大会編5・大会に向けての特訓
リースは、ネロ、エレノンの三人で鎌部の一員として特訓を続ける一週間になった。
だが初日からリースが怒り出す。
「お主ら、やる気はあるのか!?」
運動場の端の方でリースが叫ぶと、ネロは半泣き、エレノンはつんと顔を背ける。
「……対戦相手に、全力は出さない」
「なに?」
「エレノン、本気出しても勝てないくせにそういうこと言うのは情けないですよ?」
リースが睨み、ネロが諭すが、エレノンはまだ反論を続ける。
「……リース、一週間後に会おう。私は、私自身だけでなく、リースも、ネロも、イツキも、超える」
「もーエレノン、馬鹿なこと言ってないで……」
そういそいそと近寄るネロの手を、エレノンは突如出現させた半透明のロッドで振り払った。
「あ、あれ?」
エレノンはいつの間にか、同じ色のたなびくマントを首に、豪奢な王冠を頭に、つけていた。
「エレノン、それは?」
「……私の能力、忘れた? 自由自在に形を変える、三つの球」
背を向けつつ、顔だけをこちらに向けるエレノンに、リースは確かな王者の風格を感じた。
「ほう、そこまで自由自在に操れるようになっていたか」
「……おかげさまで」
そのまま立ち去ろうとするエレノンをネロは必死に追いかける。
「ま、待ってくださいよエレノン! どこに行くですか!? 一緒に練習を……」
だがエレノンは見向きもしない。
リースはただ一言、エレノンの背中に告げる。
「一週間後、期待しているぞ!」
エレノンは勇ましく、こちらを向かないまま右手を軽く挙げた。
「……くそう、エレノンめ、部屋で悪戯しまくってやるです」
ネロは泣きそうながら、復讐に燃えるような鬼の形相をしていた。
「ネロよ、少しはエレノンの気持ちも汲んでやれ……」
思わずリースが呆れ、止めるほどである。
「うう、え、エレノン……」
「ネロよ、元気を出せ。一週間、私が稽古をつけてやろうではないか」
肩に置かれた手と同時に、ネロに怖気が走る。
エレノンと二人でしごかれていた時でさえ、ネロは息も絶え絶え、一歩も動けません、というような状況だったのに、たった一人でリースと特訓など、耐えられるわけがない。
「え、え、え、エレノーンッ!!」
「では、走ろうか、ネロ」
「うわああああああああ!!」
一週間、ネロの悲鳴が止む事はない。
一方のエレノンは放課後、かつてアリスと出会った物騒な繁華街の裏路地に通っていた。
特別な相手に訓練をつけてもらうためであるが、当然相手はアリスなどではない。
「……ニーデルーネさん、いますか?」
陽の射さない影の下から、黒いマントが出現した。
小柄なエレノンと比べると、それは百八十センチはあるようで、顔の全てを隠す真白い口のない仮面をつけているため性別すら判断できない。
「汝、エレノンよ、我に何のようだ?」
声から判断するに女性であるに違いはないが、異様な雰囲気はまるで非日常に入り込んだかのような雰囲気すらある。
「……特訓」
「成る程、汝も闇に生きる者であったな。良かろう、我が技巧の一部を垣間見せよう」
赤い鎌を出現させると、ニーデルーネはそれを構える。
「だがエレノンよ、一つだけ貴殿の耳に入れねばならぬことがある。我をニーデルーネと呼ぶな、我は死神サイズ・オブ・イモータルであるぞ?」
無言で冷や汗を垂らすエレノンが、その迫力に圧されているのか、その本気度合いに割りとマジで引いているのかは分からない。
「……汝なの? 貴殿なの?」
だが、鎌を手にふわりと浮き上がったニーデルーネは、エレノンの目の前で三人に分身した。
「さあ、虚ろの我と真の我、見事看破して見せよ!!」
三つの鎌の持ち手を両手で操り、ぐるぐると回す三人のニーデルーネを前に、エレノンは三つの球の形を変え、目前の敵に集中した。
放課後のイツキは誰にも行方が分からない。というのも遊び人と称されるだけあっていつも別の遊びをしているのだ。
故にこの一週間もどこかで遊び呆けていると大方の者は予想していた。
だが、本当は違う。
校舎の屋上、そこはゴリアックの住処といってもよい。
「ゴリさん、いる?」
「おお、イツキ! 珍しいな、お前が尋ねてくるとは」
ゴリアックはいつも通り腕を組み、何故かむき出しの胸を隠しているが、その顔は普段見せる険しい者ではなく、旧知の友人を迎えるような表情であった。
「本当に久しぶりだな、いやあ久しぶり久しぶり、お前は全然顔を見せないからな!」
「いやぁ、私も忙しいのよ。ところで、この一週間暇?」
「不躾だな!? だがまあ、言いたいことは分かった。時間が惜しいだろ?」
ゴリアックが笑顔で聞く。イツキはそれに真顔の頷きをもって答える。
「もっと、もっと強くなりたいの。リースより、シズヤより、あなたよりも!」
イツキは既に、パワーアップした自分の秘法たる凸凹銃を装備する。
「一週間、付き合ってもらうわよ? 自分のスキルがアップするなんて思わないで、私に尽くしなさい!」
「おーおー、イツキ嬢は怖いねぇ。だが、そんな情けない台詞はご免だぜ!?」
とびかかるゴリアックに、イツキは両手から銃を撃つ。
弾は鳥もち、しかしゴリアックは全てそれを自分の右手で掴み、手の中で破裂させる。
指の隙間から白いものがどろりと垂れるが、ゴリアックはその手を広げ鳥もちのついた手の平でイツキの顔を掴んだ。
無論、鳥もちが口にも顔にも眼鏡にもつき、息どころか何もできず、直ぐに解除する弾を自分の顔に撃った。
なんとか呼吸、というタイミングでゆっくりとイツキの顔から眼鏡が外された。
まるで恋人や親がするように、優しく穏やかな手つきで外してくれる。その行為はまさしくゴリアックの優しさだ。
眼鏡を壊さないための、優しさ。
次の瞬間、ゴリアックの脛がイツキの顔を薙いだ。
校舎から屋上に入る扉に思い切り打ち付けられ、イツキはそのまま校舎内に戻された。
自力で戻るのは不可能だろう、ゴリアックに思い切り顔を蹴られたのみならず、鉄の扉に叩きつけられ、それを突き破り階段から落ちたのだ。
ゴリアックはその階段の上から、意識があるともないとも知れないイツキに言う。
「イツキ、俺は常に自分が強くなるように戦うだけだ。お前が俺を強くするんだよ、そしてお前も強くなる、分かったか?」
ゴリアックが屋上に戻ると、イツキの拳が少し握られた気がした。
次の日の学校はなかなかシズヤを緊迫させた。
リースは満足そうな表情ながら、顔に包帯を巻いたイツキ、疲労困憊で少しやつれたネロ、そして見るからに雄雄しくなっているエレノン。
「み、みんなどうしたの!? 強くなるために本気なの?」
こんな感じのことを皆に言ったが、一番強気な発言をしているのが、一番変わらない様子のリースである。
「わ、私はただリースさんに従っているだけですよ……」
とネロ。
「ふがふが、し、シズヤには勝てないって……」
と、イツキ。結局諦めているらしい。
「……ネロとリースに勝てれば、金星」
とエレノン。
リースはいつも通りなので省くが、流石のシズヤも少し緊張する派目になった。
シズヤは、誰が見ても最強の一年である。
空気と植物を操るという秘術にして型破りな能力、そして名家の令嬢。
だが最強というのはなかなか悩みがある。特訓相手がいないというのもその一つ。
リースとネロ、イツキやエレノンは誰かと特訓しているらしいが、生憎シズヤにはそういうことをしてくれるほど、程よい強さで仲が良い人がいない。
リースが丁度いいのだが、そのリースはネロと特訓し、自分への対抗意識を強めている。なので選べない。
それを先生に相談することにして、シズヤは思いがけない人物と出会った。
「あれ、レンお姉ちゃん?」
「しっ、シズヤ!? どうしてここに!?」
どうしてもこうしても、ここは職員室であり、放課後に生徒が来る場所としては不思議はない。日直などが毎日放課後に来るし、遅刻の指導や訓練の相談などに来る者も多い。
「私はナミエ先生に相談したいことがあって。お姉ちゃんはどうして?」
シズヤはごく普通の疑問をぶつけているだけだが、レンはあからさまに動揺して、今も何かを探られているのではないかとあたふたしながら言葉を選ぶ。
「えっと、私は、その、クロスフィールド家の使者として、色々、してるんだ。雑務とか」
「へえ、大変だね。ありがとう!」
「お、おう」
レンはしどろもどろしながら答える。
シズヤが恐ろしい人間であると考え、レンはシズヤに過度の警戒をする。
そして確かにシズヤは恐ろしい人間で警戒が必要であるが、レンにはそれほど警戒の必要はない。
というのも、シズヤは昔から弱いくせに強がる人間というのがどうにも好きで、レンのことも気に入っていたのである。
「ところでお姉ちゃん、アラヤ先生知らない? ここにいないみたいだけど……」
「先生か? 先生は、そうだな、どこかな、ちょっと分からないな」
特に考えず、レンは適当なことを言ってしまう。
「レン、これも任せて良いか?」
「うわあ先生!」
レンは今ナミエが用意していたプリントを運ぼうというところであった。
「なんだ、先生いたんだ。……お姉ちゃん、大丈夫?」
「え、いや、その、シズヤがいてビックリしたから……」
ここに来てこれほどおざなりな言い訳はないだろう、シズヤがレンの想像通りの人間なら、レンは今頃八つ裂きになっている。
「それより先生、相談があるんですけど……」
「なんだ、シズヤ? 手短に頼む」
「私、特訓してくれる人がいないんです。大会がもうすぐだから、調整したくて」
本当に困った風に言うシズヤに、ナミエは嬉しそうに言う。
「それなら、君の姉がここにいるだろう!? 是非持っていって良いぞ、作業は私が全てしておこう!」
ナミエにとって、最強として慢心するシズヤやネイローは見ていて勿体無く思う。そんなシズヤが強さを求めるための前向きな発言をしたのだ、そりゃ特殊な使い手であるレンと戦わせたくもなるものだ。
だが、当然レンは恨みがましい視線でナミエを睨む。
「どういうことです先生! 私とてそれほど暇ではないのですよ!?」
「そうは言うが、シズヤがどれほど強くなったかをとても知りたがっていただろう? やはり君の手で確かめるのが一番じゃないか?」
「せっ、先生!!」
実力を探ろうとしていたことがバレて、シズヤに殺される! なんてレンは考えるが、シズヤは流石に殺そうまでは考えていない。
「本当!? お姉ちゃん、本当に久しぶりだね。お父さんとかアカリお姉ちゃんは元気にしている?」
「あ、ああ。二人ともシズヤがいなくて寂しそうだよ」
「お姉ちゃんは? 私がいなくて寂しい?」
シズヤはいつも通りの穏やかな笑みだが、リースやレンはこの穏やかな笑みに様々な意味がこめられていると知っているので油断はできない。
「ああ、久しぶりに会えて、嬉しいよ」
「へえ、本当かなぁ?」
ちなみに、レンが好きだからシズヤはレンを必要以上に傷つけたりはしないが、当然シズヤはレンを疑うし、必要とあらば傷つけることはする。というかレンが良い姉のフリをしていることくらいは見抜いている。
シズヤを疑い、良い姉のフリをして、しどろもどろになるレン、という間抜けな姿こそがシズヤが好きなレンなのだ。
「それじゃ、運動場に行こう? 私の力、見せてあげるよ!」
るんるんと鼻歌でも歌いそうな雰囲気でシズヤはスキップするが、レンの足取りは重い。
「けっ、なんで俺がテメェらと連れ添わなきゃならねんだよ!」
先頭を歩くアリスが、魔女の森を、三人の男を率いて吐き捨てる。
「ったくよぉ! なんでこのウハウハ女大陸で野郎三人を率いるなんざくそったれなことを……」
「……アリス殿はいざという時しか武人ではないんだな」
「兄上は元々武人などではございませんよ? 昔から捻くれの根性曲がりで私も父上もよく困らされていました」
アリスの後ろ、左に歩くのがギラで、右にはコントンが、そしてその間に黒い塊が蠢き進んでいる。
「いえいえ、アリスお坊ちゃまは捻くれてなどありませんよ。戦い以外に才能があったまででございます」
意外と会話の捗る三人もそれぞれ色々考えているが、先頭を一人歩くアリスはジョーカーを一際目ざとく見ている。
「その言い方も癇に障るが……ま、どうでもいい。それより何でジョーカーさんまでここにいるんですかねぇ?」
無作法であからさまな丁寧語には敵意が含まれ、これっぽっちの敬意は含まれていない。
しかしジョーカーは仮面の笑顔を変えぬまま、ゆらゆらと揺れながら言う。
「それはもちろん、二人のお坊ちゃまを見守るためでございますよアリスお坊ちゃま! デビル様より直々の命を受け、お忙しいアリス様達を見守るべく、コントン様と共に、この第二地区の最高級ホテルに暮らすことになりました!」
「おい、その関係を言っては……」
と、ギラがリーンエッジ家のことを暗に注意すると、ジョーカーは笑いながら言う。
「壁に耳ありと申しますがここは外で壁はございません! それにここの皆様はそのことを分かっていらっしゃる様子なので問題もございません! でしょう?」
ギラがデビルの息子のことを知っている、という事実をジョーカーが知っているわけないのだが、その時その場にいなかったコントンだけはそのことを気にしない風に続ける。
「少しくらいは良いではありませんか。いかに貴族なれど、これから始まるはカーニバル、無礼講ですよ、楽しみましょう」
アリスとギラは複雑な顔をしつつも、気にせず前に進む。
しかし何人いようが魔女の森の住人達は牙を剥く。
「おっと、なんか出てくるな」
先頭のアリスが呟くと同時に、懐のコインを二つ、ナイフに変える。
「呼吸が三つ……雑魚ではないですね。連携できる眷属か、はたまた」
羽音を武器にするだけあり、音には敏感なコントン、その言葉を受け、ギラが前に出る。
「三つ首、ケルベロスか? 下がっていろ」
「私も負けていられませんね、一人一首と行きましょう」
コントンも前に出て、先ほどまでの隊列と比べるとジョーカーが一人後ろに取り残される。
「ではでは、あっしは戦闘要員ではないのでここは退かせてもらいます!!」
ジョーカーがどんどん後ろに逃げていくと同時に、目前には巨大な三つ首の犬、魔女の眷属の中でもトップクラスの強さであるケルベロスが現れた。
ただ力強いのみならず、火を吹く魔獣のケルベロスは、三つの首からそれぞれに業火を吹きかける。
湿った空気の森の気温を一気に上げる熱波を、ギラは見事左に避け、そのままケルベロスの首を殴り折った!
右のコントンは羽から起こした突風で炎を防ぎ、その勢いのまま炎を押し返す。
自らの炎で焼かれたケルベロスの右の首は、炎をもろともしないコントンの拳で脆く潰れた。
真ん中のアリスは、堂々と後ろを向き逃走を開始した。
ケルベロスの真ん中の首はアリスを睥睨するも、ギラとコントンが同時に攻撃してきたため、どちらを攻撃すればよいか分からぬうちに、潰された。
森中を轟かすような叫び声を上げ、ケルベロスは潰れた三つの首を引きずり、奥へ奥へと逃げ出す。頭がなくなっても死なない強靭な肉体も最強と言われる所以である。
ギラとコントンはケルベロスの敗走を見送ると、味方の犬の敗走をどうすべきかと悩む。
「とりあえず、待つか?」
「不肖の兄です」
言いながら、コントンは警戒を緩めない。
エリオット教の元幹部、かつて自分を容易に捕まえたエリオットの部下と考えるだけで、コントンは憎しみと恐怖が蘇る。
それが自分を助けたギラであっても、だ。
「……まあアリス殿は位置が悪かった。あれはああするのが一番だと思うぞ」
ギラはまるで何も気にせずに言う。警戒すらしない様子で。
一方、アリスはかなり逃げたらしく、もうコントン達がどこにいるのかも分からないかもしれない。
だが、それでも良かった。アリスの目的は別にある。
「よおジョーカー! 随分逃げてきたじゃねえか!? 俺も参ったぜ、ケルベロスなんて……おおっとジョーカーさん? これは誰がなにをやったんだろうなぁ!?」
アリスが追いついたジョーカーの前には、滅茶苦茶に崩れ落ちた肉塊が散乱している。
魔女の眷属だろう、死体は原形を留めず、言葉を発した後にアリスが戦慄するほど無残な攻撃を受けている。
「……お坊ちゃま、これは私が来る前に誰かがしたようです。全く恐ろしいですねぇ」
そう言って振り向いたジョーカーの顔は、笑顔の白仮面にはしっかりと返り血がついていた。
「へえ、そうかい? だったらテメェはそこらの地面や木の血の後に顔面を擦り付けてたって訳だな!? ああん!?」
言いながらアリスはコインを口に含み始める、同時に手の指の間にも銀のコインが挟まれてある。
「アリスお坊ちゃま? 怖いですよ……私はこんなに! こんなに無力なのにィ!!」
ジョーカーは叫ぶ、楽しそうに。
だがアリスは、一歩引いた。
「別に戦おうって腹じゃねえよ。これは警戒だ。テメェは昔っから怪しかった、何を企んでやがる?」
「別に何もォ? ただ私はデビル様の命令通りにしているだけですからねぇ?」
「ほぉ、じゃあ何で無力なフリをする? 別にケルベロス殺せるくらいの力はあんだろ? オヤジの側近ならよぉ」
アリスが闘いではなく、会話を望んでいると察し、ジョーカーは揺らめく体を縮め、視線を合わせる。
「……アリス様もお分かりでしょう? 私やあなたのような生物とは、自分を良い風に見せねばならない。無力を装うことがいかに役立つか、ご存知のはずです」
そう言われると、アリスもかつて麻薬を売っていた時、リースに自分は無力だと思わせ逃げおおせた事がある。
「オヤジにそこそこ強いことは伝えるぜ? それでもいいなら、見逃してやる」
ジョーカーは仮面の笑顔しか表情がない、何を考えているかがアリスにはさっぱり分からないが、その会話の間から悩んでいることは予測できた。
途端に、ジョーカーの声は普段通り落ち着いたものに戻った。
「……では、そのように。今仕事がなくなるのは大変ですからね。もっとも、デビル様は私が少しばかり強いことを知っているでしょうけど」
ジョーカーがのそのそ蠢きながら進むのを確認しつつ、アリスは最大限の警戒をしながら共に進んだ。




