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大会編14・因縁の二回戦

 Bブロックでリース達が戦っている間、会場を去ったエレノンを、傷から回復したネロが捜していた。

「エーレーノーン、エーレーノーン!!」

 体育館の裏も、外の戦いの観客席も捜したがいない。

 誰もいなくなった校舎の裏側にて、ようやくエレノンを見つけたとき、既に誰かと話している様子だった。

「……ニーデルーネさん、さっきの戦い」

 校舎の壁から半身乗り出し見ると、エレノンと学生服のニーデルーネが向かい合って立っている。

「どうしたの? エレノンちゃん、さっきは凄かったと思うけど」

 髪を手で梳き、風を受けている様子は、やっぱり妖艶に見える。普通にしていれば可愛いのだ、普通にしていれば。

「……私のじゃない、ニーデルーネさんと先生の戦い」

「ああ、あれね、あれは私じゃなくてもう一人の私だから」

 笑いながら流そうとするニーデルーネに、エレノンは怒声を浴びせた。

「あの強さ! 私に教えて欲しい、いったいどうやったら、あんなに強くなるのか。私は、強くなりたい、みんなを守るために、みんなを助けられるように、絶対に強くなりたい、シズヤくらい強くなりたい!!」

 かつてないエレノンの叫びに、ネロはとかく驚いた。自分を出さない、静かなエレノンがこれほど大きな声で感情をぶつけることなどないから。

 けどニーデルーネは驚く様子もなく、冷たい言葉を返した。

「それは人を助けたいから? 次のネロとの戦いに勝ちたいから?」

 その言葉にエレノンは大きく動揺したようだった。きっとそれは、エレノン自身今言われて気付いたのだろう。

「さっきの戦い、ネロちゃん凄かったね。一度はあのサドシマイツキを圧倒してた。別にエレノンが強くならなくても、ネロちゃんに守ってもらえばいいんじゃない? エレノンは今ので充分強いよ」

 ニーデルーネの鋭い瞳に見つめられて、エレノンはしばらく黙っていたけれど、やがてぽつりと呟いた。

「……やだ」

「それは、わがまま?」

「……我侭、私がネロを守りたい。ネロは、守られるんじゃなくて、守りたい」

 小さくも勇敢な言葉に、ネロの心は震えた。


 Aブロック二回戦、エレノン・バルタルタとコルネロ・プラムの戦いが始まる。

 武道場にて二人が向かい合うと、エレノンが言った。

「……ネロ、私はネロを越える。ネロも助けられるように、ネロも倒す」

 ネロは複雑な顔もするが、それでも決意は固い。

「エレノンは、エレノンは黙って私に守られてください! 私がエレノンを倒します、そして、そして……エレノンに私の子供を産んでもらいます!!」

 突然の告白に場は騒然となる。エレノンも固まっている。

 だがネロは続ける。

「この戦いで私が勝ったら、エレノンもイツキさんもみんないつも通りになって、エレノンには私の子供を産んでもらいます。私が負けたら……私はエレノンに守られて、その、子供、う、産んでやりますよ!!」

「……それ、どっちにしても」

 エレノンの言葉を遮るように真っ赤になったネロがあたふた叫ぶ。

「う、うるさーい! 私は、決めたんです! さあこの条件で勝負です!!」

 ネロは目を回さんばかりに顔を赤くしているが、エレノンも静かに火照っている。

「さーあっ! 壮絶な告白がありましたが試合はこれから開始します、では、試合、開始!!」

 ノア校長が精一杯盛り上げた後、エレノンが三つの球を出した後にネロがやっと平静を取り戻した。

「えっと、ミディアムサイズ二重奏・沈黙」

 ネロの目蓋が鋭く狭められていくと、ネロの精神は澄んだ。

 先ほどまでの赤面を忘れさせるほどの眼光はエレノンを驚かせる。

 イツキとの試合を見てはいたが、実際に対峙すると普段の雰囲気との違いをありありと感じる。

 わははーと軽い雰囲気でいつもだらしのない笑顔を垂れ流しているような正直者、というイメージとはまるでかけ離れていた。

 そのギャップが強すぎる、今目の前にいるネロの雰囲気はリースやナミエと大して変わらない。

 ニーデルーネと訓練している時は勝てる気しかしなかった。

どころかネロなど眼中にすらなかった。

 だがネロもいつまでも弱いままではないのだ、それを思い知らされた。

 今は、勝てる気がまるでしない。

「……ネロ、思えば色々あった。初めて会った時、とても嫌な奴だった」

 エレノンは球を浮かべて警戒しながら、ネロの目を見て言った。

 ネロは例の構えを取ったまま微動だにせず、何も言わなかった。

「……でも、私はその時からネロが好きだった。何も飾らなくて、自分に正直で。嘘はすぐバレるし」

「……なんなんですか?」

 ネロがエレノンに視線を合わせて言う、姿勢は自然と少し崩れた。

「……あの頃から私がネロを守っていた、今度も私が勝って私が守る!」

「それは驕りですよ、残念ながら私は反省しました。スペシャル格好いいネロを見せてあげます。ラージサイズ二重奏・行進曲」

 腕のように大鎌を振り回し、元気に歩く様子はまさしくマーチ、だが規則正しくも暴力的な動きは見るものに恐怖しか与えない。

 先ほどの沈黙とどのように違うのか、エレノンは一つの球を槍にして突撃させる。

 ネロの目前で、それは振り上げる腕と共に動いた大鎌によって真っ二つに切られた。

 勇ましく自分を睨むネロに再びエレノンは恐怖しつつ、真剣に対抗策を練る。

 球は残り二つ、一つ一つでは、恐らくイツキの銃弾のようにあっさりと見切られ切り刻まれるだろう。

 銃弾よりも、ネロの鎌よりも速い速度で動くか、壊れない圧倒的な硬さを持つか、それがないとネロには勝てない。

 二つの球で何ができそうか、どちらができるか、とにかく考え、結論は速さになった。

 一つの押し出しでもう一つの速度を上げる、ロケットを飛ばすための補助ロケットのようなイメージをエレノンは浮かべ、試す。

 硬さを選んだとして、失敗した場合、もう一つの球まで壊されるだろう、そうなると取り返しがつかない。

 形を変え鋭く伸びた槍は、二本セットでネロまで突進する。

 上下に重なる槍と棒、槍が本命でネロの鎌の射程範囲になったなら棒が外れ、その勢いを槍に加える。

 その時がネロの最後。

 エレノンにとってはなけなしの知恵から出た最初で最後の作戦であるが、予想外なほどに上手くいった。

 直前に振り下ろされたネロの鎌は、見事に外れた棒だけを捕らえて、槍はなおも進む。

 ネロは振り下ろした鎌をもう一回転させて槍への追撃を行ったが――その決断の早さも思い切りの良さも見事ながら――槍はネロの腹に突き刺さり、そのままネロの体を吹き飛ばした。

 槍は数センチほども突き刺さっており、身をよじれば余計に食い込み痛みを伴うほどである。

 ――それでもネロは立ち上がった。

 槍が刺さった部分を押さえながら、苦痛に顔を歪めつつも、しっかりとその足で立ち、エレノンを睨めつけた。

 その顔にエレノンは友情も愛も感じない、ただ前に進むのに邪魔な敵に敵意を向けた顔。

 エレノンは皆を守るために変わることを決意した、そしてネロは皆を変えないために努力した。

 エレノンは確信した、その結果変わったのはネロだ。

 これほどの力の差が、戦う覚悟が、痛みすら、苦痛すら乗り越える気持ちが。

 普段のネロにはないものが、今のネロはリースに匹敵するほどにある。

 腹に槍が刺さったまま、一本の大鎌を持ったネロを見て、エレノンは茫然と思った。

「……ネロとは、付き合えない」

 呟くと、鎌を引きずるネロの動きが止まった。

 その目は驚愕で開かれた後、うるうると歪んだ。

「ど、どうしてですか?」

 痛くて泣いているわけではないと分かっても、あまりに腑抜けた顔はギャップがあるというか、普段通りだった。

 やはりエレノンは言葉を失った。こんな姿を見せられては、ネロがいつも通りなのでは、と勘繰ってしまう。

 だが、そうならさっきの暴力的なネロは一体何なのかが分からなくなる。一体ネロという人間は……。

「……ネロ、怖い」

「そんなこと、言わないで、ください……」

 エレノンとの距離を五メートルも開けて、ネロはついに地面に座り込んだ。

「……降参して、ネロ。ネロは、いつも通りがいい」

「駄目です! それだけは、しません……」

 正座をしたまま顔を上げたネロの顔から雫が散った。

 その瞳に燃える炎はまさしく決意、恋により忘れた使命を思い出した戦士の決意である。

「私は、私はエレノンのために、エレノンのために……」

 唇を噛み締め、大鎌を二つ杖のようにして立ち上がるネロの姿に、エレノンは自分を見た。

 勝利を求め、変わってしまった友人を元に戻したい、そう言っていたネロの気持ちを、ようやくエレノンは気付いたのだ。

「……私も、負けない!」

 初志とは違う、だがエレノンはより強い想いをもって戦う。

 ネロと同じく、友人を元に戻したいという気持ちで。

 とはいえ、球のうち二つは無残に切り刻まれ、残る一つはネロの腹に刺さったまま碌に動かせない!

 だが場所は完璧! これ以上ないほどに敵に接近している!

 エレノンは全神経を集中させてその一本の槍を操作する。

 まず針を出す。かつて使っていた針玉のように細く鋭い針を槍中に出現させる。

 既に刺さった槍からの地味な攻撃にネロは声を出して喘ぐが、それでも鎌を杖代わりにして歩く。

 恐らくはネロにも分かっているのだ、もうエレノンの武器が一つしか、今刺さっているこの槍しかない、と。

 だからエレノンは全身全霊をもってネロに刺さった槍を揺り動かした。

 傷口に潜り込もうとする槍の痛みに、ネロも溜まらず一瞬足を止めた。

 だが次の瞬間には敵意と憎悪をもってエレノンを睨み、そうして歩を進める。

 エレノンも近い方が槍を操りやすいが、そろそろ後ずさりもしながら槍を動かす。

 鎌の攻撃範囲に入らず、しかし槍を操り攻撃するために近距離で。

 この状況でやるだけのことをやる、それしかエレノンにはできなかった。

 だが、半端な距離でネロが叫んだ。

「ラージサイズ六重奏・練習曲(エチュード)!」

 だがネロの下に鎌は増えていない、名前から六本あるとは想像できるが、エレノンはしばらく茫然とした。

 そして、鎌が落ちてきた。

 一本、エレノンより三~四メートル離れた地点にズドンと派手な音を鳴らして鎌が一本、マットに食い込んだ。

 同時にエレノンは空を見た。五本の鎌がエレノンの退路を塞ぐように落ちてくる!

 エレノンは自然と前、鎌を二本持ったネロの方へ走らざるを得ない。

 この状況では全力でネロの方へ走り、ネロの腹から槍を取り出し、それでネロと一戦交える他ない!

 エレノンは綺麗なフォームで鎌の降る地帯を走り抜ける、と同時にネロは杖代わりに使っていた鎌を一本持ち上げた。

「ラージサイズ独奏・沈黙……」

 口から血が流れている事にネロは気付いているのだろうか、狭い瞳はどこか虚ろで、しかし獲物を狙うその構えはエレノンを逃さないだろう。

 だがエレノンは走りながら笑みを見せた。不適な、勝利を確信した笑みに、ネロの虚ろな目にも少しだけ驚きが見える。

 エレノンが構えの範囲に入る前に、ネロの腹から槍が素早く抜き出され、そのまま形を変えて上昇した。

 急な動きに対応できず、動きを止めていたネロは鎌を無様に振り回すが当然当たらず。

 槍は拳のような形になり、下からネロの顎を砕くほどの勢いで当たった。

 球のアッパーはエレノンの想定通りに決まった。

 鎌を全て振りぬいた挙句首だけ真上をむいているネロの姿は滑稽ですらある。

 だがそれを笑うことができるものは一人もいない、戦っているエレノンも、観客席のイツキもリースも痛ましい表情で見ていた。

 ネロは戦い尽くしたのだ。自分の信じたものを守るために痛みに耐え、嫌いな戦いに積極的になるほどに、自分を捨てる程に尽力したのだ。

 そんなものは誰が見ても分かる、以前のネロの戦いぶりを見れば如実に感じるだろう、なによりもネロ自身が感じるのではないだろうか、私はこんなに強かったのか、と。

 できればネロには一度負けて落ち着いて考えて欲しいくらいである。イツキに勝ち、燃え盛りながらも、エレノンとの戦いで腹に異物を挟みながらも、歩き敵を討つ根気と度胸は、きっと今後のネロの気持ちを大きく変化させるものだろうから。

 だがまだ違った、ネロはこの戦いで勝った。

 腹に穴が開き、顎に砕かれんばかりの衝撃を受けた状況で、突如として前を向いて走り出したネロは、鎌も使わずに走る勢いのままの頭突きでエレノンを一撃で沈めたのだ。

 一体どれほどの勢いがあったのだろうか、落ちて刺さったままの鎌に思い切りぶつかったエレノンはずるりと倒れ、ネロは息を荒げながら、肩を落として立っている。

 誰もが驚きに口を開けて戦いを見る中、傍の教師に注意されてようやく校長が言った。

「しょ、勝者! コルネロ・プラム!」

 すぐにゴリアックがネロに指輪を渡すと同時に、叫ぶ。

「コルネロ・プラム、俺と戦えって!!」

 もうゴリアックが目を付けるほどにはネロは強くなったのだろう。

 だが、彼女は疲れた瞳でゴリアックを見ると、黙ったまま観客席の方へ戻った。

 後には倒れたエレノンが残る。



 リースの相手はキャノ・ガーバンクル、衝撃を吸収しまとめて返す大盾の秘術を操ることができる。

 最初はリースの攻撃を吸収していたが、盾が熱くなりもてなくなるという事態が発生し、最後はその大盾で殴りかかったが避けられて側面からのリースの一撃で倒れた。

 それはともかく、リースの試合中にイツキとシズヤは観客席でネロについて話す。

「ねえシズヤ、ネロについてどう思う? どういう意味かも自分で考えて」

 イツキが眼鏡を整えながら言うと、シズヤは笑顔もなしに考えた後に言う。

「うーん……怖い、というより危なっかしい。人を殺しそうで、死にそうで、ちょっと無謀だよね」

 イツキもふーんと唸る。

「はっきり言って、私は負けたけどネロの方が強いとは思わないわ。まあ私の方が強いなんて自惚れるつもりもないけどさ、本当に無茶してるのよね。さっきの戦いも、下手すればエレノンを殺してたかもしれないし……」

「刃物っていう時点で危ないのは仕方ないね。でもでも、鎌を六つ落とした時はちゃんと危なくないようにあえて一つを早めに遠くに落としてたから、大丈夫じゃないかな、とは思うんだけど……」

 エレノンの言葉を受けて涙しかけることもあった、戦っているネロにもちゃんと普段通りの理性とか気遣いは残っているのだ。

 だからといって安心できない、ネロの戦いは既にネロらしいというものではない。

「最後の頭突きも、そうなんだろうけどさ、なんていうかなぁ……」

「まさしく聖女だ」

 バッと間に入ったのは、観客席で寝ていたハッケイ・ジョンである。

 何を言っているんだ、という目で二人が睨むも、ハッケイはそれすら満足そうにして、あごひげを弄りながら言う。

「鎌を使えば容易く敵を倒せるだろう、しかしそれをせず、自分に痛みが伴う方法で相手を調伏する。コルネロ、と言ったか、あのものは聖女の資質がある」

「聖女、ねぇ……」

 イツキが呟く。

 普段のネロの様子も思い返し、今のネロを、観客席で寝息を立てるネロを見て改めて言う。

「戦うネロより、普段通りのネロの方がよっぽど聖女だと思うけどね」

「うん、私もそう思うよ」

 ゴリアックの秘術のおかげで元気そうに眠る姿は、いたいけで、純心そうな、優しい表情の娘である。

「……だからこそ、リースに期待」

 ハッケイの頭の上に顎を置いて、エレノンがいきなり言った。

「エレノ!? そんな汚いところに顔を置かないの」

「汚いところ!? 毎日洗っているぞ!?」

「どうでもいいけど、リースに期待って?」

 シズヤがエレノン以外すべて無視して疑問符を浮かべると、エレノンは答える。

「……今のネロは、負けるまでの私と同じ。勝ちの妄執に取り付かれた気付かぬ邪悪。負けるしかない、でもAブロックはもう期待株がない、だからAブロックとBブロックの優勝者の……」

「ああ、Bブロックでリースが優勝するだろうから、それしかないって訳ね」

 イツキが言うと、シズヤが不満そうに言う。

「別に、リースを倒した後に私が倒してもいいんじゃない?」

「……シズヤに負けるのは仕方ない、とかなっちゃう」

「そんなものかな?」

「そんなものかどうかは知らないけど、そのリースが戻ってきたわよ」

 キャノを倒したリースが平然と戻る。

 シズヤやイツキに無言で礼をするものの、特に勝利を祝う言葉もなく空いた席に座る。

「ねえ、リースはネロのこと、どう思う?」

「ネロか? 一度負けたからな、雪辱を晴らしたいとは思うが……」

 一度負けたこと事態驚きだが、次の言葉イツキ達は驚く。

「……エレノンに子供を産ませるとなると、本気を出すのは、少し……」

 それは、家庭を持つ者に手加減しよう、という意の発言である。

 これにはハッケイが一番驚いた、社会に出た娘がこれほど人間というものを学ぶとは思わなかっただろう。

「容赦なくぶん殴ってやりなさい! まだ孕ませてないから!!」

「……私からもお願い。本気でやるべし」

 イツキとエレノンのエールを受け、リースは呵呵大笑した。

「そうかそうか!! やはり私も今のネロとは本気で戦いたいと思っていたのだ! ううむ、何の気兼ねもなく拳が震えるとなると、やはり胸が高鳴る」

 笑顔のリースを皆は呆れて笑っていた。

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