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エリオット教編6・ノルドVSギラ

 予想外なほどあっさりと侵入できた。

 神聖大陸、エリオット教の本拠地に飛行機で夜間の移動。

 トイレに鎧をつけたまま入っていた信徒を二人、用をたしている最中にロゼッタの秘術で眠らせ、鎧と身分証明書を奪い取ってそのまま紛れることに侵入した。

 声だけはどうにも似せられないが、こういう時は風邪を引いたの常套句で乗り切るしかない。

 好都合なのは全身を包み込む鎧のおかげで誰にもバレずにそれができたこと。

 ただロゼッタとノルドにとって不幸なことに、神聖大隊長であるギラとウラヌスがその飛行船に乗ったということ。

 元々、神聖大隊長十人のうち五人が第三の領土に送られたのだが、アリスが想像以上にあっさり捕まったため、また別の領土に配分されるらしい。そのうち二人、ネードとインマはネイローによって殺されたのだが。

「どうしたの、ギラ? なんだか浮かない感じだけど」

 ふとウラヌスがそう尋ねた。鎧を着ていても立ち居振る舞いで分かるほど親しい付き合いをしていたのだろう。

「うむ……魔族は本当に全てが悪なのか、どうなのか、悩んでいる」

「それは今さらね。今さら過ぎて、考えても仕方ない」

「本当にそうなのか!? ならば、今さらであっても遅くはない!」

 ギラは熱心にも立ち上がるが、対するウラヌスはとことん醒めていた。

「悪よ、魔族は悪。昔にそう決まったし、これからもそう」

 はぁ、とウラヌスは溜息をついた。考えても行動してもどうしようもないことはあるのだ。それを、彼女は醒めきって呟く。

「それでは、俺は銀仮面に顔が合わせられない」

 申し訳なさそうに呟くギラに、ウラヌスは嘲るように笑う。

「鎧と仮面で会わないじゃない」

 そういうことではないのだが、それはウラヌスも知っている。ジョークである。

 ロゼッタとノルドはそんな会話を聞き続けていた。

 それなりに密集しているので二人が会話できることはないのだが、時間も時間であるために鎧を脱ぎ仮眠を取る信徒も出てくる。その間にロゼッタとノルドは見張りをするという名目で、静かに鎧の中で同様に休息を取った。

 そして、着いた。

 しかし二人とも、すぐ別の飛行船に乗せられることになっている。そうして別の戦場に後戻りさせられる。

 そこで、ノルドがロゼッタに耳打ちをした。

「ローズ仮面さん……二人を、リースさんと社長をお願いします。私が時間を稼ぎますので」

 言うと、ノルドは素早くロゼッタから離れ、反対方向ぐらいで鎧を脱いだ。

 ウラヌスが疑問符を浮かべる。

「あら、誰かしら? どうしたの、蒸れた?」

 ごく普通のウラヌスの反応に対し、ギラは別な反応をした。

「……お前、正式な信徒ではないな? 何者だ」

 ウラヌスがぎょっと驚く。ギラは信徒全員の顔を覚えているのだろうか、と。

「名はノルド・カーン。お前たちに捕まったアリス社長を助けに来た」

 ざわつきが強くなり、皆が視線をそちらに集中させる。

 ロゼッタは、そのタイミングを逃さず、捕虜運搬や食料運搬のために離れる者達と一緒に動き出した。

「へーえ、正々堂々としているわね。この数に敵うと思っているのかしら?」

「……勝算のない戦いはしない主義ですが?」

 余裕タップリという表情で、ノルドは言い切った。

「……面白い!」

 ギラが一歩大きな音で踏み出し、大声で言う。

「この男、俺が受け持つ! お前らは見ておけ!」

 見ろといわれては、見るしかない。

 ノルドはポケットから取り出したコインをクナイに変えて、両手の指に挟む。

「ギラ、覚悟を決めろ!」

「常に決めている! お前もなかなかの覚悟だ!」

 本日二度目、鎧は吹き飛び、ギラは叫ぶ。

「ムゲンチェーン俺専用型! 敵うと思うか!?」

 ノルドは最初からギラを戦って倒す気などない。

 ただリースとアリスが助かってくれれば、それで彼の勝ちなのだ。

 クナイを放っても弾かれる、直接斬りつけようとしても弾かれる。

 それなのに、ギラの鉄拳、いや鎖拳はノルドの体のそこかしこに当たる。

 腹に当たれば血を吐き、顔に当たれば血を噴き、それでもノルドは震える足で立つ。

「ギラ、もう捕えればいいんじゃないかしら? 抵抗できなそうよ?」

 ものの数分もかからずにグロッキーと言ってもいい、一度隙を見せれば、その瞬間に鎖と拳を利用し三もの打撃が彼を襲うのだ。

 だが、ノルドはそういうウラヌスに素早くクナイを投げた。

「むっ、俺との戦闘中だろうがぁ!」

 大縛掌がノルドの背中に直撃する。

 衝撃でノルドの体は海老反りになりつつ吹き飛び、一人の信徒と激突する。

 ずるりと倒れたノルドは今度こそ動かないかのように思えた。

 だが、まだ立つ。

 幽鬼の如く、壊れた眼鏡を外し、コインを握った。

「……勝算はまだあるのか?」

 言葉を理解していない様子のノルドの胸倉をギラは掴んだ。

「まだ勝つ気があるのかと聞いている!!」

「……ああ、そのことか」

 血の混じった唾を鎧の隙間に、顔に、吐いた。

 ギラはそれを拭き取ろうともせず、ノルドを下ろした。

「お前は……、何故そこまで魔族に忠誠を誓う? 何故だ?」

「アリス社長がどんな人か知っていれば、そんな疑問は抱かないでしょう……」

「人って、魔族じゃない」

 ウラヌスが吐き捨てると、ノルドは激昂してそれをにらみつけた。

「そんなことしか考えられないから、あなたたちは……!」

 すぐにギラと向かい直った。

「まだ、まだ私は負けていませんよ……」

「時間の無駄ね」

 ウラヌスが鎖をノルドに巻きつける。

「厳正な審議の後、異端審問にかけます。まあ、処刑だろうけど」

 つまらなそうに一言付け加えると、今度はギラが怒りの篭った瞳でウラヌスを見る。

「まだ俺との戦いは決着していないぞ?」

「いいじゃない、もうあなたの勝ちは決まっていたし。しかし魔族にここまでいれこむなんて……私には理解できないわ」

「ふっ、虚しい女め……リースさんとは大違いだ」

「あ?」

 瞬間、ノルドに巻きついていた鎖がめりめりとノルドに肉に食い込み、骨を折った。

「っ! ウラヌス止めろ!」

 締め付けて壊す鎖、エリオット教でもよほど熟練した者しか使えぬ吸い付きの上位技。

「あ、ごめん、つい」

 ウラヌスは軽い調子でそう言うが、ノルドはもう動かない。

「でもさ、私のことを虚しい女って言ったのよ? それって魔族を信仰しないと空っぽになるってことじゃない? 異端審問にかけるまでもない、って感じじゃない?」

「それでも、決まりは……」

 そういって、ギラは思い悩む。

 決まりとはなんだ、決まりとは。

 確かに今まで決まり通りに働いてきた、それが間違いなく正義であると信じていたから。

 だが決まりとは一体どこまでに通用する決まりなのか、場合によっては悪なのではないか。

 銀仮面の言葉が蘇る、エリオット教がどんな悪事を働いたのか、と。

 ただ拳を握り締め、ギラは何も言わず飛行船に戻った。




 夜になってもエレノンとシズヤは寝る暇がない。

 というかエリオット軍が寝かせてくれない、彼らは夜も活発。

「数が多いって、面倒なだけじゃないんだね……」

 交代(こうたい)々々(ごうたい)が出来るから、時間的な制限もない。

 二人しかいないエレノンとシズヤではこの圧倒的な物量にまるで敵わない。

 警察(ボランティア)の人は計画的に防衛しているも戦力が足りず、卒業生の人達もゲリラ的な攻撃で連携が取れない。

 斯く言うシズヤ達もゲリラ的であるが、ただ一直線に歩くだけなのが厄介、途中から物量で圧倒的に攻められ囲まれている。

 もはや黄金の鎧で壁ができようほどだ。

 エレノンに至っては急速な成長のために変なことを予言しては形を変える球体を繰り信徒達を計数十人は殺したほどである。

「エレノンも強くなったね」

「……最強に近づいているかも、精神的にも」

 初めて殺した人は全然考えるまでもなく、ただ必死に、ただ無意識的に。

 初めてなのにまるで緊張もなく、まるで驚きも怖がりもせず、ただ自分の身を守るための自衛行動。

 五人くらい殺して怖くなったが、十人を越えれば何も感じなくなった。

 秘術とは想像力、故に経験をこなせばこなすほどに、その能力は飛躍的に進歩する。

 それがエレノンにとって刺激的と特殊であればあるほどに。

 良くも悪くもエレノンは一般的な少女である、それがここまで変わるのだからこそ、戦争というものは全く恐ろしい。

「これだけの事態になってたら、たぶんイツキちゃんもネロちゃんも助けてくれると思うんだけどね」

「……それは、嫌」

 何が嫌なのか問うまでもなく、エレノンは続けて言う。

「ネロにこんなこと、して欲しくない」

「本当に好きなんだね。ネロちゃんもエレノンちゃんにはこんなことして欲しくないと思うよ?」

 エレノンは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐに頬の血と共に払った。

「……私は闇だから、良い。私が闇になる、決めた」

「エレノンちゃんが闇……うんうん、ネロちゃんにすっかり照らされそうだね」

 敵は多い、だが弱い。

「『動じない騎士』オールスターズ!」

 十四体の動く食肉植物がそれぞれ走り出す!

「実はさ……プラントとトランプをかけたんだけど、どう思う?」

「……そういうの、好き」

 そんな穏やかな会話で、耳を舐めるような気味悪い声が響く。

「あんらー、あんた達こんな女の子二人に押されてたのー?」

 黄金の鎧は変わらずとも、周りの鎧の反応がその特別扱いを気付かせる。

「あ初めましてー、あたし神聖大隊長の一人でピンギスって言うんだけどー……」

 ピンギスは鎧ごと爆裂した。

「ちょ、ちょっと気持ち悪いよね……」

 あはは、と苦笑いするシズヤを、エレノンは直視できなかった。

 その言葉に同意できようとできまいと、どうしてそこまでの残酷を平気な顔でできるのか、今なら半分は同意できるかと思ったが、無理だった。

 鎧が外れた人間の無残な姿を見ることができない。

 なのに、腸を、返り血を一緒に浴びても、シズヤは笑っている。

 これが、最強。

 エレノンは震えを隠して、それでも戦うことを決意する。

 戦わなければ、友も、命も、守れないから。




 次の日、朝からイツキとネロは先生達が先陣を切る中、どんどんと前進した。

 既に信徒達の鮮烈な死体が数多くあり、拍子抜けというより恐怖した。

(これをシズヤさんとエレノンがやったですか……)

 卒業生達などの手にもよるものがあるだろうが、大体はシズヤの行為によるものだ。

「ネロ、戦争となれば、私達もやらずにはいられない」

 イツキは既に決心したように言う。

「いつでも秘術は使えるようにね」

 ネロもなんとか頷いた。

 それでも、ネロの覚悟とエレノンの心神喪失には大きな差があった。

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