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エリオット教編12・エピローグ1・諸行無常

「おらおらお前ら退くんじゃねえ!! 俺達はただ守ればいいんだ! 死ぬのが怖くても、痛いのが嫌でもいい! 一歩も後ろに戻らなければそれでいい! とにかく援軍を待てっ!!」

 第五対魔女地区に来た神聖大隊長『螺旋のドリツェン』は圧倒的な危機に面しても希望を失わずにいた。

「連絡はまだ通じねえのかよ!? ジークもエリオットさんも、全くどうしちまったんだよ!」

 連絡が通じていたのは同じ地区担当『神速のキナ』のみ。その彼女もクローン人間とかなんとか意味不明な言葉を言っているうちに連絡が取れなくなってしまった。

「くっそー、ギラさんが裏切っただとか、第三では大ピンチだとか、この大陸はどうなってんだ? 連絡はまだかよジーク……!」

 不安、それも生半可なものではない。今まで一度たりともなかった窮地に、ドリツェンは自分が捕まるのではないかという心配をした。

 当然仲間達がやられているかもしれないという心配もあるが、傭兵上がりのドリツェンに他人の心配をする余裕はない。

 目の前では巨大なロケットランチャーを構えた女が、装填もせずに弾を撃ち続けている。

 ドリツェンとキナは、(かん)、鎖の一つ一つの輪それぞれに吸着と反発を同時に使うことができる。

 キナは全てを吸着し、鎖を短く見せた上で、全てを同時に反発させ、一気に伸びたかのように見える技を操り『神速』という名を頂いた。

 一方のドリツェンも一つ一つの吸着により鎖を渦巻のような形で固定することができる。これは元々技術の向上を目指して遊んでいたのだが、敵の捕縛や防御には便利な形であった。

 ロケットランチャーの弾が螺旋の中に入ると、魔法を解除し反発状態の鎖で押し潰す。

 ムゲンチェーン劣化第一番ならば充分な長さがある、しかし防戦一方になってしまうのは止むを得ない。

「ドリツェン様! 右舷はもう限界です! 数分後には突破されます!」

「左舷崩壊しました! 敵がなだれ込んできます!」

「ぬあー! もう、くそっ! 空港まで退避しろ! 空港だけは命に代えても死守する!!」

 それでもこの鎖の魔法は防戦に優れている。魔女の大陸の者も空港の破壊には遠慮があるため、この籠城は長引いた。

 数日後、空港に来た飛行艇には援軍ではなく降伏を促す使者としてガンドーム、キナ、ギラが来ることになる。

 それまで鎖を空港を守り切った彼が、エリオット教の最後の戦士であった。



 同時刻、ドリツェンより前に出ていたキナは既に捕まっていた。

 この頃リース達はシズヤと合流し、第二対魔女地区に戻ってきている途中である。

「エリオット教の神聖大隊長よ、あなたたちの目的は一体なんなのですか?」

 言うのは第二対魔女学校の校長、答えるのはむすっとした表情の小柄な少女。既に鎧は脱がされていたキナである。

 小柄であり、薄汚れた短い金髪はまるで聖女には見えない、むしろ小柄ながら筋肉質な肉体や無骨で太めの指などは小さな戦士というに相応しい。

「目的? ……そう言われると返事に困る。もうエリオット教は、エリオットの意志から離れているみたい」

「どういうこと?」

「昔は魔族だけと戦っていた。ただの荒くれ者として、せめて魔族だけ倒そうと皆で誓った。人間にも攻撃したのは、いつが初めてだったかな……」

「そんな昔話はいい。今回、どうしてここに侵攻してきたのか、侵攻してどうするつもりだったのか、を聞いている」

「どう答えたら満足?」

「質問にだけ答えろ!」

 鎖で捕らわれたキナの顎を思い切り持ち上げ、校長はその目をにらむ。

 だがキナの顔はピクリとも変わらない。そのまま再び口を動かした。

「私、昔は家がなかった。魔族に町を焼かれて、お父さんもお母さんも殺されて、そんな中でエリオットに出会った」

「……そんなことは聞いていない」

「私は悪いこともいっぱいした。生きるために盗みだってしたし、エリオットに会うまでは人だって殺した。でもエリオットに会って魔族だけを殺すようになった。エリオット教なんて名前じゃなかった、昔はただ魔族を殺すだけのエリオット傭兵団。人間のためのルールを作ったら、こんな風になった。もう目的なんて知らない。ただ私は命令通りに動いただけ」

 校長はそれだけ聞くと、キナから手を放す。

「……五万を従える神聖大隊長の一人が、命令通りにしただけです、だと?」

「神聖大隊長? ……ふふっ、ま、そう言うよね。私にとって私はただの戦闘員」

「何でもいいわ。君はこれからどうする? 助けを待って捕まるか……」

「待つ。待つどころか説得に出てやってもいい」

「説得?」

「ドリツェンとか、ガンドームとかも、迷ってる。私達は世界の平和を守るのが目的じゃない。ただ魔族を殺して満足したいだけ」

「……そう。じゃあ時が来たら解放してあげる」

 その間、キナの表情が変わることは一切なかった。感情を排したというよりも、もとより感情がないような無表情だった。


 第二対魔女地区の空港に着いたリースは病院に搬送されることなく、投降したギラとガンドームに付き添った。

 その間シズヤも一緒だったが、ウラヌス含む数々の信徒にむごたらしい事をしたとしてギラと不仲になり、二人がかかわりあうことは生涯なかった。

 ロゼッタは即座に二年の戦闘員として第四地域に移動させられるも、戦争はほとんど終わっていたので大したこともせずに帰ってきたという。

 アリス、コントン兄弟は二人とも骨折していたので病院に搬送された。魔族であり、全く役に立たなかったこともあり嫌悪の表情でいろんな人間に見られたが、二人とも特に気にしていない様子であった。

 リースは疲れきった体でギラ達と共に教師ナミエより情報を受ける。

 ナミエは少し複雑な、言い辛そうな表情と共に二人の捕虜に伝える。

「……第二、第三地域での信徒の被害は大きい。全体で見れば死者は数千ほどで大きくはないかもしれないが、神聖大隊長クラス四名の、いやその飛行艇に乗っていたというウラヌスを含めると五名の死亡が確認された」

「馬鹿な!! 一体、一体誰がそんなことを……」

 ガンドームが呻く。

 ネイローとシズヤ、誰がしたかなどは明白であるが、それを言うほどナミエは温情に溢れているわけではない。

「事情はあれど、攻めてきたのはそちらだ。間違っても仕返しなど考えるな」

「それは……承知している。……誰が死んだとして、彼らの信念の結果ならば、受け入れる他ない」

 そう言うギラの言葉は固くとも、その表情は今にも崩れそうなほど弱々しかった。

「それと、『神速のキナ』の身柄は預かっています。現在第五地区にて『螺旋のドリツェン』が空港に篭城しています、彼の身柄を拘束するために、手伝ってはくれませんか?」

 ギラとガンドームが顔を合わせると、再び二人でナミエを見た。



「一体これは、何事だと言うのだ……?」

 エリオットが自分の専用飛行艇で大陸に戻った時、そこはもう人の住む場所ではなかった。

 全長、最小で一メートル前後、最大では二メートル前後の、つまり子供から大人までの人間の大きさをしたムシがそこを蔓延っていた。

 大陸の中心にはそれより更に大きな、十数メートルはあろうか、黒の巨大な銅鐸のようなものがある。

 淵には金、よく見るとワイヤーのような触角が二本。

「デビル……これほどとは……」

 飛行艇を着陸させ、即座にエリオットは武器を抜く。

「ムゲンチェーン、俺に力を……」

 皆が生きているように、皆を助けるために。

 祈りとともにエリオットは走る。大陸東端の空港から、中央に座すデビルの元まで。

 堂々と甲虫を弾き飛ばして順調に進むが、全てを殺せているわけではない。

 ムシと言っても甲虫の甲殻は固い、ムゲンチェーンの反発があるからこそエリオットはそれを寄せ付けないが、ただの鉄の塊たる鎖をぶつけても退きはしないだろう。

 だがエリオットのそれは自分を中心に回転させる無敵の鎧、持て余すことなく無限に伸びる鎖は、魔女の大陸の生徒同様自由自在に出し入れできる。

 走り続ける途中、いくつも見た信徒の証たる黄金の鎧は、全てが倒れていた。

 そして、対面した。

「デビルゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!」

 巨大な黒の塊が動いた。

「まだ動ける者がいたのか」

 デビルは今までうつぶせに寝転がっていたらしく、体を起こした。

「我こそはエリオット・マーグレー!! そなたの命、貰い受ける!!」

「それはそれは。流石に神具のオリジナルを持つ者は言うことが違う。だが俺にも負けられない理由があってね……」

 デビルの甲冑が開く、いや羽根が広がった。

 中には、古代神殿の石柱を思わせるような荘厳で巨大な腕が六本、そしてどんな建造物より雄々しい巨大な茶色の胴体があった。

 その周りには、大量の蠢く緑色の卵があった。

「これは、君の信徒、ここの住民達の三万人だ。残りは死んだろうがね。君にこれが殺せるかな?」

 デビルの考えでは、この時点で今まで吹き飛ばしてきたムシが信徒であったことに絶望、あるいは軽いショックぐらいは受けると踏んでいた。

 だがエリオットはそもそもそういう人間ではない。

「はっ、これだから魔族は嫌いなんだ。魔族に堕ちた人間を解放するためにも、このような悪を働く魔族を消さねばなるまい!! 今すぐ死ね!!」

 ムゲンチェーンがデビルに向かって伸びると同時に、デビルが孕んだ卵が一斉に孵る。

 すんでのところでエリオットはムゲンチェーンを引き戻し、自分の周りの火の粉を払うようにムシを吹き飛ばすも、それを見てデビルは嘲笑した。

「神具は強靭なれど、やはりお前はただの人間だな」

 エリオットが疑問を言葉にする前に、エリオットの腕が吹き飛んだ。

 蔓延る巨大なムシとは別に、僅か数センチのムシがその鋭利な羽根で鎧ごとエリオットの腕を切断したのだ。

 そのままムシがエリオットの腕を運び、デビルに謙譲する。

「ムゲンチェーンか。ただ伸びるだけしか能のないの鎖を、よくもまあ使いこなしたものだ」

 吹き飛んだ腕はその小さな虫がデビルの元に運ぶ。デビルはそれを虫ごと食ったが、エリオットはそれどころではない。

「うううおおおおおおおおおおおお!! 俺の腕、腕がっ!!」

 なくなった右手を左手で握り締めるも、平静を保てるほど穏やかにはいられない。

「きっさまあああああああああああああ!!」

「もういい。お前は死ね」

 デビルが大きく羽根を羽撃くと、突風と鱗粉にエリオットの体は蝕まれた。



 そこがどこなのかは、エリオットにも厳密には分からない。

 どうやら大きな木にぶつけられたらしいが、体の痛みが打撲だけではないことはすぐに察した。

 デビルの鱗粉が強烈な毒となり体を蝕む。自分がもう長くないことまで考えると、このまま命を終わらせるのはどうにも惜しい。

(せめて、最期に一矢報いることができれば……)

 しかし、今はもうムゲンチェーンもなければ、仲間もいない。

 たった一人の男に何ができるのだろうか。

「お、お前は、エリオット……」

 目の前にはムシがいた。一メートルちょっとの、子供魔族だろう。

「お前が、お前が僕の両親を、友達を、村を……許さない! 人間、許さない!!」

 醜悪な複眼は憎悪に染まり、口からは悪臭のする粘液がついた白い牙が剥かれた。

 最期の瞬間にエリオットが見たものは、果たして魔族なのか、かつての自分なのか。

「人間だと? エリオット教徒とただの人間を一緒にされては困る! 俺は、俺達こそが人間よりもなお尊いエリオット教徒だ!!」

 最期の瞬間、エリオットが言ったことは彼の本心なのか、それともせめてもの人間に対する贖いなのか。

「エリオット、エリオットォ! 許さないぞっ!!」

 白き牙が突きたてられた瞬間、彼は何を考えたのか。 

 エリオット教宗主、エリオット・マーグレーはその栄華を誇った大陸と宗教と、共に最期を送った。


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