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エリオット教編4・アリス捕縛

 エリオット教の動きは速い。

 全五十万の軍、信徒も少なからず鎖を操る術を習っているため防衛のための軍は不要。

 五十万総攻勢、現在南より魔女の大陸の全土を攻め込む方針に固まりつつある。

 ジョンズ貿易株式会社はわずか二ヶ月で大陸中に蔓延っている、つまり大陸内の人間が魔族と結託したのは紛れもない事実、全員捕え、正式な審議の末、刑を確定せねばならない。

 そうなると困るのは魔女の大陸の生徒達。敵である魔女を学校にかくまっていることがバレてはエリオット教のみならず全大陸から矛盾を突かれ、小国として切り捨てられる。

 故に、偶然にもアリスと女戦士たちの利害は一致していた。

 しかも問題発生の原因はアリスとは言え、問題隠蔽にもアリスを盾に出来る。

 しかし更に大きな問題が一つ、空港に近いアリスの会社、ジョンズ貿易会社が真っ先に標的にされたことだ。

 エリオット教の軍隊の単位は五万を率いるのが神聖大隊長、うち一万を聖大隊長が、うち千単位を聖中隊長、うち百単位を聖小隊長、うち十単位が小隊長率いることになっている。

 会社に侵入したのは聖小隊長の単位、つまり百人である。

「ここに魔族がいるというのは本当か!」

 一人一人が信徒であり、異端審問官である。

 だが会社の人間とてこの場合を想定していた。

「ちょ、ちょっといきなりなんですか、アポもなしに……」

「我々は神聖なるエリオット様の意志を持つエリオット教の使徒である! 邪悪なる魔を祓うためにやってきたのだ、協力してもらおう!」

 そのように言うが、明らかに協力をあおぐ姿勢ではない。

 強引に奥に奥に、上に上にと信徒達は足を進める。

 そしてもしも魔族がいたら、彼らは全員捕まってしまう。

 最上階、社長室に小隊長が足を運んだ。

「社長のアリス・スクラム・リーンエッジはおるか!?」

 中に控えていたのは白髪が混じった壮年の男性、三つ揃えのスーツにダンディな口髭がなかなかに女心をくすぐる。

「一体なんですか、あなたたちは?」

「アリス・スクラム・リーンエッジという魔族を捜している」

「私は社長のアリスクラ・リンジーですが」

 秘書に社長の代わりをさせる、アリスの華麗な隠蔽作戦。

 ただ誤算だったのはエリオット教の動きが早すぎたこと。

 アリス本人は社長室隅にある掃除箱の中に隠れているという杜撰(ずさん)な事態になっている。

 いくら用意は最初からしていたとは言え、コントンが捕まってまだ数時間も経っていない、私用の飛行船などもないために高飛びもできない。

「この部屋を調べさせてもらう」

「勝手な真似は困りますね」

 だが、部屋に信徒達が入り込み、次々と探し出す。

 その瞬間からわずか四秒ほどでアリスは見つかった。

「うわっ、いた!」

 信者の間抜けな叫び声、相変わらずの茶色い毛並みに、ラフな革ジャンとハーフパンツ。

「げえっ! 金庫かと思って侵入したらエリオット教の奴らに見つかっちまった!!」

 ……アリスの演技は迫真ながら、白々しいほど説明的な言葉を真実だと受け止める者はいない、というか偽社長ですら苦笑いを浮かべている。

「……ジョンズはクロだ。関係者を全員捕え、厳正なる審議の後、異端審問にかけよ」

「おいちょっと待てよ! いったいどういう考えでそういう経緯に至ったのか真に理解しかねます!」

「随分と丁寧な喋り方が板についたようだな、そうやって人間を誑かしたのか?」

「社長は人を誑かしたりなどしていません!」

 庇おうと偽社長が叫ぶと、すぐに鎖で縛られた。

「リンジー! テメェら……」

 アリスにも最寄の信徒が攻撃を始めたが、魔法すら使わず指で弾いたコインで鎖をはじき返した。

「なっ、こいつ武器をどこに……」

 信者たちの重い鎧はナイフを弾くが、その分素早い移動はできない。

 アリスは渾身の足払いでそいつを転ばすと上に乗り、小隊長にナイフを向けた。

 場所はジョンズ貿易会社本部の社長室!

 部屋には十を越えるエリオット教の信徒達!

 アリスは部屋の端、すぐそこには窓があるが飛び降りると無事ではすまない上、唯一の出口には小隊長が待ち構えている!

 一度終えた、いや正式には二度終わった人生、今さら死を恐れることはない。

 だが、やっと巻き返した人生、取り戻した人生、リースのために捧げると決めた人生をこんなことで不意にしていいわけがない。

 革ジャンからコインを口の中に含み、更に両手にナイフを持つ。

 もう毒もないナイフ、鎧にはまるで通じないナイフ、それでもアリスは戦うしかない。

 リースが認めた戦士だからこそ、アリスは自らに戦いを強いる!

「来いよ雑魚共、殺されたい奴からかかってこい」

 喋るたびにコインがぎちぎちと鳴り、それが威嚇になる。

 誰もが近づきがたい、武装したアリス。

「どうしたお前ら! 早く捕えろ」

 小隊長が急かすが、誰から足を動かせばよいものか。

「オラオラ、そういうてめえが来いよ! ビビッてんのか、あぁ!?」

 いきり立つ小隊長は言葉通りに突っ込む!

「ムゲンチェーン、劣化第五番! 捕えろ!」

 吸い付く鎖と弾く鎖、そういう性質を当然アリスは知っている、人間がエリオット教を知っている以上に魔族はエリオット教を目の敵にしているから。

 エリオットが持つチェーンより遥かに短く脆い鎖はまっすぐアリスに向かう。

 だが、アリスが口から吐いた数枚のコインが数本のナイフとなり、鎖とアリスの間に入る。

 捕縛のために吸い付く魔法を発動していた鎖は、そのナイフに巻きつき動きを止める。

 全然ムゲンじゃないチェーンはすっかり数本のナイフに囚われ、丸腰になった小隊長の兜の隙間にナイフを当てる。

「おおっと動くなよ! 動いたらお前の可愛い顔に一生残る傷がつくぜ?」

 皮肉タップリ込めて言うと、アリスはそれを人質にして、なんとかその場を出ようとする。

 なんとか会社の一階入り口まで来たが。

「あららん、魔族が歩いてるのねん?」

 どこかとぼけた様子の女性らしき鎧が、奇妙な話声をしている。

「ネ、ネード様……」

 十人いる神聖大隊長の一人、『盲目』と称されるのんびり屋の田舎者である。

「へいへいお嬢さん! この人質が見えねえのか、そこをどきな!!」

 ネードの視力は悪いわけではない、むしろ人よりも目は良い。

「どくわけには行かないのねん。魔族は捕えるのん」

 とムゲンチェーン(劣化第一番)を携えるが、妙に柔らかな雰囲気で戦闘という空気にならない。

 だが同じ鎧をつけているだけで敵だと思えるし、何より武器の長さは先ほどの比ではない。

 本来のムゲンチェーンは言葉の通り、遥か太古に作られた神の道具らしく、無限の長さを誇ると言い、劣化版はそのオリジナルの一部を使用するというもの。

 劣化第五番が三メートル未満であるのに比べ、第一番は千メートルの長さを持っている。といっても大部分は魔法により特殊な空間に収納されているが。

 人質を持っていてはアリスは戦えない。

 なら敵はどうか、人質がいて戦えるのだろうか。

 その疑問はすぐに解かれた。

「弾く鎖ー!」

 また間の抜けた声と同時に、長く長く鎖が放たれた。

 床を弾き、無造作無作為に跳ねる鎖がアリスも小隊長もそこらの調度品も他の兵も無害な社員も巻き添えに、暴れ狂う。

 まるで支えられなくなったシャワーのようにランダムな動き、それに加えてそれは触れるとバチンと強く弾く。

「ネ、ネード様! この者達は……」

「全員魔を匿ったのん、これも仕方ない犠牲なのねん」

 チェーンはどんどんと伸びてついには一階の広間全てで暴れ狂う。

 誰も何も意図しない、ネードですら鎖の暴走は固い鎧で耐えるという自棄無謀(じきむぼう)の技。

 アリスは巻き込まれまいと人質を解放し、攻撃の当たりにくい高所へ、天井の蛍光灯を引っつかみそこに待機するという荒技でそれを防いだ。

「うひゃ、滅茶苦茶するぜ。しかしどうするか……」

 もはやピンボールのように跳ね回る鎖は、滅茶苦茶に攻撃を繰り返す。

 そして、目に入ったのは部下の者達がどんどん弾かれ、吹き飛ぶ様。

「おいおい! 人間が傷ついているぜ! いいのかよ!?」

「死にはしないのねん、当たりどころが悪くない限りは」

 これが盲目と呼ばれるようになった理由の一つ、見境のない攻撃こそがネードの持ち味。

 アリスは口のナイフを全てネードに吐き捨て、そこから地上へ、ネードの方へ、跳躍した。

「俺にもわかる! てめえは屑だぜ、神聖ナントカさんよぉ!!」

 鎧の隙間は数あれど、攻撃がまともに通じるのは顔のみ。

 そこにナイフを突き立てる。

 だが、ナイフは腕ごと弾かれた。

 べきっと嫌な音がなり、変なほうに曲がった腕をアリスは見た。

「鎧の中にまで……鎖をっ!」

 強烈なナイフの一撃はあまりの破壊力に、弾かれた瞬間に自分自身すら傷つけた。

 そして鎖は既に弾く方から吸い付く方に変わっている。

 腕が折れたまま、強引に鎖はアリスに巻きついた。

「それじゃ、厳正な審議の末に異端審問にかけるのねん」

「放せっ! クソッタレ!!」

 ありとあらゆる暴言を吐くアリスを、ネードは一発殴って黙らせた。

 鼻から血が出て、大きく頬を腫らした。

 魔族に人権がないとは言ったものである、誰もそれを諌めることはできない。

「あー、そうそう、忘れてたすけど、この会社の名前の、ジョンズ、て誰なのん?」

 アリスの耳がピクッと動く。

「特に意味はねえよ。格好いいからつけた、それだけだ」

「はあん、そうなのねん? セルゲイ・ジョネスとかキック・ジョンズは関係ないのん?」

 高名な魔族の名であるが、アリスは平気な顔をした。

「俺みたいなしがない商人が交友関係を持っていると思うのか?」

 ネードは何も言わず、ただ鎖を持って引っ張り歩く。

 もしかしたらそういったバックボーンがあってこの仕事をしているかもしれないと思ったのだが、どうやら見当違いらしい。

 他の信徒達もそこいらの人間を捕えて歩いた。

「リース・ジョンも関係ないのん?」

 ふと調べて出てきた特殊な名前を出したら、アリスの震えが鎖を通じてネードに伝わった。

「誰だそれ、知らねえな?」

 取り繕っても分かる、明らかに隠そうとしていると。

 かつてアリスが魔女に操られていたという時に活動していた学校に不自然な時期の転校、その校内でも著名なゴリアックやシズヤ、イツキに親しくしている事実。

 怪しい人物は怪しい人物と繋がるとネードは勝手に納得した。




 南より上陸したエリオット軍の動きを、リースとロゼッタ、そしてノルドは確認した。

 三人は既に空港のすぐ傍にいるが、わらわらと動き出した一団を見送る。

「凄い数だな。まだ出てくるぞ……」

「神聖大隊長まで出ているという話です。本社は大丈夫でしょうか……」

 本社は既に差し押さえられているが、それは第三地域の話。

 ここは第二地域なのでアリスがどうなっているかはすぐには知ることができない。

 一番恐れおののいているのはロゼッタである、恋する乙女とて現実に直面しては夢から覚めるというものだ。

「ちょ、ちょっと、エリオット教と戦うなんて正気なの!? 聞いてないわよ!?」

「不安なら今すぐ帰れ。無理強いはしない」

 リースは冷徹に伝えるとノルドと顔を合わせて、言う。

「ひとまずは、真正面から攻め込むか」

「リースさん! 我々の目的は戦うことではありません、我々の同胞を救うことです。だからやるべきは空港の解放、そこを見張るエリオット教を遠ざけること、何より、アリス様を助けることです」

 と、なると、これからすべきことは空港を解放するための策を練ることである。

「ならどうする? 結局は全員倒すしかないのではないか?」

「いえ、エリオット教は権力で飛行機を止めているわけではありません。ただ見張り、怪しい人物を通さないようにしているだけです。つまり、飛行機は通常通り動いているんです」

「ということは……」

「飛行機に乗り込んで、第三対魔女学校のところに行くんです……」

 第二地域から第三地域への移動、そして会社に行きアリスを助けるのがノルドの計画。

 だが、リースが簡単な事実を言う。

「それなら歩いて行けばいいではないか?」

 言ってしまえば、駅一つか二つ分程度の距離である。

 しばらくの沈黙の後、ノルドは顔を真っ青にした。

「そうだ……最初からそうすればよかったんだ……なんで僕は飛行機に拘ったんだ……?」

 すっかり絶望した様子のノルドをロゼッタが励ます。

「だ、大丈夫ですよ! 飛行機の方が断然速いですし、ジョンズには空港の方が近いですから総合的には速いですよ!」

 確かに大型の飛行機のみならず、数人乗りの飛行艇も動いているため、その方が速いことは確かだが。

 すっかりへこんでいるノルドを励ますロゼッタの言葉を聞いて、リースはやはり立ち上がった。

「なんだ、やはり倒さないといけないのではないか!」

 リースは堂々と歩き始め、堂々と通り。

「おいお前怪しいな、名前はなんという?」

 というエリオット教の質問に全く答えず。

「正義を盾に私利を求める者どもよ! この銀の武闘家(シルバーファイター)が天誅を下す!」

 銀を纏い、金の鎧を打ち破った。

 台詞は、エレノンが急ごしらえした。

 そして炎を纏い、銀を打ち込む。

 顔面の兜が薄くなっている部分ごと顔面を打ち壊す。

 腹と下半身の継ぎ目の部分も打ち壊す。

 関節部分は炎舞炎膚を使うと熱のためにすぐ役に立たなくなるため、それも重用(ちょうよう)した。

 それをノルドとロゼッタは信じられないといった表情で見つめていた。

 リースはエリオット教がいかに強大か知らないのだ。

「ふっ、数だけ多い雑魚め」

 しかし実際、リースは雑魚相手なら余裕だった。

 飛んでくる鎖をかわしつつ、『悪射炎擂』で関節部分を殺したり、鎖を払ったり。

 リースは勝った! 動けなくなった黄金鎧の集団がそこらに転がり、数々の人間が通報しようと拍手を送ろうとリースは勝利し、無事にお金を払い飛行機に乗り込んだ!

 ロゼッタとノルドはなるべく他人のフリをしながら、同じようにした。

 リースの行動は無謀でしかなかったが、結果的には良い行動となった。

 第二の領土で敵が出現ということでそこに集められる、すると最寄の第三から多数の兵が割かれる。

 そうして、リース達は第三の領土へと飛行機で向かった。



 一方、学校ではイツキ達が悩みに悩んでいた。

 果たしてリースと変なロゼッタだけに任せていいのだろうか、と。

「リースさん、本当に大丈夫でしょうか……」

「……リース、強い、大丈夫」

「そもそも戦うわけじゃないでしょ? だったらリースとか関係なくない?」

「でも、リースは勝手に戦いそう……」

 シズヤの一言に全員が納得した。

「心配だから,今からでも追いかけよっか?」

 改めてシズヤが呟くが、それはイツキが反対した。

「いやそれは、先生が怒るんじゃないか?」

「でも心配なんですよね? イツキさんも、皆さんも」

「……私が、予言する」

 秘術発動、球が出現、水晶玉のようにエレノンが手をかざす。

「見える……見える……見えた!」

 三人が一斉にエレノンを見つめた!

「……ゴリアック、全戦全勝、すごい」

 特に言葉もなく、冷たい溜息が三つ重なる。

 その予言に反応してくれたのはネロのみ。

「ま、元々期待はしてなかったですけど。でもゴリアックさん、すごいですね」

「ゴリアックさんはすごいけど、今はリースの話だよね?」

「どうする、追いかけるか、待つか?」

 イツキの提案は、リースとの友情と国への忠誠心を、つまりは自分と他人を比べるような決断。

 そこまで深く考えている者はイツキしかいないが、シズヤは即答した。

「私、行きたい。もしかしたらリースともう二度と会えなくなるかもしれないもの」

 深い言葉にイツキ達も心揺らいだが、シズヤとは力の差が大きくある。

「わ、私は……きついです。強くもないですし、エリオット教を敵に回したら、お母さん達が……」

 シズヤのクロスフィールド家は名家、そこなら娘が戦おうと権力でも争える。

 しかし、他の家はどれも普通の家、見せしめとして何かされてもおかしくはない。

 が、もう一人、ぬけぬけという奴がいた。

「……私も……行く。足手纏いでも……親がやられても……構わない」

「……正気?」

 イツキが問うと、エレノンは一歩踏み出した。

「じゃあ行きましょ?」

 エレノンはシズヤの言葉に頷いた。

 残された二人は、すぐにその場から動こうとしなかった。


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