大会編7・イツキとエレノンの特訓
「ゴリさん、今日こそちゃんと稽古つけてもらうわよ?」
屋上に来た時点でイツキは巨大になった銃を両手に装着しているが、普段と違うことがもう一つ。
イツキが顔を覆うガスマスクをつけていることである。
返事も待たず、イツキは両腕をあわせ、凸凹銃を合体させて弾を真下に、地面に撃った。
「毒ガス・二銃!」
足でバタンとイツキが扉を閉めると同時に、屋上中に紫色の煙が広がった。
だが、イツキはゴリアックが立ってこちらに歩いてくるのを視認した。
「かっ、火炎・二銃!!」
曲りなりにも弾は出るが、それは外気に触れた瞬間に炎となり放射される。
ゴリアックは炎を浴びながら、毒を吸って、イツキの方へ歩く。
「爆発砲!」
イツキのとっておきたる、弾三つ分の大きさの砲弾がゴリアックの体に触れた途端に爆発した。
爆風と衝撃は身近にいたイツキにも衝撃をモロに与える。撃った衝撃も受けるが、それでもガスマスクは外れないように右手の秘術をしまって抑えた。
だが、ゴリアックはもうイツキの目前にいた。
「……あんたねえ、どうすれば死ぬのよ?」
「俺は死なないさ。少なくとも毒や火じゃあ無理だな。あと、イツキ、お前でも無理だ」
ゴリアックは毒使いのグルフェンを思い出しつつ、のんびり答えた。
左手は地面について、右手はガスマスクを抑えている、イツキに打つ手はない。
ゴリアックの拳が再び屋上と校舎を結ぶ扉をぶち壊すことになった。
だが、ゴリアックは自分が殴り吹き飛ばし昨日のように階段から落ちたイツキの元に向かうと、イツキに自分の指輪を嵌めた。
爆破の衝撃、殴られた威力、階段から落ちたダメージ程度は一秒も経たずに回復した。
「イツキ、その指輪をつけたまま戦え。そうすれば少しは光明が見えるはずだ」
自分の中指の指輪を見て、イツキは信じられない物を見るような顔をする。
「正気? 毒ガス撃ったらどうなると思う?」
「はっ、まだそんなものに頼ろうなど、それこそ正気を疑う。それより先にお前が音を上げるだろうがな」
そこから始まったものは拷問と呼ぶに相応しい。
これまでイツキはゴリアックを舐めていた。元々ゴリアックとイツキはマクビプレイヤーとして知り合い、その時のゲーム勝負ではイツキの圧勝だった。
その後にイツキは魔女学校に入学し、ゴリアックがこのような最強の存在であると知ったのだが、それからもたまにゲームを遠距離通信したりはしていた。
故に、ゴリアックの戦いは実際にはほとんど知らないし、話くらいはするが攻撃を受けたことはない。
今、それを何度も何度も受けている。
それはゴリアックとて初めての試みである。
失神すれば叩き起こされ、激痛や出血は指輪で防がれる。
ゴリアックは弾丸を明らかに目視して避けている。普通の弾は当たりっこない。
そのくせゴリアックは素早くイツキに近づくと、即死確実な攻撃も当たり前のように繰り出す。骨折で済めばマシなものだ。四肢が断裂した時もあれば、顔が半分吹き飛びもした。
それでもイツキはゴリアックの秘術のために死なない。ゴリアックが普段これほど壮絶な戦いをしているのかと、イツキは涙ながらに思う。
「大鳥もち弾・二銃!!」
真下に撃った弾丸は広がり、屋上いっぱいの足場を動けないものにする。
がゴリアックは素早く飛びフェンスに捕まってそれをかわすと、そこから跳ねてイツキに向かって跳ぶ。
イツキが銃を向けると同時点で、イツキの腹をゴリアックの拳が貫いていた。
ゴリアックの拳が刺さっていてもイツキは回復する。腹の中の異様な異物感に困惑しつつなんとかそれを抜こうとするが、イツキにはそんなもの引っ張り出せない。
「む、傷口に異物が入ると回復が阻害されるのか。はっはっは、意外な弱点発見だな!」
死生観すら変わる経験をイツキはしているのに、ゴリアックはまるで気付かない間に道端に花が咲いてたよ! という気分で笑っている。
イツキの太腿に足を当て、ゴリアックはフェンスへ跳ぶために思い切り力を込める。
「も、もう許して……」
腹からゴリアックの拳が抜けると同時に血が噴出す。
足場にされた太腿は両方折れ真っ赤に腫れてイツキは悲鳴をあげる。
だがどちらの傷も次の瞬間には治っている。
無事に跳ねたゴリアックは、フェンスに捕まって叫ぶ。
「もう弱音を吐くか、イツキィ! そんなことでは魔女を倒すことはおろか、大切なものを守ることもできんぞ!?」
「そんなこと、言ったって……」
イツキの涙は止まらない、いつから流れているかも分からない。
体の震えだって、抑えるために両腕で自分の体を抑えているのに、止まらないのだ。
「イツキ、俺はな、お前が嫌いだからこんなことをしているんじゃないんだ。お前が憎くてこんなことをしているんじゃないんだぞ?」
「そんなこと聞きたくないっ!! もう止める! こんなのいらないっ!!」
と、イツキは指輪を鳥もちの中に捨てた。
「おい待て! 何か強くなるための理由があって俺の所に来たんだろう? こんなことで諦めるのか!?」
「こんなこと!? 人生史上最悪の出来事よ! もう……耐えられない」
イツキはしくしくと、さめざめと声を上げて泣き始めた。
「あーあ、仕方ねえなぁ……」
ゴリアックは困った風に頭を掻くと、足に力をこめた。
「ふんっ!!」
と叫ぶと、跳ねたゴリアックの、今度は足が、イツキの腹を貫いた。
骨は折れただろう、内臓も傷ついただろう。
何が起きたか分からないイツキは、しかし自分の鳥もちのためにその場から動くことはなく、思い切りのけぞるだけだった。
「んなぁっ……」
血を吐きながら声を出すと、ゴリアックは足をイツキの腹に入れたまま言う。
「ほれほれ、餅を解除して指輪を嵌めないと死ぬぞ?」
イツキは震える瞳でゴリアックを見つめた後、新たに生成した秘術の銃ではなく、以前の小さな銃を出し、鳥もちの一部を解除した。
ガクガクと震えつつ、指輪を見つめ、なんとか握り締める。
だが、つけるのが上手くいかない。
「ほら」
ゴリアックがそれを指に嵌めてあげると、そこから足を引き抜いた。
「がああっぁ!! お願い、お願いだからもう許してください!! 私が調子に乗っていました! もう生意気なことも言いません! だからこれ以上は……」
「そういうつもりはないぞ。俺は最初からお前を許しているし、調子に乗ろうが乗らまいが知らないし、生意気なことだって歓迎さ。だが、何もせずに目標を諦めることは許さない」
「ゆ、許して……ひぎぃっ!!」
イツキの手を、ゴリアックが踏み潰した。
「許さん。だがまあ、友人として上手い具合に処世術というやつぐらいは伝授しよう」
涙の中に、少しだけ希望を持ってイツキはゴリアックを見上げた。
「今から逃げ続けろ。俺はお前を攻撃し続ける。敵の攻撃から逃げるというのは戦術上非常に有効なんだぞ? 授業でやった」
そういうとゴリアックは足を上げた。潰れていたイツキの手は一瞬で治る。
「場所は、イツキに任せよう。それをつけておけばここから飛び降りても生きていられるだろうが……できれば屋上だけがいいな」
話を聞きながら、イツキは泣きながらも必死の表情で階段から校舎に戻った。
「……校舎内の攻撃はなぁ……手加減しないとなぁ……」
悩ましげなゴリアックだが、ぺろりと舌なめずりをする様子はまさしく獲物を狙う野獣然としていた。
学校から外、繁華街の裏路地でエレノンとニーデルーネは休憩していた。
今のニーデルーネは以前の死神ルックではなく、学校の制服に黒いツインテールの姿である。
ニーデルーネのこだわりとしては、制服や私服が特別な服装で、死神ルックを普段着と呼ぶところにある。
「にしてもエレノンちゃん、私に特訓つけて欲しいって珍しいね。どうしたの?」
後輩に笑顔を向けるニーデルーネはどこからどう見ても普通の女子である。少し細い目がかえって妖艶に見える。
「……私、弱かった。何も守れない、何も救えない、何も、できない。そんなの、いや!」
エレノンが強くなる動機は多いが直近のものではエリオット教での戦いだ。
自分はほとんど何もできなかったが、それでこそシズヤに何もかもを任せ死屍累々の旅路を進んだ。
自らの無力さと、シズヤという暴力の行使者、エリオット教による被害を見て、力が必要かどうかと悩みはしたが、それでも無力なまま潰されることの恐怖を知った。
次に自宅謹慎を言い渡され、ニッカとの会話の中で無力の悩みを知る。
シズヤほど強ければ、自分もリースを助けに行けた。みんなを守れた。
かつての自分は守られるだけの無力な存在。
今もなお『エレノンを守る会』などと不名誉な物を作られてしまっている。
だが今、この瞬間は違う。能力はかつての想像通りに様々に形を変え、上手く操ることができる。
予言だけは今もあまり上手くいかないが、ニーデルーネとの修行を続ければきっとできるようになると感じている。
「……私は、守られるよりも守りたい。みんなを守って、助けて、英雄になる」
拳を握り、エレノンは決意を固める。
その様子を見て、ニーデルーネは一層目を狭めた。
「立派ね、エレノンちゃんは。英雄とは……この死神と相対するか?」
ピシッと左手で顔半分くらい隠し、死神ルックの時のように声を勇ましくするが、すぐ後に笑った。
エレノンもフッと笑うが、すぐに真剣な顔に戻った。
「……もしも先輩が悪ならば、それもやむなし」
エレノンは冷ややかな目をして、ニーデルーネの顔を見ようとしない。
だが、ニーデルーネは暖かな視線でエレノンを見守る。
「だったら、私は敵にならない死神になるわ。絶対に死ななきゃならない最低最悪の屑、それだけを殺す正義の死神。どう?」
笑顔で訊ねるニーデルーネに、思わずエレノンも微笑んだ。
この人には敵わない、そんなことを考えながらエレノンは立ち上がり、秘術を出現させる。
「……もう一勝負、お願いします」
ニーデルーネが髪留めを外し、ツインテールがただのロングになる。
「ふはははは!! 良かろう、我が奥儀の真髄、刮目して見よっ!!」
とは言うものの、ローブを着つつ仮面を被る姿は少し間が抜けている。
しかし、その死神ルックになった後、秘術である赤い鎌を出現させる瞬間は、いつだってエレノンを熱くする。
ニーデルーネ・ツベコトヴァ、イタい死神の演技しか普段はしていないために、良き先輩として人当たりが良いことはネロとエレノンくらいにしか見せない。果たしてどちらが本性か。
場所は繁華街の裏広場!
前も後ろも落書きがある赤レンガの壁、道幅は二メートルほど!!
通りではあるがゴミが散乱するそこに、今はエレノンとニーデルーネの二人のみ!
壁を背中ににらみ合う二人の距離は一メートルもない!
まず、ニーデルーネが後ろに退くようにふわりと浮かんだ。
『理想の死神になる鎌』という理不尽なほど汎用性が利く秘術は、しかしニーデルーネのイメージ次第なので強くも弱くもなる。
そのニーデルーネに負けず劣らず、エレノンは球の一つを一メートル四方の板にして、その上に乗ることで自由自在に飛行することが可能。
もう一つの球をロッドにして両手で持ち、最後の一つは自分の周りを衛星のように守らせる。
ニーデルーネは分身し、しかもそれぞれがすうっと消えた。
二日間特訓してもらったがエレノンも透化は初めて見たために、ひとまず警戒を強め、ロッドを握り絞め、衛星球の回転を早める。
だが、気付かぬ間に衛星球が真っ二つにされ、次の瞬間には両手を掴まれ、高く挙げられる。
浮かび上がる二つの像。
二人の死神がエレノンを高く高く宙へ運び、目前に三人目の死神が現れた。
「ふっ、小娘よ、不可視の死神には戦う術もないか?」
鎌の丸みを帯びた側でエレノンの顎を持ち上げ、ニーデルーネは仮面の下で嗤う。
エレノンは目前の死神を睨みつつ、行き場を失った板状の秘術をギロチンのように目前の死神にぶつける。
だが、その死神は透けてそれをかわした。
「我は死神、左様な攻撃が効くと思うたか?」
「……じゃあ、何なら効くの?」
イラッときたエレノンは、怒った風に効くが、死神様は高らかに嗤う。
「ふははっ!! 我は死神、我は無敵だ!! 我が鎌はあらゆる物体を切り裂き、生命を刈り取る!! 我が肉体は世界に信仰される英霊、神々でも完全に殺しきれぬ!!」
鎌をくるくる回し、ニーデルーネは格好つける。
「ふはは、これで一回戦は終了だ。次は透明化をなしにしてやろう」
手加減されることにエレノンは悔しそうだが、こうでなくては特訓にすらならない。
だが、悔しさが強すぎた。
自分をゆっくり地面に降ろし、三体が一つになっていくニーデルーネを睨みながら、エレノンは涙を流した。
「なっ、貴様、なぜ涙を流す?」
このニーデルーネはどちらなのか、それも気にせずエレノンは言う。
「……自らの無力に泣いているのだ。私は結局、皆を救えるのだろうか……」
死神はしばし言葉を失うも、やがて言う。
「人間よ、何も死に急ぐことはない。我が絶対的な力の前に勝利しようなどと言うこと自体が無謀。貴様は然るべき場所で自身の力を測れば良い」
「……然るべき、場所?」
「大会があるだろう、貴様はそこで見事優勝して見せればよい」
ニーデルーネの言葉は非常に分かりにくいが、エレノンは一年で彼女は三年、実力の差があるのは当然。
一年生の中のみで実力を示せばよい、というのは間違いないだろう。
しかし同じように秘術をもらった者同士としては、あまりに大きい力の差があることはやはり耐え難く悔しい。
「……今は、屈辱に耐える。いずれ、あなただって超えてみせる」
「……ほう、勇ましいな。ならばその証を立ててみせよ!!」
そして始まった第二回戦。
見えるにも関わらず、エレノンは先ほどのように捕えられて終わった。
「……うう」
「エレノンちゃんはまず、基本的な体力つけないと駄目ね。接近戦に持ち込まれると、ジ・エンド」
再びゴミ箱に腰かける二人、ニーデルーネはエレノンにデコピンをする。
「……体力なんて。球があれば平気」
「普通はそうでも、接近戦になっちゃったら駄目なんだって。折角ロッドにしても意味ないじゃん。どうすんの? 鍛える?」
「……やだ」
再びデコピン。おでこを抑えるエレノンはニーデルーネを睨むが、その彼女もエレノンを睨む。
「そんなんで強くなろうなんて甘い! っていうかずるい! 確かに秘術はズルみたいなものだけど、だからって努力しなくていいわけじゃない、ってのは分かるでしょ!?」
おでこを抑えるエレノンは涙目になりながらも、頷きはせず唸るのみ。
「分かってる? 分かる? 理解している!?」
「…………」
エレノンは無言で顔を反らす。
「この馬鹿! 意気地なし! 毎晩枕元に立つよ?」
それでもエレノンはそっぽを向いたまま向き直ろうとはしない。
ニーデルーネはそっとエレノンの頭の上に手を置いた。
「強くなりたいのは分かるよ? だって、エレノンちゃんが自分から私に言ったんだもん。それはエレノンちゃんが自分から強くなるために選んだ道だから、私も認めてあげる。でも、今のエレノンちゃんは人に頼るだけで強くなろうとしている。それじゃ変わらないよ」
ニーデルーネは優しく、エレノンの髪を梳きながら言う。
「もっと強くなりたいなら考えてみて。自分に何ができるかを」
そして、エレノンの頭から手を放す。
「じゃ、今日はもう気分じゃないから帰るね。ばーい」
ニーデルーネが楽しそうに走り去った後には、エレノンが一人残された。
ただ一人座って、撫でられた自分の頭をぽんと触り、立ち上がった。




