大会編8・シズヤの特訓
シズヤとレンはグラウンドの真ん中に陣取る。
だが突然場所を取られて怒る奴がいた。
なんせグラウンド、体育館、グラウンド地下の修練場の三箇所はそれぞれの部活で使うために誰もが喉から手が出るほど欲しい場所、それを勝手に取るなど許せるはずがない。
なので、拳道部が使うはずだったというのに、と部長のブシンがシズヤに詰め寄る。
「ッダオラ! メェナメテンジャネエゾッ!!」
男の学帽と学生服、腕と体にはサラシを巻くブシンは、三年の中でもトップクラスの実力者だ。といってもゴリアックを除けば、だが。
かろうじて聞き取れる話し方にも理由があるが、シズヤはその威勢にも動じず笑顔で答える。
「すみません、別に舐めているわけじゃないんですけど、場所が他になくって」
「ッレガメテンジャネエノカッ!?」
「すまない、それほど時間は取らせないつもりだ」
とレンが間に割って入るも、ブシンは止まらない。
「場所トッテンジャネエカッ!!」
「そこを何とか、頼む」
レンが堂々と頭を下げると、ブシンは部員達の顔を見て考える。
ブシンはただの不良ではない。というかこれは演技である。精一杯自分が強くなるためにこんなことをしなくてはならない、というのがブシンにとっては屈辱ですらある。
それでも三年間の鍛錬の末、ゴリアックにも負けない拳の力を得るためには、精一杯いきがらねばならない。
「……条件がある」
部員の顔を見て、ブシンは考えた。みんなとっとと退いた方がいいと考えている。一年の最強が相手では分が悪いと思っている。
「私と戦え、シズヤ・クロスフィールド。私に勝てば場所をやろう」
その堂々たる言い方、急に変わった喋り方、シズヤ以上にレンが警戒する。
「シズヤは私の妹だ、相手なら私がしよう」
「お姉ちゃん!」
「テメェじゃ駄目だ。私はシズヤ・クロスフィールドと戦いたい」
お呼びでない、ブシンはゴミでも払うように手を振ると、レンが歯を食いしばる。
「私とて、五年前は学年最強を名乗っていた生徒だ。悪いようにはしない」
「テメェがシズヤより強いってのか? はっ、笑わせる」
「ぶ、部長! もうやめましょうって!!」
ブシンが一度睨むと、部員は黙る。
そこでシズヤが改めてレンとブシンの間に入った。
「じゃあ! 二対一でどう?」
それは思ってもみない提案だったが、なかなかブシンの心をくすぐった。
かつての最強と今の最強、二人を相手にするなど普通経験できないことだろう。
レンも、仲間としてシズヤの力を見るならば安全に観察できる。
だが、シズヤがとととっ、と後ろ走りして、二人から距離を置いたことには、その場の誰もが意味を理解できなかった。
「よし、それじゃハンデとして私が合図を出すね?」
「い、いやシズヤ、どういうことだ?」
「……訳がわかんねーんだが?」
レンもブシンもシズヤに対して疑問符を浮かべる。
が、シズヤの笑顔はいつも通り、穏やかな表情で言う。
「私一人対お姉ちゃん達二人、だよ?」
本当は冷静なブシンも怒りが込み上げる。
レンはそれよりも怖気が勝り、素早くバックステップを取って剣を抜く。
「構えろ不良! 私を手伝え!!」
「……丁度良い、仮初じゃなくてマックスブチギレだオラァァアアアアア!!」
前衛にブシン、後衛にレン、その更に前にシズヤが一人立っている。
「じゃ、試合開始! 行くよっ!」
シズヤが飛び上がる間、ブシンもレンも動かない。
「空だとっ!? おいヤンキー! あれをどうにかできないか!?」
「ワリャア命令シテンジャネーゾ!! ンナモンムリジャア!!」
腕組み仁王立ちのブシンと、抜刀術を使うような姿勢のレンは、共に空のシズヤを見守るしかない。
「あははははっ! 何もできないの!?」
シズヤは空から二人を嘲笑する。かつてのリース戦を思い出しながら。
「私に攻撃するくらいなら、イツキちゃんだってネロちゃんだってできるよ!?」
それは、攻撃と呼ぶにはあまりにも無意味であるが。
安易な挑発、レンはそのように思い無視。シズヤが攻撃しないのならば相手が飛ぼうと関係はない。
だが今のブシンにはその挑発が有効。普段は演技とわかっていても、普段それを続けたために、今のブシンは熱血と冷静の二重人格のようになっている。
「ダァラッッテメェンジャネエゾッ!!」
ブシンの体がわなわなと震えるのを視認してシズヤは気付かれないように風を纏う。
突如としてブシンの足元が爆発し、砂塵が舞い上がる。
それと同時にブシンの体も跳ね上がり、あっという間にシズヤの眼前にまで来た。
「爆裂しろっ!」
なおも飛び上がるブシンに対し、シズヤの体はふわりと下降した。
ブシンの右拳は空振りし、体勢が崩れる。
「さて、どうしてあげようかな……」
ブシンは空中でシズヤを睨む。と同時にレンが刀に手をかけたまま走り出す。
「シズヤっ、負けのルールを決めておけっ!!」
レンは殺す気でシズヤに挑む。レンの秘術は元々殺し専用といっても過言ではない、故に条件付ける。
「じゃあ、私が地面に落ちたら二人の勝ちでいいよ」
そう言うシズヤは尚も下降を続ける。
上からは改めて拳を振りかぶるブシンが、下ではいつでも切る準備ができているレンが、シズヤを挟む。
「覚悟っ!!」
「ぶち殺してヤラァッ!!」
ふふん、とシズヤは鼻を鳴らして思い切り横に飛んだ。
当然構えていたレンと構えていたブシンが上下で向かい合い、折り悪くブシンはもう攻撃を完全に出す姿勢。
「わっ、悪いっ!!」
爆発する拳が地面を抉ると、凄まじい勢いの風と砂がレンを襲う。
レンは目を閉じ、ただ耐え忍ぶ。
剣を使えば取り巻く風を遮断することもできるが、それを今シズヤに知られるわけにはいかない。いざという時の一撃で、シズヤを沈めるのだ。
「……不良、それよりもシズヤを落とす策はあるか?」
「ないっ!! ただ殴るだけだ」
威勢よく言うブシンに、レンはちゃんと会話ができることを確認して耳元に顔を近づける。
「なら、私の指示に従え。勝利の優越感を与えよう」
「うおお、気持ち悪い」
体を震わせつつ、ブシンは指示をもらう。
そしてお返しの一言
「ところで、爆発と冷気、どっちがいい?」
「任せる」
作戦は先ほどと同じ、ブシンが飛び掛りレンが下に着くというもの。
だがレンがシズヤの下の空気を切り裂けば、それだけでシズヤの体勢が崩れ、あわよくば堕ちるだろう。
だから、ブシンに空中を任せる。ブシンの跳躍力ならばシズヤの上を取れる、それだけで充分。
今、フォーメーションはブシンとレンが並び、同じようにシズヤが前で飛んでいる。
ならばこそさっきと同じ方法でシズヤを落とせる。
「行け、ブシン!」
「命令してんじゃネッゾ元最強ッ!!」
テンションを挙げてブシンは、再び地面を爆発させて飛ぶ。
だが、今度はシズヤも黙って待ってはいない。
「はいはい、吹き飛んじゃえ」
シズヤが風を操ると、高く跳ねたブシンが、更にみるみる上へと浮き上がっていく。
「お? おおおおおおおおおおお!?」
下から風を吹き上げたのだ、シズヤよりはるか高くに浮かび上がるブシン、あわあわと泳ぐような行為もみせるが、周りの空気はシズヤが操っているため、特定の位置から微動だにしない。
「あっはっは、大丈夫、落とさないから」
ブシンの秘術、感情に合わせてエネルギーを放出する足と手につくサポーターは何かを殴らないと発動しない。周りが空気しかない状況では何もできないし、最悪の場合自分を殴ることで道連れ覚悟の攻撃もできるが、肝心のシズヤも自分より遥か下の位置。
レンが思わず足を止める。シズヤは最初と同じ状況、しかしブシンは囚われた。
「お姉ちゃん、私の力はどう? すごいでしょ!?」
褒められたい子供のように無邪気な笑顔を、レンは心底恐ろしいものとしてみる。
「ああ凄いよ、全くお前は昔から凄かった。シズヤ、今度は私の力を見せよう」
脱力したように両手をぶらんと下げたレンは、シズヤを見据えると腰の両側から引き抜くように二本の刀を出現させた。
「雨神具・天剣と地主」
レンは漢字の『二』を作るように、左手の天剣を上に、右手の地主を下に刀を重ねる。
「二刀流だったんだ! でも、剣で私を倒せるの?」
シズヤは期待外れと言うように疑問をぶつけるが、レンは余裕をもって答える。
「倒せなくとも、堕とす程度はできるさ」
「その変な姿勢で? それ、たぶん待ちの姿勢でしょ?」
言われてレンは、刀を降ろした。
確かにレンは似非抜刀術と敵の攻撃をカウンターする戦法を主としていた。だからこそこのシズヤのような相手と戦う機会は少なかった。
だが機会が少ないからこそ良い経験になる。たぶん死ぬわけではない、それに奥の手もある。
両手の刀を腰に差し、レンは手にかけたまま走る。
「お姉ちゃんは強いから、死んだら負けでいいかな?」
レンの足がきゅっと止まる。
「待てシズヤ、それはおかしい。それなら私は降参する」
「あはははっ!! 冗談だよ、もうお姉ちゃんはすぐに本気にするんだから」
何の屈託もなく笑うシズヤは、その後に暗い笑みを浮かべる。
一方のレンは苦虫を噛み潰したような顔だが、今は戦う他ない。
「……」
走っていたレンが、シズヤの目前で止まった。
「やっぱり、辞めにしないか? もうシズヤの力は充分見れたし、私は満足だ」
既にレンを恐怖が支配していた。
「ふざけんなっ!! おい学年最強、お前にプライドってもんはねえのか!?」
ブシンからの野次程度では、レンの心を動かない。
「あはははははっ!! お姉ちゃん情けないよ!? まだ、私は力の半分も出してないのに」
実際シズヤの戦いは植物中心、空気を操ると一瞬でけりがつくか死亡率が高いのであまり使わない。
だが、レンの心はもう戦いにない。
「構わんさ。久しぶりに体を動かして疲れてしまったよ」
「ふざけんな腰抜けっ!! テメェが負けるのが怖いだけだろっ!! 戦え、戦え馬鹿雑魚!!」
いまだに空ちゅうで浮遊するだけのブシンは唾を飛ばしながら激を飛ばすが、言葉だけではレンの心は動かない。
「そうだよお姉ちゃん。馬鹿雑魚とまでは言わないけど、なんていうか……腑抜け?」
「何でもいいさ。何でも……」
いいながら、レンは秘術の二刀を収める。
「さ、その不良も解放してやれ。いい加減寒いだろう」
レンは努めて大人の対応でシズヤを諌める。
だが、シズヤは姉の使い方に慣れていた。
シズヤにしては珍しい無表情で、淡々と言う。
「やだ。お姉ちゃんが降参するなら、この人を殺す」
シズヤ以外の誰もが驚き言葉を失う。特に戦っている二人の目は明らかに動揺を示していた。
「ちょ、ちょっと待てシズヤ、冗談が過ぎるぞ? 私はその不良さんの名前すら知らないというのに」
「私も知らないよ。強い人っていうのは噂で聞いたけど」
あっけらかんというシズヤに、今度はブシンの猛反論が始まる。
「ブシンだコラ! テメェの姉妹喧嘩で俺の命を左右してんじゃねーぞボケ!!」
「うるさい」
シズヤが言うと、突然ブシンが鼻血を噴出した。
「気圧の操作ですぐに殺せるんだから、黙っておいて?」
ブシンは鼻血を止めるように、手で口までを覆う。その姿に三年生の実力者たる風格はない。
近くの部員が教員を呼ぼうかとひそひそする中、シズヤが少し見ただけでそれらの声はなくなった。
改めてシズヤは宙からレンを見下す。
「で、どうする? 戦うか、あの人が死ぬか」
「シズヤ、お姉ちゃんをあまりいじめないでくれ……」
平静を装うが、既にレンの声は震えている。勇ましかった瞳にも涙が浮かび始めている。
それでもシズヤは相変わらずの笑顔を振舞う。
「だってお姉ちゃんっていじめ甲斐があるんだもん!!」
姉が目前にいるからか、シズヤも少しハメを外したくなったのだろう。こんな姿は普段の学校では、リースの前でしか見せないだろう。
ついにレンは泣き出してしまった。
「お願いだから、許して……」
両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす様を見て、シズヤはつまらなさそうな顔をする。
「もうお姉ちゃんったら、最近会ってなかったから涙脆くなったの?」
そして、ふふふ、とシズヤは笑う。
その直後にシズヤの上で爆発が起きた。
誰もが予期しないそれに、爆風で何が起きたかもよく分からない。
気付けばシズヤの真上でブシンが思い切り拳を振りかぶっていた。
爆風で自分を浮かせていた風を乱し、ブシンがシズヤに近づいたのだ。
無論空気に乗るなどブシンとて簡単にはできない、それができたのは偶然というほかない!
だが天がブシンの味方をしたのだ!
頭への一撃を避けるべくシズヤは体をなんとか反らすも、ブシンの爆発する拳がシズヤのヘソの辺りにぶち込まれる!
「死ねや糞餓鬼ゃっぁ!!」
空中で爆発する二人を誰もが見守った。
爆煙の中からまずブシンが地に降り立ち、次に煙が豪風で去った後に、腹から血を流すシズヤが残った。
先ほどまでの余裕はどこへやら、腰辺りから胸の下まで服は弾けて肉が露になり、そこを手で抑え、フラフラとなんとか浮けている様子、顔は苦痛と屈辱に噛み締めている。
「し、シズヤ……」
レンが茫然と呟く。今までレンが見てきたシズヤの中で一番無様な姿といえる。
「あは、あはははは、最強って言ってもこんなものじゃない! 調子に乗りすぎなのよ、この一年!」
完全に素に戻ったブシンが高らかに笑うと、シズヤは鋭い瞳でそれを睨む。
「……ちょっと怒りそうだよ、名前、ブシンさんだっけ? 今死ぬ?」
「死なないわ。大丈夫、今の私は氷より冷たい精神を……」
そう言いつつ、学校で最強ではないかと言われているシズヤに一矢報いたことでブシンのテンションは滅茶苦茶上がっている。
素の時の凍らせる拳と、馬鹿げた不良モードの爆発する拳、二つを使ってのブシンであるが、彼女の秘術は彼女の気分によって温度を変える。
つまり、冷静モードなのにハイテンションな今の状況で拳を振るえども、ちょっと熱い風が出るくらいだろう。
だがそんな心配も杞憂に終わった。何故ならブシンの体は多くの拳道部員を巻き込んで吹き飛んだから。
シズヤの技はただの豪風といえど、地面が砂という状況では踏ん張ることもできず、先ほどのブシンの自爆ダメージもあってブシンはそのまま退場となった。
シズヤは出血を止めず、息を荒げながらレンを睨んだ。
「ちゃんとお姉ちゃんもいじめてあげるね?」
どう見ても平静ではないシズヤに対し、レンの精神はかつてないほど研ぎ澄まされている。
自分より年下の小童みたいな奴ですらシズヤにあれだけの傷を与えたのだ。
自分は最強だったし、自分はあれより強いはず。
剣を二本、レンは構えた。
「……お姉ちゃん? 何する気かな?」
レンは無言で刀を『二』の形にそろえる。待ちの姿勢だ。
「吹き飛んじゃえ!!」
シズヤが風を起こすとレンの髪がたなびく。しかしまだ動かない。
ますます風の勢いが増していく中、レンは刀で空を切り裂き走り出した!
シズヤも疲労とダメージのせいで本調子ではないのか、レンを吹き飛ばすことは諦めより高く飛行した。
レンは風を切りながらシズヤの真下に着くと、まるで双葉が開くかのように上を切り裂いた。
がくん、とシズヤの体勢が崩れる。何でも切ることができる刀はその名に恥じぬよう、空間すら切ったのかもしれない。
繰り返すレンの斬撃にシズヤの高度はあっという間に下がる。
シズヤは目前のレンに両手の平を向けて何かしようとしたが、緩やかに手を閉じ、目を閉じた。
死すら覚悟したのだろう、実の姉なのに。
「よっと」
堕ちてくるシズヤを、レンは両腕で受け止めた。
お姫様だっこの姿勢だが、レンはそんなこと意識しない。
「大丈夫か、シズヤ?」
目を開けたシズヤが、一番その構図を気にした。
「……大丈夫じゃないよ、痛いし、私、負けちゃったし……」
シズヤの目に涙の粒が溜まっていく。
「そうだな、今日はシズヤの負けだ」
レンの顔を見て、シズヤは穏やかな笑みを浮かべる。
「……なんかムカつくなぁ。お姉ちゃん、凄く嬉しそうな顔してる」
「なっ、そうか!? 確かに嬉しいことはあるが……シズヤの手前そんな……」
「はぁー、でも、まだ力の半分も見せてないんだからね! ……それより手当てしてくれないかな?」
吹き飛んだブシンと三人、保健室の校舎にと向かった。




