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エリオット教編3・鎧と仮面

 シズヤとリースの決闘より時、数刻前。

 羽を失ったコントン・スクラム・リーンエッジは魔女大陸の歓楽街を遊興していた。

 実はリースがアリスを倒したわけではないと知り、しかも自分を倒した憎きゴリアックはしばらく会えないという。

 復讐と自らの力を誇示するためにももうしばらくここに残り、再びゴリアックを倒さなくてはならない。

 無論、羽をそれまでに復活させるのは必須、そうしないと勝てないということは分かっている。

 だが、出会ってしまった。

 黄金の鎧を纏った大男、エリオットに。

(エリオット教の男ですか)

 特徴的な鎧は信徒として神聖隊という軍に入れば常備している。これが最下位の戦士から最高位のエリオットまで全く同じ形。

 大体の信者は自身を見ても、見て見ぬフリをする。いかにエリオット教が武装の宗教といえどコントンはわけありの実力者、街中で戦うには忍びない。

 またコントンもただ戦うのは面倒なうえ、今はリースに羽を叩っ切られている。無視する他ない。

 運が悪いのは、彼がエリオット教の人間の中でも、大多数の信者ではないことだ。

「待て、魔族」

 低い声がコントンを射抜く。

「あ?」

 冷血で冷徹のコントンは激情しやすい。むしろ怒りっぽい。

「今、排除してやる」

「そんなことしていいんですか? 今この大陸にときめくジョンズ貿易会社は、私の兄の会社なんですよ?」

 ふと、それを言った。

 大した意味合いはなかった、どうせ殺す敵にいろいろな絶望と幻滅を与えた方が気持ちいいと思ったから、完全な自己満足のためであった。

「それは、本当か!? だとしたらこの大陸は……ううむ」

 反応が予想と違ったため、コントンは殺すしかないと判断する。

「まあ何でも構いません。あなたは今ここで死ぬのだから気にするのはやめましょう」

 羽がなくてはムシも集められず、音も出せない。

 だが、コントンの肉体はただそれだけで暴力というものの象徴と言っても過言ではない。

 鋼鉄のような甲虫のボディ、筋肉の塊のような肉体に脂肪はほとんど一切ない。

 が、コントンから放たれた拳はあっさりとエリオットの体から離れた鎖に弾かれる。

 そしてその鎖はそのままコントンの全身を包んだ。

「ムゲンチェーン・慙愧縛り」

 エリオット教が奉る法具とも呼ぶべき代物がムゲンチェーンであり、本物は教主のエリオットしか持っていない。

 なので、コントンは縛られて初めて気付く。

 四肢をまとめて背中にまとめ上げられ、苦痛の呻きとともにコントンは言葉を吐く。

「そんな……馬鹿な……」

 抵抗はしなかった、絶望しかなかった。

「お前は一定期間の審査の後、異端審問会に引き渡す。精々それまでに情報を吐くことだ」

 体重二百キロを越えようという巨漢のコントンを、エリオットは背負う。

 情報は電話で、信徒達に、忠実な部下達に伝える。

 だがそれより早く、大陸のあちこちにいるアリスの部下達が一部始終を見ていたのだ。



 そして数刻後、リースとシズヤが戦い、眠り、目を覚ました後。

 校長室にリースとシズヤ、そして先ほどの男が連れられた。

「私、アリス・スクラム・リーンエッジ様の部下で『ジョンズ貿易会社』で人事部課長をやっています、ノルド・カーンと申します」

「それで、ノルドさん、緊急事態とはなんですか?」

 校長の後ろにリース達のクラスの眼鏡女教師が控え、リースとシズヤが同じソファで気まずそうに座っている中、ノルドは思い出したように急ぎ答える。

「コントン様がエリオット教に攫われました! まずいのはアリス様のこともバレてしまったらしく、我々含むこの大陸に攻撃をしかける可能性があることです!」

「どういうことだ?」

 リースにはことがてんでわからない。

 が、シズヤが答える。

「エリオット教って結構物騒なところがあってね、この大陸中に魔族が率いる会社が広がっているなら、この大陸ごと消すしかない、って考えるだろうってこと」

「はは、そんな馬鹿な……」

 リースは笑ったが、他の者はいずれも真剣な顔をしている。

「……本当なのか? ぞっとしない話だ」

「前例があるからね……ゾッとするよね?」

 シズヤとリースはイマイチ噛みあわない会話をしながらも、状況は理解しつつある。

「で、それで私達にどうしろと言う? 援助など……私達が援助してもらっている立場ですし」

 戦人として話していたはずが、先生はすぐに自分達の立場を思い出し敬語に戻す。

「いえ、武力をお貸しして頂きたいと、アリス様直々の命令です」

 先生と校長が顔を見合わせる。同時に、シズヤも一瞬だけ誰にも見せないほど鋭い顔をしたが、それには誰も気付けなかった。

 エリオット教自体は疎ましくとも、そこと仲良くしている大陸は多いので、エリオット教と争うことでこの魔女大陸の同盟関係にも不利益が出る可能性はある。

 が、唯一公然の同盟であるセンゴク大陸のサド国はビシャモン信仰であるため、別段そこに不利益はないのだが、問題は他である。

 人間の勢力でエリオット教と敵対する勢力はない。もしこの魔女大陸の人々がその第一例となってしまっては、魔族が移住して犯罪率が上がるとか、人間の別な大陸に攻め込まれるとか、デメリットが多すぎる。

 しかしアリスの会社のおかげで、閉鎖的であるこの大陸に新風が起こったのも事実、恩はあるのだ。

 それはもはや、この第二対魔女学校の一存で決めることができる問題ではない。

「どうしますか? 他の学校と連絡を取らなくては……」

 そもそも神聖隊五十万の軍勢に攻め込まれてはこの学校の生徒だけでは物量に負けると思われる。

 不死身の疲れ知らずゴリアックもいないし、他の学校と相談するしかない。

「少々時間をください。今、他の者に助力をいただけるか相談しますので」

 校長は電話を取る。

 その間、シズヤがリースの肩に手ををやろうとしたが、すぐにはたかれた。

「主の印象も大分変わった」

「どうでもいい人、って思われるよりかは、マシかな」

 複雑な話の途中に色気を出すなど……、とリースはこれからシズヤとどう付き合っていけばいいのか分からない。

 きっとエレノンのように愛想よく無視をすればいいのだろう、だがそれができるほど器用じゃないから困るのだ。

 校長が何度も長い電話をするが、シズヤ以上にノルドの方がいてもたってもいられない様子だ。

「ノルドさん、どうかしましたか?」

 先生が尋ねると、電話中にも関わらずノルドは大きな声で。

「こうしている間にもエリオット教の奴らがこの大陸に来て、我々の同胞を捕まえ、アリス様を処刑する、などと考えると、もう、もう……!」

 整った短めの髪をぐしゃぐしゃにして、ノルドは嘆く。

 エリオット教は魔族に協力する人間すら異端審問にかけ、処刑することがある。

「ノルド殿、私が加勢しよう」

 校長も電話を止めるほどの衝撃、先生もシズヤもリースを見つめた。

「何、言ってるの? リース、危ないし危険だよ、やめようよ」

「大丈夫だ、見てろ」

 リースが立ち上がると、彼女の顔におどろおどろしい鬼のような銀の仮面がつけられる。

銀装飾(ギンソーショク)! これでバレない」

 ふふん、と仮面の下の満足げな表情が容易く想像できるほど、リースの反応は目に見えた。

「リースだけじゃ不安だから、私も手伝います」

 シズヤが言うと、今度は先生達が止めた。

「シズヤさんは敵に正体がバレています。それなのに戦わせるなんて……」

「出会った敵を全て殺します、それなら問題ないですよね?」

 流石に誰もが絶句した。

 冗談なのか本気なのかすら判別つかないが、嘘をついている様子には見えない。

「何も殺さなくても……」

 流石のリースですら諌める。だがシズヤは変わらず笑ったままの顔をしている。

「馬鹿は死ななきゃ治らないって、言うよね? だからさ、あんまり生かしても意味はないかなーって……」

 冗談ではなさそうだと判断すると、校長がすぐに言った。

「却下します。シズヤさんは駄目です」

「となると、私はよいのだな?」

 校長は沈黙する。

「……私は知りません」

「そういう姿勢だな! うむわかった! では行こうノルド殿!」

 まるでわかってなさそうなリースは、銀の仮面を作り出し校長室を出た。

「リース! 一体なんの話だった?」

 イツキが問うと同時に、エレノンとネロも身を乗り出す。

 何と言ったって男。この大陸の女子にとってみればテレビでしか見ない激レアな存在、驚くし、見たがる。村に来たサーカスみたいなものである。

「お、男、男、むふー!」

「エレノン、そうじゃないですよ! 一体どんな用事なんですか!? まさかお風呂を覗くために来た、とかじゃないですよね?」

 ここらの女子はサドシマ・ムツキのために男のイメージが酷いことになっている。

 ノルドが姿を現すと、なんだかんだいって三人とも歓声を上げた。

「め、眼鏡、眼鏡、むふー!」

「イツキさん……エレノンみたいな反応はやめてくださいよ……」

「じゃあ改めて。眼鏡、スーツ、ネクタイ、黒髪、これが意味する物は一つ……ごくり」

「……イツキ、普段からそれくらい正直なら、好き」

「そっそうですか!? 私は今のイツキさんに何か末恐ろしいものを感じるんですが……」

「というより、本題はそれじゃないだろう!」

 銀の仮面に何の反応もないのが少し傷ついた。リースの中では格好いいものであった。

 だが、また闖入者が現れた。

「待って! 私の名は、ローズ仮面!!」

 舞踏会に出るような目元だけを隠す金色のマスク、巻き毛になった赤い髪が特徴的な女性がそこにいた。

 突如現れたハイテンションお姉さんに、流石に口を閉じるしかできない四人。

「ふむ……なかなか格好良いな」

 リースだけはトンチンカンなことを言った。



 左からローズ仮面、ノルド、シルバー仮面が歩いている。

 ローズ仮面が何者か、正体は全く不明であるがリースはそれがついてくることを許した。

 主も正義のために戦うのか、ならば一向に構わん。

 そんな一言だけで許された。

 実際ローズ仮面……もとい、二年生のロゼッタ・イルスは自分が二重の意味で切り捨てられるかもと内心ヒヤヒヤしていたが、ともかく上々であると考える。

 数少ない男性と接する機会、普段は殊勝過ぎる性格の彼女も少しは淑やかに、お婿さんをゲットしたいわけである。

 エリオット教を叩き潰すというで野蛮で無謀な目標に肝を冷やしながらも、哀れ恋に恋する乙女は立ち向かうのだ。

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