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魔女とクルイ編10・魔女の暴虐

 ――第五地域は滅びかかっていた。

 あちこちで悲鳴と泣き声が響く。実力ある教師達が一市民と生徒たちを南へ逃がしているも、退路を断つように炎が噴き上がる。

 そこで一人立ち向かうのは、偶然にも似たような髪型をした、コウサカ・リカ。

「ころころころ……」

「何がころころ、ですか……、可愛い顔して、とんでもない悪魔です」

 髪の毛の焦げは黒い髪でも触れば目立つ、大切にしていた髪、しかし命あることを感謝せずにはいられない。

「あわよくば倒しますよ、魔女」

 電気を纏うリカを、キルは興味深そうに見つめた。

「……ジーと同じ能力。人間も思い上がったものね。殺されたいの?」

 そんな、幼く甘えるような声に、リカは目を見張った。

「双子の魔女が一人って時点で驚いているのに、喋れたんですか?」

「喋れるに決まっているでしょ? 殺されたいの?」

 驚くリカの顔は、自分を馬鹿にしていると、キルは怒りを露わにするが、すぐに落ち着いた。

「ともかく、勇気をもって私に立ち向かうあなたを殺す前に、教えてあげる」

 キルの周りに火炎が舞う。まるで派手なステージを作るように。

 灼熱の温度の中、リカから流れる汗はただ熱いからだけではなく、恐怖によるものも多い。

「序列三位赤の魔女『殺意のキル』じゃ、殺す」

 キルに雷が落ちると同時に、リカのいる場所から業火が噴き上がった。

 リカは自分の神経に直接電気を流すことができる。それで痛みを止めることも、人間離れした速度で動くこともできる。

 だが、一瞬で神経を焼き切られてしまっては意味がない。

「こんな……っ!」

 最期にリカが思ったのは、自分を一瞬で倒したゴリアックならばこいつに勝てるだろうか、ということである。

 キルは大した興味もなさそうにリカが焼け落ちていく様を見捨て、南へ歩いた。

「……私が序列一位って言った方がよかったかな?」

 既に自分より格上のバニラもトウルもいない。

 キルは思う存分第五地域を焦熱地獄に変えながら、ひたすらその場を散策した。




 ――場所は魔女の森

 北西から現れた鏡から、無残なアリアンナの死体と共に出現したのは、紫色を象徴とする妖艶のヴィー、現序列は二番。

 対するは、ニシャクトカスに乗った、前からネロ、エレノン、シリル。

 その後ろには既に赤い仮面、高速移動を可能とする『マスクドラピッド』着用のロイが肉薄していた。

「……前門の魔女、後門の教師」

 そんなエレノンのジョークに反応する者は、一人とていない。

「シリル、二人を連れて逃げろ。僕が足止めする」

 ロイは早速、赤い仮面を外し、黄金の仮面をつけた。

「……それは?」

「説明の必要はない。エレノン、早く逃げろ」

 ロイの言葉に一番反応したのはヴィーだ、その目は虚を突かれたように開かれて、後には楽しそうな笑顔が残った。

「あら、あらら、その黒い髪の子がエレノンっていうのぉ? じゃあ、ネロちゃんもいるのかしらん?」

 なぜ名前を知っているのか、という疑問をロイは気にしない。

「魔女、勝てるとは思わないが、僕のこの『マスクドアルティメット』は負ける気もしない」

 七種の仮面を使い分けるロイのヒーローマスクの秘術は、その多様性こそが本領。

 そして金色のアルティメットは五種類の仮面を使うことができるが、時間制限がある。

 しかし、無敵であることに違いはなかった。

 ヴィーすら気づかぬほどの速度でロイが眼前に立つ。

 咄嗟に動こうとしたヴィーは足元の地面が少し陥没し、しかも蔦が足に絡みついていることに気付いた。

 マスクドネイチャーの自然操作、土と植物の操作で動きを封じた。

「あら、何を……」

 火を纏ったロイの肘鉄(ひじてつ)はヴィーの顔面にヒットしたが、そこがヴィーから離れない。

 引っ張ると、ヴィーの顔まで一緒についてくる。

「本当に強いのね、自己紹介する暇がないわ」

 ヴィーは言葉と同時に、自分の体にロイの肘から先の腕を吸収した。

 嫉妬する肉体、触れれば肉を吸収できる問答無用の四肢欠損。

 なくなった腕を見て、しかしロイは狼狽せずに数歩引いた。

「……ちっ、回復能力のある仮面がないって、随分情けない能力を選んだものだよ」

 二人の間、そして周りに多くの白タイツのような生命体が出現した。

 およそ百八十センチ、顔もなければ特徴もない白い人間達はヴィーに襲い掛かった。

「マスクドノブレス、ニッカには劣るけど雑魚軍団の時間稼ぎなら……」

 そう安心してロイが後ろのエレノン達の方を向いた。

「早く逃げろ、君た……」

「ロイ先生!」

 シリルの叫びは一歩遅かった。

 大塔ほどの大きさの巨大な何かが、ロイを背中から打った。

 それはヴィーの腕だった。

 ただし美神的肉体によって圧倒的な質量を含む巨大な筋肉の塊、直径三メートルはあろう腕。

 ニシャクトカスの疾駆はそれを素早くかわすが、拳とともに吹き飛んだロイの行方は分からない。

 三人は呆然と、嵐が去ったかのような森のなぎ倒された後と、残ったヴィーを見た。

「……逃げますか?」

 シリルの提案にネロは尋常ではない速度と汗で首を縦に振るが、エレノンは動かない。

「……あれ、放置したらどうなる?」

「いやいやいや、立ち向かっても死人が増えるだけですよ。エレノンも無理せず逃げましょうよ。ロイ先生が無事かどうかも心配ですし、そちらを助けましょうよ」

 ネロの意見も尤もであるが、エレノンはそれに頷かなかった。

「……先生は、二人で助けて。私は名前を知られていた、だから、ここで立ち向かう」

「いやいや、名前って言ったら私も呼ばれたんですけど、でも逃げたいんですけど」

 ネロの緊迫振りは今までにないほどのものである。軽く見えるが、真剣さは気を引き締めた教師陣と変わらない。

「では、結局三人で戦う、ということですね」

 言うと同時に、シリルは書を出した。

「ニシャクトカス、ごめんなさい、もう少し付き合ってもらっていい? その代り、そうね、切った爪をあげるわ?」

 ぶみゃああああああ! とより大きな奇声と同時にニシャクトカスの茨のような触手が倍速でうごめいた。

「これで攻撃は避けれると思います。遠距離攻撃できるならば、これほど有利なことはないかと」

 シリルの能力の汎用性と、シリルの呼び出す魔獣の変態性にエレノンとネロは純粋に驚きつつ、しかし頼もしさを心強く感じる。

 だが、普段のような穏やかな笑顔ではなく、それでも唇を固く結んでいる様子から、一切の油断がないことは分かった。

「……遠距離なら、私」

 エレノンが三つの球を出現させると、それぞれにトゲトゲがついて浮遊する。

「わ、私も手伝います。微力ですが! スモールサイズオーケストラ・遁走曲!!」

 不安定な姿勢からでも、ネロの出現させた黄金の鎌は十を超えて、回転しヴィーに向かう。

 だがヴィーは服を切り刻まれるも、その髪も肉体もまるで液体を切ったかのように通じていない。

「……やっぱり、逃げる?」

 エレノンの浮遊する玉は攻撃の機会を狙うというよりも、三人を守るように浮いている。

「……巨大な腕でロイ先生を攻撃したり、腕を肌に吸収する様子から見て、物理攻撃は効かないのかもしれませんね」

 ヴィーは一歩、一歩と進むと同時に、ニシャクトカスが全力であちらこちらに跳ねて魔女を牽制する。

 名前と見た目を知られてしまったとはいえ、エレノンを守ってくれる人間ならば教師なり、守る会なり色々ある。命を捨ててまでここで戦う、という選択肢は、シリル達に糾弾されるだろう。

「……ここからは、逃げたい人は逃げる、でいこう。私はまだ戦う」

 エレノンは玉三つを星形に加工し、その真ん中に穴をあけ腕を通した。

「……ネロのおかげで、新しい技も手に入れた。試す価値も充分ある、だから、戦う」

 仄暗いエレノンの瞳には、普段よりも確信と熱意の色が見て取れる、だがその中には恐怖も含まれていた。

「そ、そう言われても、私は切り刻むこと一辺倒ですから、何もできないんですよね……」

 もどかしそうに指を合わせて弄るネロは、目が泳いでいる。今にも逃げたいと言い出しそうな雰囲気を全力で醸し出している。

「では……シリルさんは逃げる、ということですね。私ネロはこの場でエレノンと運命を共にしましょう」

 シリルがそう、わざわざ大きな声で、ヴィーに聞こえるように言った。

 だが人の名前を間違えている。

「え、シリ……」

 ネロが真実の名を言い切る前に、シリルはエレノンを掴んでニシャクトカスから降りた。

「ニシャクトカス! 学校まで走りなさい。爪は、丸ごとあげるわ!」

 シリルは強引に自分の人差し指の爪をはがし投げると、ニシャクトカスはそれを触手で捕え、ネロを乗せたまま走って行った。

「へぇ、ネロとエレノンが残ったのね……って、騙されると思うぅ?」

 反応と一挙手一投足を観れば、誰がネロかなどは既に分かっていること。尤も、ヴィーは誰も逃がすつもりじゃなかったが。

 呆れた風に溜息を吐いた直後、ヴィーの足が猛烈な勢いで伸び、その上半身だけがネロに向かって真っすぐ向かった。

 更に、シリルとエレノンの脇と横切っても、彼女らに攻撃することも忘れない。

 脇腹に当たる部分、滅茶苦茶に伸びた三十メートル以上のくびれから肉の触手が鋭く伸びる。

「エレノン様!」

 シリルがエレノンを突き飛ばす、とその肉槍をも一身に受け止めた。

 無様に、仰向けに転がったエレノンが見たのは、まるで獲物を打ち取り歓喜に震える槍。

 まるで死にかけの虫が暴れるような動きの槍を腹からのたうち回らせる、シリルの姿。

「し、りる……」

 掠れた声に、シリルの右腕が動いた。

「……どう、か、ご無事で、エレノン、さま」

 瞳の色は徐々に虚ろになり、蠕動する右腕の細やかな震えも収まっていく。

「……喚起する……、我が現身(うつしみ)よ、永遠(とわ)に、えれのん、さまと、とも、に」

 シリルの右手に現れた黒の書は、すぐにその手から落ち、ひとりでにページが捲られた。

 中央のページが開かれると同時に書は発光し、光とともに消えた。

 残されたのは、血を流し震える、物言わぬシリルの体と、涙に濡れたエレノン。

「……どうして……どうして、シリル、どうして……」

『どうしてじゃねえよ!』

 僅か数日にも満たない仲ながら、聞きなれた声がエレノンの耳に響く。

 だがその粗暴な言葉使いは、その口から聞いたことはついぞなかった。

「……え?」

 右を見れば、形容するならば妖精、というやつかもしれない。

 鋭く悪意に満ちた瞳は、エレノンが今まで見た中では、魔女より、アリスより、ゴリアックよりも尚鋭い。

 女性のように整った顔立ちながら、黒の学生服はゴリアックやブシンと同じで、ともすれば男と言われても信じるほどに逞しい。

 両手をズボンのポケットに突っ込んだそれは、けれど髪型と灰色の髪と声でのみ、シリルの面影が感じられた。

 だが、それは僅か十センチにも満たない人形のような大きさの人だった。

「……なに?」

『守りたいから守ったに決まってんじゃねえか! テメェだって愛する人を守って死ねたなら、そりゃ本望ってもんだろ!? あぁ!?』

 言いながらそれは、どこからか学帽を用意すると、頭になじむように被っている。

「……あなたは、なに?」

『へっ、この俺が第二の女王蜂シリル・ホーネットと知らないってのか。それでつるんでたってんなら、大したもんだ』

 その小さいのはなぜか自信気に頷きながら呟く。エレノンは困惑する他ない。

『つかそれより! ネロを助けに行けよ! あいつぁ今、一人で魔女と戦うかもしれねえ状況なんだぞ!? え、コラ!?』

 そう言われてハッと気づいた。

 シリルを喪った悲しみ、それは想像だにできぬほどに重い。

 だが今ここで足踏みして、大切な親友を喪うなんてことになってはいけない。

 何より、シリルは何か妙なものを遺してくれた。

『おらおら走りな! それでこそ俺が見込んだ女だぜ!』

 横を見れば、いまだに伸び続けるヴィーの体。

 エレノンはそれからは適度な距離を保ち、しゃにむに走った。



「ぶっみゃぁぁぁああああああああああああああ!!」

 エレノンの南、突如ニシャクトカスが腰を振り上げ、ネロを投石器のように打ち出し、直後に消えた。

 猛然と走っていた分、打ち付ける勢いも凄まじく、体の骨が折れる感覚がネロにも分かった。

「なんですか一体!! ……あれ、立ち上がれない。いやいや冗談でしょ、こんな時に動けないなんて……」

 思わず呟く。だが確かに激痛により右腕は動かないし、左足も立てるものじゃない。

「いやいやいやいやいやいや、ちょっと待ってください、こんな、こんなのって……」

 かろうじて右手に小さな鎌をもって、這って移動することは出来る。

 だが、トロールなどの眷属に見つかってしまえば一瞬で終わってしまう。

 せめてロイ先生でも見つけることができれば――そんな淡い期待も持つが、ロイが無事でいるという確証もない。

 それより心配なのは、ニシャクトカスが消えた理由。

 まだ町や学校には距離がある。なのに消えたということは、シリルの身に何かあったというのが真っ先に考えられる理由だ。

 エレノンは無事だろうか、そんなことが頭からついて離れない。

 そんな時に、近くの茂みからガサガサと音が鳴る。

 ロイである期待以上に、眷属である恐怖が優る。

 鎌を一本、まだラージサイズは出さないが、自分の手を使わずに最大級の攻撃ができるので最後の手として残しておく。

 茂みの雑音が最も近くなった瞬間、傍から出てきたのはエレノンが今まで一度も見たことのない生物だった。

 目と四肢がない人間の体を無数にくっつけた、水浸しの黄色い人魂のような物体。

 真ん中についた仮面は、ネロを見て驚いているようだったが、しかし憔悴しきっている風にも見えた。

「……何者、ですか、あなたは?」

 諦めた風に尋ねるネロに、クルイ・トリックは答える。

「……驚いた、瀕死の人間か? いや、今は何でもいい。君は」

 言葉と同時に、トリックは後ろから現れたトロールに殴り飛ばされた。

 偶然にも、ネロと体が重なる。

「ま、魔女の眷属に攻撃されているってことは、味方ですか!?」

 感激というよりも恐怖と焦り、トロールは今なお二人に迫る。

「少なくとも魔女は敵だ! 敵の敵は味方っていうなら味方だと思うぜ!」

 殴られて超驚いているトリックとネロは、自然とその右手と触手を重ねた。

「どうにかできませんかね?」

「どうにか、ね。その無茶振りには驚愕だわ。だが面白い」

 ネロの僅かな期待の表情と、トリックの小さな笑みが向かい合う。

 そして立ち上がったネロは、ラージサイズの鎌でトロールを一刀両断にした。

「……体が、動いている?」

『精神乗っ取りとはいかねえが、へへ、体のある程度は使わせてもらうぜ!? 驚いたか!?』

 ネロの頭には驚いた表情の白い仮面が、そして体内のあちこちに黄色い触手が蠢いている。

「驚きです! 凄いですありがとうございます! あなたが私の命の恩人です!」

『ええっ!? そんなに感謝されんの!? 驚いたわ……。生憎、命の恩人なんていい関係じゃねえ。俺達は運命共同体さ』

「運命共同体?」

 傍から見ればネロしか喋っていない光景だが、そんなことを気にする余裕はない。

『お嬢ちゃんは俺がいなくちゃ死んでいたし、俺だってお嬢ちゃんを見つけられなきゃ死んでいた。だから運命共同体さ。ところで、名前は?』

「コルネロ・プラムです。ネロって呼んでください」

 人を信じるとは、かくも間抜けに見えるものか、そんな風にトリックは考えつつも、今までの組織にはなかったことが心地よく感じられた。

『よろしくなネロ! 俺はトリック……ん、ネロ? さっき聞いた名前だな。誰が言ってたんだっけ……』

 どこでその名を聞いたのか、その答えをトリックはヴィーの上半身が飛んでくる姿を見て思い出した。

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