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見習い天使のルージェ

 アリスと出会ってから、四日目。

 朝起きると、窓の外は雲一つない青空だった。


 「今日は何する?」

 目を覚ましてすぐ、アリスはそう聞いてきた。


 普通なら。

 起きてすぐ誰かに予定を聞かれることなんて、面倒に感じるのかもしれない。


 でも、今は違った。

 誰かと過ごす予定がある。

 それだけで、朝が少し楽しみになる。


 「アリスは何したい?」


 俺が聞き返すと、アリスは少し考える。

 「……うーん」


 珍しい。


 いつもならすぐにやりたいことを言うのに。


 「実はね」

 アリスは少し恥ずかしそうに笑った。


 「何もしない時間も好きかもしれない」


 「何もしない時間?」


 「うん」


 アリスは部屋を見る。


 「昨日映画を見た時もそうだったけど」


 「ヒロトと一緒にいるなら、特別なことをしなくても楽しい」


 その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。

 俺も同じだった。


 ちょっと前までは休日が嫌いだった。

 予定がないから。

 予定がないと、何をすればいいか分からないから。


 でも今は、何もない時間が怖くない。

 隣に誰かがいるから。


 今日はは、近所を散歩することにした。

 特別な目的地はない。


 ただ歩く。

 それだけ。


 途中でコンビニに寄って。

 公園のベンチに座って。

 買った飲み物を飲む。


 そんな一日。

 でも、アリスは楽しそうだった。


 「ヒロト」


 「ん?」


 「人間って不思議だね」


 「急にどうした?」


 「昨日も思ったけど」

 アリスは空を見る。

 「何でもないことを幸せにできるね」


 「お散歩とか、ご飯とか、誰かと話すこととか。天使には、そういう感覚が少ないかもしれない」


 「そうなのか?」


 「うん」

 アリスは頷く。


 「天使は、人間を幸せにすることが役目だから。自分が幸せになることは、あまり考えないんだ。」


 そうだった。

 アリスは見習い天使で、今は一人前の天使になるために、下界に降りてきているんだった。俺は、アリスが課題をクリアした後のことが少し気になった。

 「一人前の天使になったら、何をするんだ?」


 アリスは少し嬉しそうに説明する。

 「人間の世界を見守るの」


 「へぇ。神様みたいなもんか」


 「まぁ、そんな感じだね。でも、地球全部を見るわけじゃないよ」


 「?」


 「それぞれ担当する場所があるの街だったり、小さな村だったり、いろいろ」

 「それで、その場所にいる人たちの幸福を見るの。で、もし人間が困ってそうな時は、小さな奇跡を起こす。」


 「……へぇ。なんかありがたいな」


 俺が言うと、アリスは笑った。

 「えへへ」




 夜。

 俺たちは部屋で話をしていた。


 アリスはいつものように漫画を読んでいる。

 俺はその横でスマホを見る。


 静かな時間。


 でも、嫌じゃない。

 むしろ心地いい。



 その時だった。


 ーー突然!


 部屋の電気が消えた。




 「停電?」


 俺が立ち上がる。


 しかし外を見ると、街全体が暗くなっていた。


 「……」

 アリスの表情が変わる。


 「ヒロト」


 「何?」


 「外を見て」


 窓の外。

 人々が宙に浮いている。

 車も勝手に急に動き出したとおもったら、急に止まったりと明らかに運転手のいたとは違う動きをしている。

 ビルや街頭の明かりも一部点滅するように光っている。

 明らかに人間技ではなし得ないことが起こっていた。



 俺は周囲を見渡す。

 そして、見つけた。


 空に、人が浮いていた。

 厳密には羽の生えた人間、つまり天使が浮いていた。


 赤色のロングヘアに、白い羽の女性。



 「……え?」

 理解できない。


 何人も。

 何十人も。

 まるで風船みたいに身体が浮いている。


 「何が起きてるんだ……?」


 アリスも窓を見る。

 そして、小さく呟いた。

 「……ルージェ」


 「誰?」

 自分で聞きつつも、すでに答えは分かっていた。きっとアリスと同じ天使だ。


 

 アリスは翼を広げた。

 「ヒロト」


 「私いかなきゃ!」


 アリスがアパートのベランダの窓を大きく開け、外に飛び出す。



 ルージェは俺達を見る。

 「アリス」


 冷たい声。


 「あなたはまだ、人間を幸せにしようとしているのね」


 「ルージェ、これは何?私達の課題は人間の幸福度を上げることでしょう。なんでこんなことを?これじゃ、みんなの色が青色に」

 ルージェはアリスと同じ見習い天使だった。


 「救済」


 即答だった。


 「人間が悲しまない世界を作る。そして、思いついたの。悲しい未来を無くすには、人間を全部消せばいいと」


 「そんなこと……」

 アリスが言葉を失う。


 ルージェは続ける。

 「私は何度も見てきた」


 「幸せだった人間が次の日には青く染まるのを。」


 「大切な人を失って。夢を失って。傷ついて。私が何度も幸福の色を赤色にしても!何度も!」」

 拳を握る。


 「だったら、最初から青になる可能性を消せばいい」


 俺はルージェを見る。

 この天使は。


 人間が嫌いなんじゃない。

 たぶん、誰よりも人間を見てきた。


 だから、苦しむ姿に耐えられなくなったんだ。


 「ルージェ!」


 俺は声を出した。

 「誰?そもそもなんでアリスと一緒にいるの?」


 「俺はヒロト。今は訳あってアリスに幸せになるための手伝いをしてもらっている」


 俺は自分の話したいことを、冷静に伝えるために少し考える。


 いや、でも考えても言いたいことは変わらない。俺は自分の思っていることをただただ伝える。



 「人間は青になってもいいんだ!」


 ルージェがこちらを見る。


 「試験に失敗したり、試合に負けたり、嫌な仕事に行かないといけなかったら、時には嫌いなものを食べなきゃいけなかったり」


 「いろんなことで人間は青になる。でも、その青があるからこそ……」


 俺は続ける。

 「それがあるからこそ、赤の嬉しさがあるんだ!確かに人間はすぐに青になるよ。だが、そんな不器用な人間だからこそ、誰よりも赤を目指して生きてるんだ!」


 「天使から見るととても理解できないことかもしれない。でも……だからこそ、それでも人間を見ててほしい!誰かに見てもらえること、誰かと一緒にいられることが、どんなことよりも強力な頑張る糧になるから!」


 長い沈黙。

 やがて。


 街を包んでいた風が止まる。

 浮いていた人々や車がゆっくり地面へ戻る。


 元に戻っていく。


 ルージェは小さく呟いた。

 「……そんな考え方。そんな……そんなの」


 ルージェは急に力が抜けたように、うずくまり、地面に落下していく。


 急いでルージェをキャッチし、支えるアリス。

 「ルージェ、もう一回頑張ろう」

 泣き崩れていたルージェに、アリスは優しく囁きかけた。



 その夜。

 俺達は部屋に戻った。

 ルージェは改心し、もう1度人間を支えるために頑張ることにしたらしい。それでも、今日は心を落ち着かせるため、ショッピングモールに行って、ステーキを食べるそうだ。


 「美味しいもの食べると、気分が良くなるよ!ステーキ!ステーキ食べな!」

 と、アリスがめっちゃおすすめしていた。


 正直心を落ち着かせる方法としては少し変わったアドバイスだとは思ったが、そんなにステーキが気に入ったのか……。

 まぁ確かに、美味しいものを食べることは良いことだ。ルージェも人間のご飯に興味があるのか、楽しみ飛んで行ったので、案外良いリフレッシュ法なのかもしれない。


 ……また、アリスとステーキ食わないとな。





 部屋に帰ってきたアリスは窓の外を見ていた。

 「ヒロト」


 「ん?」


 「私、ヒロトのさっきの話聞いて思ったの。私が考えるほど、人間にとって青色は悪いものじゃないのかもしれないって。」


 「そうだね」


 アリスのその言葉は、アリスにとって大きな変化だった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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