エリオット教編2・シズヤの告白
珍しくばったり会ったシズヤとエレノンが一緒に廊下を歩いていた。
「ねえエレノンちゃん知ってる? ゴリアックさんが第一校の最強の人を倒したんだって」
「……知らずとも知ってる、ゴリアック最強!」
エレノンは拳を挙げてまでゴリアックを崇拝しているようで、シズヤは思わず苦笑いした。
と、そこで。
「では失礼する」
黄金の鎧に鎖を巻いた大男が、校長室から出てきた。
たまたま通りかかっただけなのだが、その男はシズヤを見ると僅かに見える目の色を変えた。
「……シズヤ・クロスフィールド?」
目に見えて驚き警戒する様子の大男は鎖に手をかけ、姿勢を整えた。
「はい、どなたでしょうか?」
「……敵っぽい」
シズヤは油断と余裕を持って、エレノンはいつでも秘術が発動できるように警戒して、鎧を見つめた。
「あの、用が済みましたらすぐにお帰りください」
校長が大男に言うと、大男はなんとか警戒を解いたようで鎖から手を放し、毅然と歩いた。
ふん、と吐き捨てるように、侮蔑するように吐いた言葉と視線がシズヤを嫌な気持ちにしする。
「今の人、なんだろね?」
「……直接聞けないなら、間接的に聞けばいい。校長先生」
言われて校長はびくっと驚く。
「な、なんですか? ええっと……」
「……私の名前は今はどうでもいいです。今の男の人は誰でしょう? どこから来たのでしょう?」
エレノンは強く追及する。
そう、男であった。この大陸にはまずいないはずの、男。
「ああ、あなたたちは知らなくてもいいんですよ?」
明らかに何かを隠そうとしている様子で、あまりいただけない反応である。
「でも先生、私は名前を知られていたんですけど……」
シズヤの意見ももっともである。見知らぬ男に名前と顔を覚えられるなんて、一応お嬢様のシズヤにはそぐわない。
校長も迷った風に頭をかくが、ついに観念した。
「正直秘密にして欲しいんだけど……」
周りをきょろきょろしてから校長は二人を手招きする。
そして二人がソファに座ったところで、明かされる。
「エリオット教を知っていますか?」
「えーと、悪を滅し善を助ける正義の宗教、ですよね?」
「……でも、最近は無差別に魔族を攻撃している。悪徳宗教……」
「二人とも詳しいわね。要するにあの人はそういうこと」
「……幹部?」
エレノンが雑に聞くと、校長は人差し指を口に添えて言った。
「本人です」
するとシズヤが狼狽したように再び問い直した。
「本人って……エリオット教の頭のエリオットっていうことですか!?」
しーっ、と諌めてから、校長は静かに頷いた。
「ど、どうしてまた、そんな……」
「それは秘密です。あなた達は今まで通り今まで通りのルールを守ってくれればいいんです。何も気にしない」
そして二人は強引に校長室から押し出された。
結局、何故エリオットがここに来たのか、それは分からずじまいだった。
噂とはどこから漏れるものかわからないもので、すでに学校中にそのことが広まっていた。
「エリオット……? ふむ、強いのか?」
「リースさんはいつもいつも強いか弱いかでしか判断しないですね!?」
「それは仕方ないことよ。それに、強いんだからいいじゃない?」
ネロ・イツキ・リースの三人がそのことについて話していた。
「問題はどうしてそのエリオットがここに来たのか、よ。もしかしたら、魔女退治に協力してくれるかも、って専らの噂よ」
「ほー」
魔女は一人で相手にしたいというのに、そんな強力な勢力が手伝うとなるとリースにとっては逆効果、ということで興味なさげに一息ついたが、対するネロは興奮している。
「それって凄いことですよ!? 一つの大陸を支配するほどの宗教ですから、その門徒も強いですし、何よりエリオット教は最も武に長けた宗教と呼ばれているんですから!!」
「坊主が強いのか、なんだか不思議な感じがするな」
そんな他愛もない話の中で、シズヤとエレノンが合流した。
「ねえみんな、なんの話しているの?」
ちなみに、シズヤが強引にエレノンを引っ張ってきた形である。
「エリオット教の偉い人が校長と会ったって話ですよ!」
嬉しそうなネロに対してエレノンは複雑な表情を浮かべた。
「いい人じゃなさそうだった……」
「会ったですか!?」
感激に震えるネロの瞳を、エレノンとシズヤは気だるい視線で返した。
エリオット・マーグレー。
聖エリオット教大陸において最高の権力を持つ男である。
顔は精悍にして清潔、ブロンドの髪を全て後ろに纏めた育ちのよさそうな壮年の男性。
鎖に弾く力を加える、吸い付く力を加える、という付加魔法二種。
これがエリオットの能力にして、彼を崇拝する信徒全員の能力である。
「若くして大陸に巣食う魔族を退治してエリオットは神になったのよ」
イツキが淡々と説明して、全員首を捻った。
「確かに、本当に強いんですかねぇ? くっついたり弾いたりするだけですし」
「……ゴリアック最強説、止まらない」
「聞いている限りじゃ、魔女には勝てなさそうだけど……」
ネロ、エレノン、シズヤが疑問の眼差しを向けるとリースが叫ぶ。
「やはり直接戦わねばわかるまい! シズヤ、エレノン、そいつはどこに行った?」
リースはそいつと戦うという新たな目標を持ったが、シズヤ達は黙って首を振るだけだった。
そして放課後になり、鎌部の練習が始まった。
予定は大きく変わってしまったが、折角の長期休暇のほとんどを訓練に費やすということに変わりはなかった。
イツキとシズヤは訓練手伝いである。
「ではネロとエレノンはイツキと、私はシズヤと戦う!!」
実際の実力を見れば組み合わせを変えた方が良いのだが、ともかくリースはシズヤにリベンジしたかった。
「うーん……わかった。それじゃリース、来て」
「あれ、どこに行くですか?」
「近くで戦うと巻き添えがでそうだから……」
シズヤがそう言うと、皆納得した風に二人を見送った。
「じゃ、私達もやろっか。最近新しい強い弾を開発したからその実験がてらにね」
切磋琢磨する友情もある。
シズヤ・クロスフィールドはクロスフィールド家という超名門のお嬢様である。
姉が二人と両親がいる五人家族に、親戚は数多く、家にはメイドと執事もいるわかりやすい大富豪。
しかしその三姉妹の中で最も危険とされているのがシズヤ本人である。
食わせ者の長女、真面目な次女、そして黒と白を兼ね備える三女。
時に疑い時に信じ、時に真言を時に嘘を、幼い頃からこの家を支配していたのでは、などとまで言われていた。
今でこそ腹黒なんて一言で済むシズヤの性質が、子供の頃はまさしく将来は悪人か政治家か、と言われるほど。
しかしながらも幼いシズヤは、その扱われ方に心を痛めていた。
姉の経歴を辿るように魔女の大陸で入学したシズヤはそこでも才覚を発揮し、特殊ながらも楽しげで寂しい日々を送っていた。
だがある日から雰囲気ががらりと変わる。
リース・ジョンとの出会いである。
リースとシズヤが、対面する。
「ねえリース、ただ戦うだけじゃやる気が出ないから、条件とかつけない?」
「主のやる気など知らん、構えろ」
「え、えー……あ、や、やる気がなくて、戦う気がしないなー」
明らかに思いついた後、棒読みの答えだがリースは冗談だと受け止めつつ、仕方なく応える。
「で、どんな条件がいいんだ?」
シズヤは指を弄ったり頬を赤らめたりしてあからさまな雰囲気を出しつつ、告白する。
「……もし、私が勝ったら、その……私の物になって?」
「…………なに?」
なんとなく、朴念仁のリースでもいろいろと何となく分かるようになってきた。
「ふむ、イツキが言っていたな。こんな感じのことを」
女子が女子に恋愛という状況、この大陸だからこそ顕著であり、常識として認められつつあるという。
しかし自分がそうなるとは思わなかった。
「一つだけ尋ねるが、冗談ではないのだな?」
「うん」
シズヤはまだ。恥ずかしげだ。
「……なぜ?」
「さ、最初の方はあんまり好きじゃなかったんだけどね……む、むしろ、嫌いなところもあったんだけどね」
それはリースも知っていることだ。むしろリースは今もシズヤの性格は苦手である。
「リースって……可愛すぎるから」
「なにぃ?」
思いも拠らぬ言葉に思わず顔が歪む。
「弱いのに強がったり、男らしかったりするのに怖がりだったり……ずっと抱きしめていたいの」
男らしいとは言われるが、まさか愛玩用と思われるのは流石に不服である。
「ふざけるな! 私がそんな……」
「決定権はリースにないの。私が勝って私のものになる、それだけだよ」
地面から植物が生え、瞬く間にリースを逆さまの磔にした。
「私とリースがはじめて戦った時と同じ状況だね。でも、もう引っ張ったりしない……」
シズヤは唇に指を添えた。
「キス、してあげる」
「『銀剣』!!」
リースの体から生えたのは銀で出来た刃。
それが植物を切り、リースは難なく拘束を抜け出す。
シズヤがそれを見る瞳は、絶対零度の冷たさ。
「私とて秘術を得、特訓し、強くなった! もう以前の私ではない」
銀がなくとも、武術も極めつつあり炎舞炎膚の新技もある。
初めてシズヤと戦ってもう二ヶ月以上、リースの成長は目覚しい。
「……もうちょっと弱い方が可愛いと思うんだけど」
「私は可愛さなど求めていない! ただ強さあるのみだ!」
「イツキちゃんなら可愛い方優先だと思うんだけどなぁ」
ふむ確かに、とリースも心の中では納得したが、今はそれどころではない。
「シズヤ、全力で来い。私をモノにしたいのならな」
「また、可愛いこと言って。でも本気は出さないであげる。そしたら可愛がれないから」
リースの四方から、植物が生える。
「動じない騎士騎士!」
根が地表に出て動く食肉植物、特徴的なのは左に大きな蕾の盾、右に鋭い蔓の鞭を供えている姿。
まさしく騎士のような植物であるが、倒した相手は容赦なく茎の頂点にある葛に放り込み溶かして栄養にする。
「これ、普段なら溶かしてドロドロなんだけど、ちょっとマイナーチェンジしてるの。中の液体に触れると……ふふ、もう私なしではいられなくなるよ」
意味深な言葉に不安を覚えるが、警戒は元々している。ただ倒すだけ。
「植物には『炎舞炎膚』っ!」
炎を纏うリースの秘儀、今回の技は中でも特殊。
「邪法と呼ばれるのだが、新たに会得した奥儀……『悪射炎擂』」
悪の手とされる遠距離攻撃の拳。
拳を空に放ち、その炎を射出するという禁じられた技であり、唯一の遠距離攻撃。
最終奥儀である『零通火』はいまだリースが覚えていないが、『破我納火』と『悪射炎擂』を覚えているだけで立派な炎舞炎膚マスターと言えよう。
あっという間に四体の植物騎士を貫き、リースはシズヤをガンと見据える。
「次は主だ!」
同じように悪射炎素をシズヤに撃つが、炎は当たる直前に消えた。
無論消えるような距離でもなければ、リースが消そうとしたわけでもない。
「それってもう拳法って言うより……完全に魔法だね」
シズヤはいつものように困った風に笑う、まるで戦闘中だと思わせないかのように。
それだけ、シズヤは余裕を持って戦っている。
「今度はこっちから行くぞ!」
「あははっ、順番なんか気にしなくていいのに……」
火華馬猛で一気に近づき、破我納火、そして究極奥儀の晴日。
だが近づいていくと、両手に灯った火が、足から加速する炎が消える!
「私のもう一つの能力、忘れてないよね?」
空気を操るとか風を操るとは聞いていたが、全く風は感じない。
それもそのはず、操るとは風を吹かせるだけではないのだ、火から空気を奪い、燃やせなくする。
「空気を……!」
だが勢いはもう止まらない、火のない破我納火でも敵を浮かすことはできる。
「無術『破我納火』!!」
シズヤの体に拳が触れようとした瞬間、リースの態勢が崩れる!
風、圧倒的な風圧がリースの真下、地面から吹き荒れたのだ!
浮かび上がるリースの頬をシズヤは持って、そのまま顔を近づけて……。試みるのはキス!
「銀剣!」
両頬に手を当てキスしようとしたシズヤだが、リースの頬から銀の刃が飛び出てそれを防ぐ。
だが傷は両手の指は深く傷つけるのみ。
リースはそのまま攻撃を続けようとするも、また地面から大量の植物が天を衝くほどに伸びたので後に引いた。
植物の壁の後ろ、シズヤは『な治癒らる』の葉を、歯でちぎり指に巻いた。
流石に油断しすぎたか、と自分を戒めつつ、しかし抑えられない想いを否定はしない。
「捕えて……吸ってあげる」
一体何を吸うのかは、シズヤにしかわからない。
彼女は傷を受けて弱気になる事はなく、しかし本気になる事もなく、変わらぬ強い意志を持った瞳で立ち上がった。
植物がまるでヒーローを通すように自動的に開かれ、リースと改めて対面する。
リースとしては致命傷を与えなければいけない、だが炎舞炎膚は利かず、そもそも近づくことすら難しい。
まだ『銀装』も『格闘華和』も残っているが、それが実際に通用するかどうかは不明!
当たれば倒せるとしてもどうやって当てるかが問題!
一方のシズヤは、リースをどうやって討伐するかではなく、どうやって調教するかの方に主眼を置いている!
だがここで、闖入者が現れる。
どう見ても人間であるが、目を引いたのはスーツ姿の男性であったこと。
息を切らせるスーツの眼鏡は、状況を理解していないがすぐに言う。
「すみません! リース・ジョンさんですね!? お話をいいですか!?」
「あとにしろ」
男とかどうでもいい、そんな感じである。
シズヤに至っては目にも入っていない。
再び地面から植物が生える、今度生えた物は、極端に花弁が大きいもの。
「……なんだ?」
普段呼び出す巨大なトロールをも飲み込まんばかりの物に比べれば、普通の花のように小さく、しかし数多く。
「そうだね……夢見草とでも名付けようかな。いい気分になれるよ?」
花粉が舞う、同時に男が真っ先に倒れた。
睡眠作用、そうリースが判断した時にはもう遅かった。
体が急にだるくなり、足が自分を支えられなくなる。
「くっ、シズヤ……」
だがシズヤはすでにすやすや眠っていた! 花粉に睡眠作用があるが、シズヤはそれの対抗策を持っていない!
(……いったいなんなんだ?)
その男も含め三人とも、倒れることとなった。




