何もない日
アリスと出会ってから、一週間近くが経とうとしていた。最初は、部屋に天使がいるという状況に慣れなかった。
朝起きたら天使がいる。
冷蔵庫を開けたら天使が麦茶を飲んでいる。
漫画を読んで笑っている天使がいる。
少し前の俺なら、絶対に信じられない光景だった。
でも、今では。
「ヒロト、おはよう!」
「……おはよう」
朝起きて、アリスに挨拶されることが当たり前になっていた。
「今日はどうする?」
朝食を食べながらアリスが聞いてくる。
ちなみに、アリス含め天使は食事をする必要はない。でも、人間の食事に興味があるらしく、最近は一緒に食べるのが当たり前だった。
「何かしたいことある?」
俺が聞き返す。
「うーん……」
アリスは真剣に考える。
「散歩」
「また散歩?」
「うん。」
意外だった。散歩はこの前もやったし、映画とか、ゲームセンターとか、買い物とか、そういうものを選ぶと思っていた。
「ダメ?」
アリスは首を傾げる。
「いや、良いよ。俺も散歩好きだし」
外に出る。
目的地はない。
ただ近所を歩く。
道端に咲いている花を見る。
公園で遊ぶ子供を見る。
商店街で買い物をする人を見る。
そんな、普通の時間。
「ヒロト」
「ん?」
「人間って面白いね。」
アリスが言う。
「何が?」
「同じ道を歩いているのに、みんな違う顔をしてる」
「嬉しそうな人もいる」
「疲れている人もいる」
「急いでいる人もいる」
少し笑う。
「私、そんなみんなが大好きだ!」
俺はアリスを見る。
最初に会った時。
彼女は人間を助ける存在だった。
困っている人を見つけて。
少しだけ奇跡を起こして。
そして次の場所へ行く。
そんな生活だったらしい。
でも今は、俺のために俺の隣で歩いている。
どうでもいい話をして、くだらないことで笑ってくれる。
「ヒロト」
「なに?」
「さっきから顔見てるけど……」
「え?」
「私の顔に何かついてる?」
「いや」
慌てて目を逸らす。
「なんでもない」
「変なの」
アリスは笑った。
途中でコンビニに寄る。
アリスは新商品のスイーツを見て悩んでいる。
「どっちがいいと思う?」
「俺に聞かれても」
「でもヒロトの意見が聞きたい」
「じゃあ……こっちかな」
「えっ?そっち?」
俺が指した方とは別のアイスを選んだ。
「私がこっちを選べば、2人で半分こできるでしょ?」
アリスは無邪気に笑う。
その笑顔を見ると。
俺も嬉しくなる。
いつものように家に帰る。
「ただいま」
言ってから気づく。
「おかえり!」
一緒に帰ってきたアリスが返してくれる。そんな姿が少しおかしくて、なんだか嬉しかった。
ついこの前までは、誰もいない部屋に向かって言うだけだった。
でも、今は違う。
アリスが返してくれる。
その瞬間、胸の奥が温かくなった。
夜。
アリスはベッドの横で漫画を読んでいる。
俺もその横で漫画見る。
会話をしているわけでもない。
嫌な沈黙じゃない。
誰かがいる。
それだけで安心する。
ふと思う。
もし。
アリスがいなくなったら、この部屋はまた静かになる。
朝起きても、
「おはよう」と言ってくれる人はいない。
帰ってきても、
「おかえり」と言ってくれる人はいない。
考えた瞬間、胸が少し苦しくなった。
最初は、幸福の色を赤にするためだった。
アリスは課題のために俺の前に現れた。
俺も、暇だったから付き合っただけだった。
そう思っていた。
でも、今は違う。
アリスが笑うと嬉しい。
アリスが楽しそうだと安心する。
アリスと一緒にいる時間が、もっと続けばいいと思う。
俺は、アリスという存在そのものを、大切に思っている。
俺は、アリスが好きだ。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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