大会編15・ブロック準決勝
エレノンとニーデルーネが喋っていた場所にネロが来て、両手をメガホンのように使い言う。
「先輩、せんぱーい! いますですか!?」
ゆらり、と空間が歪んだと思いきや、漆黒のローブを纏った死神が現れる。
「我はどこにでもいて、どこにもいない、色即是空、空即是色の存在であるぞ?」
「じゃ、じゃあトイレとかお風呂におちおちいけないですね……!」
ニーデルーネの仮面の下が小刻みに震えている、恐らく笑いをこらえているのだろう。
「我はそのような人間の色欲には囚われない、我のことを気にする必要はないぞ?」
「でもいるんですよね? うちのお風呂に先輩はいるんですよね!? こ、こうなったら先輩の家に行ってお風呂を覗き返してやります……!」
「ちょネロ! 辞めなさい!」
ニーデルーネはふわふわとローブをはためかせて降り、仮面を外した。
「もう! それで何の用? 私をからかうだけじゃないんでしょ?」
エレノンはニーデルーネを尊敬しているようだが、ネロにとっては仲の良い姉のような存在である、真面目に役になりきりすぎているせいでからかいがいもあるためだ。
「実はですね、戦う理由をなくしてしまいました、これからどうするべきですかね?」
ネロは大して困った感じも見せずに言った。ニーデルーネはそれに疑問を返す。
「戦う理由って何だったの? 凄い強いからビックリしたけど。とりあえず座る?」
体育館の裏、中に入る小さな段差に座ると、ニーデルーネは隣をぽんぽん叩いて示す。
ネロがそこに座ると、俯きながら言う。
「私は、皆さんに元通りになって欲しかったんです。イツキさんもエレノンも、どういう理由かは知りませんが、強くなるために冷たかったんです。だから強さなんかより友達を大切にしましょうって、一生懸命戦ったんです」
「へえ、そんな理由だったの」
ここからネロの顔は更に暗くなる。
「なんだか凄く勝って、でももうイツキさんもエレノンも私が倒したから、どうしたらいいのか、分からないんです」
「普通に戦えばいいんじゃないの?」
当然のようにニーデルーネが言うも、ネロは泣きそうな顔で首を振る。
「今までも手を抜いていたわけじゃないんです。やれるだけはやろうと頑張っていました、さっきもそうだったんです。でも、でも今の私が本気を出したら、沢山の人を傷つけてしまいそうで、それが怖くて……」
落ち込むネロに、ニーデルーネは考える。
ネロの発言はネロらしくないほど自信に溢れている。ニーデルーネから見てもそれは不自然なほどの発言だった。
ニーデルーネはネロの試合も見た。イツキの弾丸もエレノンの球も切り裂く鎌は以前より遥かに威力が増しており、確かに人など容易く殺せるだろうし、準決勝の対戦相手であっても例外ではないだろう。
だが、先ほどまでのネロの戦いで真に恐ろしいのは、ネロの捨て身だ。死んでも構わないと思っていなければできないような行動と攻撃、それこそがニーデルーネすら畏怖させる。
だからこそ、安心してニーデルーネは言った。
「大丈夫、自分の力のままにやりなさい!」
バン、と背中を叩くと、ネロは泣きそうな顔をした。
「どうしてそんなこと、言えるんですかぁ?」
「それは、あんたが可愛いからよー! うりうりうり……」
跳ねた髪をわさわさと掻き乱すと、ニーデルーネは最後にデコピンをした。
「準決勝ともなると、他人より自分の心配をした方がいいわ。強くなるってことは敵を倒すだけじゃなくて、敵を倒さないこともできるってことよ」
ニーデルーネの言葉に、ネロは弱そうな濡れた瞳を閉じ、強い決心の目を見せた。
「……やれるだけやってやります」
ネロはすっくと立ち上がると、礼を述べて去った。
その後、ネロが居た場所にロイが降り立った。
「ニーデルーネ、少し良いか?」
言った瞬間にニーデルーネは舞踏会のような仮面をつけて空に揺らぐ。
「我はニーデルーネではないっ!! 我こそは死神サイズオブ……」
「いや、今はそういうのは良い。普通の話がしたいんだ」
「えー、私あんまり普通の話できないんですけど」
仮面を外したニーデルーネは軽く笑顔を見せるが、ロイは険しい顔を見せた。
「単刀直入に聞く、その強さの秘密を教えて欲しいんだ」
「強さの秘密? さぁ、私にはちょっとよくわからないですね。私よりもアラヤ先生に尋ねたらどうですか?」
ニーデルーネの言葉に注意するロイは、先輩教師の名前に食いついた。
「どうしてそこでアラヤ先輩の名前が出るんだ?」
「一度、ちょっと色々ありまして。簡単に言うとボコボコにされちゃったんで」
てひっ、と自分の頭をこつんとして舌を出し、ニーデルーネは笑う。
「その話、詳しく聞かせて欲しい、先輩と何があったのか」
「……まあ、おいおいします。今は、可愛い後輩が戦う時なので」
ニーデルーネはそう言うと、ロイを無視して体育館の中に入った。
学校には多くの人が集まっているが、その周辺は魔女の森に包まれている。
学校より東の方の森から一人の女性がやってきた。
肌もドレスも日傘もヒールも全てが真っ白な魔女は、人だかりを避けるように南へと、町へと進んだ。
スノウはいまだ言葉を喋ることに慣れていないが、それでも勇気をもって町を歩く。
自分を見る奇異の視線は無視し、人々が強くなる秘訣を探る。
だが見ず知らずの人間がそのようなことを聞いて誰が素直に教えるだろうか。
人にはなるべく話しかけないようにして、ひとまずは観察だけする。
狭く雑多な繁華街と、その狭さにごった返す騒がしく賑やかな人波に既視感を憶えつつ、スノウはのんびりと道を歩く。
懐かしい、心のどこかに来たことがあると伝えるようだが、魔女としてはかまくらと大塔しか行き来していないのだ、おかしい、とスノウは思う。
だがそれでも感じずにはいられない、心の底で昔感じた嫌悪の感情を。
何もかも壊したくなる衝動に駆られつつ、悪くなる気分を抑えるためにスノウは自然と裏路地の方へと歩んだ。
ネロの次の対戦相手はアン・シュチート、橙色の髪と褐色の肌がとても健康そうな女子である。
拳道部の部員で秘術は加速機能を備えたナックルダスター、であったが加速機能が強くなりすぎてもはや自分自身をロケットのように飛ばすだけの機械である。
図らずも合体球でカナタに突撃したエレノンのような戦法、リースはハッケイに次のように説明した。
「次の戦いは、拳対鎌、一瞬で勝負は決まるでしょう。ネロが突撃に対応できるかどうか、それでどちらが勝つか、となります」
ハッケイは何も言わずに武道場を注視した。
「今までの感じなら、ネロが勝つでしょうけどね」
イツキが澄ました風に言うと、リースが意味深に呟く。
「なら、いいのだが……」
校長の試合開始とともに、アンはロケットのように吹き飛ぶ。
「やったるぜ、ネロォォォォ!!」
それにネロは鎌を使わず、横に転がって避けた。
試合会場が騒然となる。さっきまでのネロならばアンなどロケットごと一刀両断できたろうに、向かい討たずにかわしたことは誰にとっても意外であった。
転がったネロは起き上がって小さな鎌を二本、両手に持つ。そしてそれをアンに投げた。
「……あれは」
エレノンが呟いたすぐ後にイツキが叫ぶ。
「昔のネロじゃん! どうして!? はっきり言って弱そう!!」
隣で戦慄したようにリースが言う。
「戦う理由を失くしたな、聖女とは言ったものだ、イツキもエレノンも倒した自分が戦う必要はないと、そう思っているのだろう」
リースの言葉にみんな驚くが、ただハッケイのみが愉快そうに笑う。
「やはり聖女であるな。あれだけの力を持ちながら、惜しい」
イツキがハッケイを睨み、シズヤは少し暗い顔をした時、エレノンはネロと一番近い観客席へ走って移動した。
アンが旋回しネロに再び突撃しようという時、エレノンが叫ぶ。
「ネロッ! そんなのに負けたら許さない! 優勝しないと彼女なんかならないっ!!」
ネロが一瞬エレノンに視線を向けると、エレノンは真っ赤な顔をしてへなへなと座り込む。
再びアンが突撃してきた時、ネロは大鎌を一本、下から振り上げた。
「ラージサイズ独奏・沈黙!」
ロケット、つまりアンの秘術のみを切り裂いた。
アンは無様に地面に激突し、そのままお手上げをして言う。
「……負けた」
「試合終了! 勝者コルネロ・プラムッ!」
Aブロックの決勝進出、ネロはその意味も考えずに観客席に手を振る。
「エレノーン! 愛していますよーっ!」
新たな戦う意味は愛!
そして、ネロは自身の実力を徐々に認め、それを使いこなす心を持ち合わせ始めていた。
リースの相手はソラウ・ライカ。緑色の髪を左側にサイドテールでまとめた気さくな娘である。
初めてリースがこの学校に来た時では、何の変哲もない剣を操る幻滅対象の一人であったが、今は違う。
伸びたり膨らんだりカマイタチを起こしたり、様々な能力がある剣を使い戦うソラウは紛れもなく実力を伸ばし、今準決勝に赴いたのだ。
自然と体が喜び震える、リースは精神統一しながら試合開始を待つ。
「リースちゃん、お手柔らかに頼むね、私は本気出すけど!」
「ふっ、手加減されて喜ぶほど、やわではないだろう?」
「試合開始ィッ!!」
開始と同時にソラウは剣を構えてリースの方へ走り、リースは構えたまま体に銀をめぐらせる。
「銀装・総!」
銀の彫像と化したリースに死角はない、漫然とソラウの攻撃を待ち構える。
「疾風斬!」
リースに接近する前にソラウが空を斬ると、豪快な音が鳴る。
だが姿は見えない風の斬撃、リースには視認できない。
「火乃魂っ!」
そのために、体に炎を纏う、銀装状態で炎の量は遥かに多い、充分炎の揺らめきを見てからかわすことが可能。
だがそれだけでは済まさない、リースは炎を腕に集め、射出した。
「悪射獲擂っ!」
炎の矢が三本立て続けに発射されるが、ソラウは刃を前に構えて全て切り裂いた。
だがここでリースの観察は終わった。今のソラウなら、まだ簡単に倒せる。
ソラウにあわせてリースも走り出すと、拳を引いて、勢いをつける。
「腕だけ改、からの魔夜千切『昴』!」
腕に銀が集まり篭手のようになると、それに呼応するように炎が鋭い剣のように三本生える。
風の斬撃を炎で切り裂くと、リースはその炎の剣でソラウの剣に対峙する。
ソラウが剣を上から振り下ろすと、リースは右手の銀でそれを受け止め、左の拳をソラウの隙だらけの腹に捻じ込んだ。
吹き飛ぶソラウに、リースは言う。
「まず、君は攻撃よりも倒されないようにと試みるべきだ」
倒れたソラウが落とした剣は消え、立ち上がる様子も見せない。
「勝者、リース・ジョン!」
決勝に進出するとなっても、リースはまるで当然のように涼しい顔をしていた。




