひしがれるように顔をしかめ、コントンは無言ながら、その瞳を狭めた。

 そんな中、シズヤは何かを考察するように下を向いていた。

「……じゃあ、ゴリアックさんを探して、帰るんだね?」

「ああ」

「じゃあざ、ここから第二地域まで戻ろっか? 多分、ここにはいないと思うし」

 今は第三地域の塔の南、ゴリアックが第二地域付近を散策していると考えるのも無理はない。

 当のゴリアックは大塔を破壊した後、その北に移動した後、第四地域のかまくらに向かい、誰もいないのでその巨大な雪の塊をがむしゃらに壊しているのであるが。



 既に連絡網は周り、多くの生徒が避難を始めていた。

 そんな状況で直接校長室に二人の男女が乗り込んだ。

「ノア校長、うちの娘はちゃんと避難できたのですか?」

「し、シズヤもです! 連絡がつかないのですが、一体どういうことですか!?」

 責めるようなハッケイと慌てた様子のレンの応対をせず、ノアはまず電話を続けた。

 連絡が終わるとノアはすぐに受話器を置き、二人の応対をする。

 レンは元卒業生であるのみならず、クロスフィールド家という大きな後ろ盾であり、ハッケイは格闘術を学ばせるための臨時顧問として呼ぼうとしていた客人、その二人からの批判はあまりに大きい。

 だが、とノアはソファに寝転がるニッカを見た。

 第五地域の援軍として駆り出された数は約千、だがどのニッカも瞬く間に燃やされ、既に全てのニッカが活動を停止していた。

 森の中でニッカが倒れていれば、そこらの植物に吸収されるなり眷属に殺されるなりで、もう役に立つことはない。

 すなわち、森の中の情報が入ってくることもない。

 決定的な原因はナミエの死であろう、死に続けているニッカの精神をへし折るのにそれは充分すぎるほどだった。

 体は何もなくとも熱を帯び、高熱の患者のようである。

 だが客二人にそんな言い訳は通じない。二人とも事情が分かっていても、肉親と比べるまでもない。

「シズヤさんは避難していないのですか……だとしたら……」

 リースが北に行った、という情報は既にあり、だとしたらシズヤも、という考えはあっさりと読めてしまった。

「……恐らくですが、二人とも北の森に入ってしまっているでしょう」

「な! な、な、な……」

 レンの狼狽ぶりは半端ではなく、今にも泡を吹いて倒れてしまいそうな様子だ。

 それに対してハッケイの落ち着きぶりは、あまりに対照的。

「左様か。ならば、生徒の保護を徹底しない学校に失望し、私は臨時顧問など辞めよう」

 ノアは答えない、その無言こそが認めるということ。

「――だから、私が森に行こうが、この学校に責任はなかろう。いいな?」

 沈痛な表情を浮かべていたノアの顔が、驚きに上がった。

「何を考えているのですか!? 魔女の力は……」

「なに、ゴリアックという巨乳ちゃんには後れを取ったが、私とて格闘の大陸で力を磨いた者、死ぬことに後悔はなく、死ぬつもりも毛頭ない」

 軽く腕を伸ばし、体の感覚を確かめるようにハッケイが言うと、校長室から歩いて出て行った。

 残されたレンは、悩んだ顔から、何かを決めた顔に変わる。

「……ノア校長、クロスフィールド家がここの援助を打ち切るという真似は絶対にしません。そのためには、シズヤが無事に帰る必要があります」

 レンは携帯していた電話で、自宅に連絡を取る。

「父上ですか? 私です、レンです。突然ですが、理由あって会社をすぐに辞めさせて頂きたい。また、親子の縁故も失くしてもらいます。失礼します」

 明らかに相手は話を続けていたが、レンは電話機を天剣で一刀両断すると、地主も構える。

「……無事に帰ってくれればそれが一番なんですけどね、死ぬことより魔女より怖いことがあるんです」

 あんな邪悪な妹でも、ほんの一時はお姉ちゃんと慕ってくれて、金魚の糞みたいにずっと一緒にいてくれたことがあったのだ。

 ハッケイの勇ましい姿をみせられて、それでも薄情に自分だけ避難するなど、レンにはできない。

「ノア校長、いや怖いのはやまやまでナミエ先生に甘えたいこともあるんですけどね、私もここの学校で育った生徒、最強と呼ばれた生徒の一人です。魔女と手合せしたい、なんて気持ちもあるのかもしれません」

 落ち着いてレンは言葉を繋いでいく。不安が少しでも減るように。

 だが、言葉と脚が止まってしまい、次第に体が震え始めた。

 それでも。

「……絶対に私もシズヤも生きて帰ります! 絶対に死なない!!」

 レンは叫ぶと同時に走り出した。

 やけになったかのような姿にノアは不安も憶えたが、今は祈る他なかった。

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