大会編4・過ぎ去る災禍
エリオット教の幹部達はそれぞれ戦犯として魔女の大陸で処理された。
しかし生き残りの四人が全て反抗の意志を失っているために刑罰は極めて軽微、というか特にない。
早期に降伏した『神速のキナ』は一般的にエリオット教で見られる狂信がなく、魔に対する憎悪のみがあり、加えて女性であり秘術により強くなる可能性があるので、しばらく学校で生活させ『町の魔女・シュール』により秘術を与えるか、シュールによってその場で殺されるなり捕えられるなりするか、それすらなくこの大陸で平和に暮らすかはキナの心次第。
つまりはしばらくこの大陸で様子見という状況だ。
捕虜として生き残った『捕縛のガンドーム』は、元々遠くの大陸で漁師をしていたというが、この大陸には魚介類の存在する湖や川がほとんどなく、漁師が職業として存在しないため、彼はここで農家になることになった。
魔法の心得はあるが魔力の絶対量が少なく、肉体的にも高齢で戦闘要員にするには申し訳なく、意味も価値も薄い。
悪い魔女を倒す手助けができるなら、とガンドームは農作業に対し前向きであるため、ひとまずはそれで放置することとなった。
最後まで抵抗を続けていた『螺旋のドリツェン』は、大陸には珍しい若い男である。それは待遇に関係ないが、厳しく当たることもなかった。
ナミエがこの大陸でしたいことはないかと訊ねた時、彼は鎖を使う魔法しかできないと答えたため、本人の希望に合わせ、鎖を使う大道芸人になることに決まった。儲からない仕事であるが、人を笑顔にするという仕事は初めてなので険しい表情を緩めっぱなしにするほど喜んでいたらしい。
最後に、『鎖縛のギラ』ことギラ・ゴーレムは――
「ようギラさん、食べもん置いとくぜ」
魔女の森入り口に立て付けられた庵に、アリスは大風呂敷を広げた。
「アリス殿、社長のあなた御自ら、一体どういう風の吹き回しだ?」
「精魂こめてリースちゃんのために働いているっていうから、激入れてやろうと思ってな」
ギラは、生徒がパトロールしていない間の魔女の森のパトロールを買って出た。ムゲンチェーンはないものの、鎖に頼らぬ、武人としての力を示すべく鍛えるべくの行動だ。
無論、アリスの言う通り自分を正しき道に導いたリースへの恩返しの意味もある。
「そういえば、アリス殿も武人であると聞いたが。一度手合わせを願いたい」
「へえへえ、生憎、今のあっしは武人ではなく商人なもんで。旦那への食事代はちゃんと然るべき場所から頂いてるもんで」
「ふん、連れないな。しかし俺に金をくれるものなど……」
「へへへ、物好きがいるんですよ。ま、でも旦那も今度のイベントくらいは休んだらどうです?」
「今度のイベント?」
やはりアリスが荷物を持ちに来ただけのわけがなく、ここからが本題、という風ににやりと笑う。
「今度リースちゃん達の学校で学年最強決定戦、みたいなのがあるらしくて、みんなが盛り上がってるって話です」
「ほほう! リースは出るのか?」
「そりゃもちろん! 実力を見るってのも乙なもんですが、やっぱり応援に行きたくてねぇ」
へらへらとアリスは笑顔で言うが、ギラはそれに厳しい顔をした。
アリスは仕事を部下に任せても構わないが、ギラの巡回はあくまで刑罰、勝手に抜け出すわけにはいかない。
「ナミエ殿に相談する。俺も見に行きたいものだ、この大陸の戦い方を」
「やだやだ、これだから武人って奴ァ、俺は普通にお菓子と笛もって応援しやすぜ?」
「迷惑にはならない程度にな」
にっひっひ、と笑いながらアリスが出て行くのを見送り、ギラは不思議な感覚を味わう。
かつて故郷を滅ぼした魔族に対し、これほど穏やかに接することができるとは。
それはアリスという人間をほんの一面でも理解することができたからでもあり、人と魔が交わるこの大陸に多少慣れたからでもあるだろう。
だからこそ恐ろしいのは、この大陸の人間が時として異常なほど恐れる魔女という存在。
一体どれほど残虐にして強靭なれば、この大陸の人達がそれほど恐れるのだろうか、想像のみを膨らましても意味はないが、期待と不安を十二分にしてしまう。
そんなことを考えつつも、アリスからもらったパンを一つ口に入れ、ギラは森へ潜った。
エリオット教に反旗を翻し魔女の大陸側についた者にしては、最も危険な任に当たるギラは、その崇高な使命感にエリオット教時以上の誇りを感じていた。
長期休暇が終わり、学生達は再び学校へ集う。
久しぶりといえど、今回はエリオット教との戦争があったために気持ちが安らぐことはほとんどなかった。
「あ、エーレーノォーン!」
間延びした声を聞いて、ネロでもリースでもないのに、エレノンは凄い速さで振返る。
エレノンに声を掛ける珍しい人物も、物凄い速さで走ってくる。
「……カナタ!」
驚いた声を上げると同時に、エレノンは走る勢いそのままのカナタに抱き付かれ、そのまま押し倒された。
文句の一つを言おうにも、頬をすりすりと近づけてきて先にイライラが増す。けれど、カナタの声を聴いてその想いは変わった。
「聞いたよ、エレノンが私を助けてくれたのに、私はエレノンに酷いことをしたって……ごめん、本当に、ごめんね……」
カナタは涙を流しながらエレノンに謝った。
エレノンの体に寄り添うカナタは、嗚咽の度に体が細かく震え、エレノンはそれをひしひしと感じる。
カナタ・シューラはアリスがこの大陸で悪事を働いている時に巻き込まれた薬物『ヴァルハラ』の被害者である。エレノンに助けられる状況にあって、エレノンを裏切る行為をしてしまった。
不可抗力とはいえ、彼女自身の罪の意識は強い。
「……カナタが責任を感じること、ない。私は当然のことをしたまで。私もカナタも無事、結果オーライ」
いいながら、エレノンはカナタの背中をぽんぽんと擦ってやる。
アリスの麻薬による影響を受けた生徒も長い日をかけてようやく皆が健全な体を取り戻した。
ゴリアックとネイローによる強引な治し方で治り切らない部分も当然あったが、アリスが積極的に薬の専門家を呼んだり、カウンセリングなどを特別教室で実施しアフターケアも充実していたという。これは罪滅ぼしであるが、こういったアリスの行動がこの大陸に新たな文化を運ぶのである。
それはともかくとして、エレノンがカナタに訊ねる。
「……そろそろ、教室に……」
このまま校門前で抱擁され続けるのも目立つし、最悪遅刻になる。
だが、カナタの用は泣きながら謝罪と感謝をすることだけではない。
「あーっ! そうそう、エレノンに一つ言わなきゃならないことがあるんだけど……」
急にいつものように戻るカナタに、エレノンはやっぱり面倒くさそうな顔をした。
「……なに?」
「私、エレノンを守る会を発足したの! 現在会員は五人! これから頑張るから、よろしく!」
カナタはいい笑顔で、握手のように右手を差し出す。
「……は?」
「だぁかぁらぁ! エレノンを守る会! エレノン親衛隊だよぉ!! 優しくて凛々しくていつも静かでクールな、けれどちょっと弱いエレノンを愛しお守りする会……頑張るね!」
「……頑張るね、じゃなくってさぁ……」
エレノンの表情がどんどん暗くなることにも気付かず、底抜けに明るいカナタは、手を振りながら教室まで先に走っていってしまった。
「おやおや、エレノンも大変ですねぇ」
馬鹿にするような声が後ろから聞こえる。
「……ネロ、見てたの?」
エレノンの後ろから頭一つ背の高いネロが歩いて追い抜いた。
「エレノンは人気者ですねぇ、私もエレノンを守る会に入会してもいいですよ?」
「……ネロが? 私を? ……ぷっ」
「あーっ!! 今笑ったですか!? 確かに私は弱いですけど、エレノンよりかは強いはずです!!」
ネロは怒りながら、エレノンは笑いながら教室へと向かう。
「……面白い、今回の大会で、白黒はっきりつける」
そう言って笑うエレノンの瞳は、闇よりも昏い。
魔女の授業があり、巡回があるのは変わらないが、ここから一週間は実戦演習がなくなる。
それは一週間後に控えた学年最強決定戦のためである。正式名称は「全学年同時総合実技演習大会」と言う。
その主な目的は三つ、生徒の実力の把握、外大陸に力を示す、校長の遊び心を満たす、である。
「レン、わざわざ手伝わなくてもいいんだぞ?」
来賓室でナミエが応対しているのは、レン・クロスフィールドである。
黒革のソファで、ガラステーブルを間に向かい合う二人は、学生から見れば本当に大人に見えるが、レンはシズヤの五歳年上なだけである。
「いえ、可愛い妹の晴れ舞台。外部の人間といえど、資金援助をしているうえに元卒業生、私にできることはいくらでもあるでしょう?」
ナミエは困った風に笑うと、折角なのでたまりに溜まった雑務の手伝いをしてもらうことにした。
「実は、麻薬騒動の次に戦争、挙句に五学校での最強決定戦まであったから書類が溜まりに溜まっていてな。書き込みしてくれるだけでも助かる」
そう言ってナミエが持ってきた書類は、甘く見積もっても十センチはあるだろう。レンはナミエの顔を見て、紙束を見て、もう一度ナミエの顔を見て、紙束を見て不安そうな顔をした。
「…………給料は出ますか?」
「卒業生だろう? ボランティアだと思え、お嬢様」
皮肉たっぷりこめてナミエが言うと、レンはもう一度紙束を見つめて深い深い溜息を吐いた。
「それで、どうですか? 期待の生徒などは」
レンがほぼ白紙の紙に様々な要項を書き込みながら、電話を待ちながら書類を作成するナミエに訊ねる。
「やはり今年の春大会で優勝した三年のゴリアック、二年のネイロー、一年の、君の妹のシズヤは群を抜いている」
「私の『刀』よりも、その三人は強いですか?」
レンの秘術は、レン自身を強化することは一切ない、純然たる最強の武器を呼び出す秘術。
硬い物質はもちろんのこと、空気や電気を切断し遮断する、秘術と呼ぶに相応しい武器である。
ナミエは思い出しながら、考えて言う。
「ネイローとシズヤは初めて対抗されたとして戸惑いはするだろう。だが次の瞬間には君が負ける。ゴリアックに至ってはまず切られないだろうし、あえて切らせたとして意味はないだろう」
「随分、高く買っていますね。私も卒業してから数年、遊んでばかりいたわけじゃありませんよ?」
とんとん、と作業に疲れた自分の肩を叩き、レンはナミエを見た。
それに気付かない様子で、紙だけを見て作業を進めるナミエは言う。
「そうは言うだろうが。はっきり言って今年は三人とも凄まじい天才だ。十年に一人の逸材が三年連続で出た、と言っても過言ではない。いや、ゴリアックに至っては百年に一人、だろうな」
作業中に、何の気なしにそういう風に言うのだから、ナミエは本気でそう思っているのだろう。
「それは、私が三年に一人の天才だとか、あなたが五十年に一人の天才と言われたのと比べてどうなんですか?」
「五十年に一人の天才など、恥ずかしくなるほどに彼女達は強い。この学校での、私の考えたランキング、聞きたいか?」
初めて、ナミエが顔を上げて言うのを、レンはそれ以上の興味をもって身を乗り出した。
十年以上この学校に勤めあげている、校長以上に戦闘の経験を積み、一年の主任を務めるナミエは生徒にも精通している。
彼女以上に正しいランク付けができる人間はいない、これを聞かずしてどうするか。
「是非、お願いします」
「その前に手を動かせ。本当に忙しいのだぞ?」
レンはむっと頬を少し膨らませるも、言われた通りにペンを走らせた。
「まず一位は、間違いなくゴリアックだろうな。秘術は元より、この大陸中、ナイフ使いのアリスや格闘家であるギラやリース、魔族のコントンや剣士の君すら、秘術無しで勝てるだろう」
「素手で、ですか?」
「ああ。常識がなく、恥ずかしいくせにあんな格好して、おつむは弱いが、腕っぷしと闘いの才能だけなら……そうだな、百年に一人と言わず千年万年に一人の天才と言っても良い」
「……それは、是非見てみたいですね、その実力を」
「期待して待て。すぐに見ることができる」
途中、また手が止まっていることを注意され、レンは作業を再開しつつ意識はナミエの話に集中していた。
「二位は、シズヤ・クロスフィールド。恐らく彼女は二年最強のネイローよりも強い。そのネイローは三位だ」
「もう少し詳しく聞きたいですね、シズヤの能力も」
ぎらつくレンの目は、妹というよりも敵の詳細を知りたがる様子である。
「そうだな、一位のゴリアックが飛びぬけて強く、二位のシズヤと三位のネイローが同等の実力、それ以下は拮抗、といった感じだ。シズヤとネイローが本気で殺しあうとしたら、どちらが先制攻撃を決めるかで勝敗は大きく変わる。二人とも、一撃必殺があるからな。注意力や生き方、普段の様子と能力の多様性で暫定的にシズヤを二位にしたが、ここはほとんど同列だな」
「そうですか。で、シズヤの能力は?」
「君の目で確認したまえ。で、四位が私だ」
レンの目が大きく開く。
「それは教師も含めてのランキングですか!? いくらなんでも、その、なんと言うか……」
「あくまで私の予想と言っただろう? 私とて本気で殺さねばならないとなれば……生徒相手に考えることでもないが、シズヤ、ネイローの二人までなら相打ちくらいにはできるだろう。だが、ゴリアックにはどうやっても勝てるヴィジョンが浮かばないよ」
ナミエは少し嬉しそうに呟く。自分より強いということが嬉しいのは、教職冥利に尽きるといったところか。
「それは、他の先生を含めてもそのランキングなんですか?」
「アーサーやニッカの能力は比べにくいから含んでいないが、教師陣からは五位にノア校長、六位にロイをランクインしている。三年のニーデルーネも戦い方次第ではシズヤにまで匹敵するが、順当に考えると七位……から十位の間ほどになるだろう」
さらさらとペンを走らせながら、と何となくレンの方を見ると案の定、手が止まっている。
「あ、ペンを止めるなと何度言わせれば……」
注意をされるも、今度レンはペンを置き立ち上がった。
「止まりもしますよ! 色々とあまりに衝撃的過ぎる、校長より自分の方が強いというのもあれですが、ロイとかニーデルーネとは、初めて聴く名前です」
ナミエは困った風に髪をかきあげるも、話し始めた自分に発端があると諦めて、全て話してから作業に戻ることにした。
「ロイはアーサーと一緒に入った教師だ。君がいたころから働いていたと思うがな? で、ニーデルーネは三年の生徒だ。君をランキングするならば、その次かな」
レンの目が再び大きく開かれた。
「ニーデルーネの秘術は、君の上位互換のようなものだ。時代が時代なら、彼女も学年最強になれただろうな」
「上位互換……? そんな……」
妹以外に自分より強い存在が、学年最強ですらない生徒にいるという事実は、かつて天才と言われたレンに少なからずのショックを与えたらしい。
だがナミエはそれに気付きながらも、あえて平静のままで言葉を続ける。
「彼女も紛れもなく天才だ。だが、そういう強い生徒によくあることなんだが……性格が残念だよ」
性格が残念、と言ってナミエはリースとエレノンのことを思い出す。彼女達も他に類を見ない特殊な人間である。
しばらく後、ナミエは授業を理由に雑事を全てレンに任せた。レンは倍以上に増えた紙束を見て、ぽかんと情けない顔をした。
魔女学校のクラスは地区により数が変わるが、大体が二から三クラスである。第二地区もその例に漏れず、一学年につきクラスは三つ。
「大会はまず外部から人を呼ぶエキシビジョン、前座ね。で次にクラス別の最強を決めるトーナメント。それで決まった最強が前回最強と戦う、これが一番盛り上がる、それで学年最強が決まる。OK?」
昼休み、イツキの説明を聞いてリースは親指を立てる。
「前回優勝は当然シズヤだから、クラスバトルの時点でもうシズヤは戦えない、OK?」
「要は勝ち続ければよいのだろう? 何も問題はないな」
「さ、さすがリースさん、格好良いです……」
「……かっこいい」
ネロもエレノンも惚れ惚れと呟く。そんな中シズヤはいつものように穏やかに笑う。
「私は簡単には負けないよ? リースにもイツキちゃんにも、ね」
珍しいシズヤの挑発的発言に、リースもイツキも立ち上がる。
「望むところだ、主には負けん!!」
「そりゃ勝てないかもしれないけど、私の本気の本気を見せてあげるわ!!」
シズヤ達が驚くほど、今回のイツキは生き生きと語った。
「ムシの魔族に負けて一ヶ月、音の不意討ちに負けたから能力のせいじゃないけど、それでも銃弾が貧弱だったのは違いない! そう、私の能力は貫通のない銃、まるで魅力が感じられないそんな貧弱な武器! でも今の私は違うわ、銃使いとしても、秘術使いとしても成長している、そう今の私こそ一年最強のサドシマ・イツキよ!!」
ばぁん、と効果音でもなりそうなイツキのポーズの後、両手には形の変わった桃色と橙色の銃がある。
以前は近未来的な曲線を描く銃の形だったり、立方体のブロックを積み重ねたような形をしていたのだが、今度は二つとも持つと肘部くらいまであるロケットランチャーほど大きく、スコープのようなものが付いて、左手に持つ桃色のは凸、右手の橙色のは凹の形をしていて、見るからに合体させてどうにかしそうである。
「本気を出したイツキ様の餌食になりたいのは誰?」
「ひゅー! 痺れますね、イツキさん!」
ネロが歓声を上げるが、イツキはあまり嬉しそうではない。
「なんか、リースとかと反応が違うのよね、もっと本気で崇めなさいよ!」
「いやいや、それはちょっと……」
ネロが困った風に笑うと、イツキはちょっと悲しそうなフリをする。
「とにもかくにも、一週間後が楽しみだ。私もますます力を磨こう」
「私も負けませんよ! 少なくともエレノンには……」
「……なんでもいい」
「駄目よ! そんなこといって負けた時の言い訳は聞きたくないわ!!」
一人だけ気合いの入り方が違うイツキにエレノンもネロも面倒臭そうな顔を返す。
「なんだかみんな熱いね。それじゃ私はのんびり待っておくよ」
争いの前にしても、皆は実に仲良さそうな雰囲気を保っている。




