フードコート
ゲームセンターを出ると、休日のショッピングモールはさらに人で溢れていた。
「すごいね……」
アリスは白い猫のぬいぐるみを抱えたまま、人の流れを見つめる。
「さっきより増えてない?」
「昼だからな。みんな遊びに来ているんじゃないか?」
そう言った瞬間だった。
「わっ。」
後ろから歩いてきた人と肩がぶつかりそうになり、アリスが小さくよろける。
「大丈夫か?」
「う、うん」
その時、前からも人の波が押し寄せてきた。
休日のショッピングモール。
通路は思っていた以上に狭い。
人混みに慣れていないアリスは、きょろきょろと辺りを見回している。
「ヒロト!」
「ん?」
「人、多すぎる!」
「まぁ休日だからな。」
「どこ見ても人だよ!」
少し焦ったような声。
その様子がなんだか子どもみたいで、思わず笑ってしまう。
「そんな笑わなくても。」
頬を膨らませるアリス。
その時だった。
人の流れに押され、アリスの身体が少し離れる。
「あっ……!」
次の瞬間、
温かい感触が右手を包んだ。
「これなら大丈夫!」
アリスが俺の手を握っていた。
「え……」
あまりにも自然だった。
まるで、小さな子どもが親の手を握るように。
「これならはぐれないよね!」
笑顔。
それだけ。
それだけなのに。
心臓が一気に速くなる。
「ヒロト?」
「……あ、ああ」
「行こ!」
アリスはそのまま歩き始める。
俺も引っ張られるようについていく。
柔らかい。
細い。
でも、しっかり握られた手は思っていたより温かかった。
こんなの、意識しない方が無理だ。
「……」
俺はなるべく平静を装って歩く。
きっと顔は赤くなっている。
そんなことを考えていると、
「ふふ」
隣から小さな笑い声が聞こえた。
「ヒロト」
「な、なに?」
「赤くなった」
やっぱりか。
俺は思わずため息をつく。
「もう分かるんだな。」
「うん!」
アリスは嬉しそうに頷く。
「さっきよりもっと赤い!」
「……手を繋いだから?」
照れ隠しのつもりで聞く。
するとアリスは首を横に振った。
「違うよ。」
「え?」
「手を繋いだからじゃないよ」
俺の方を見上げる。
「私と、手を繋げて、ヒロトが嬉しかったからだよ」
その一言で、胸がどくんと鳴る。
この天使、この発言の破壊力を知らないのか?
昼時になり、俺たちはフードコートへ向かうことになった。休日ということもあり、どのお店にも長い列ができている。
「何食べようかな。」
アリスは出店されているお店の看板を見上げながら目を輝かせる。
「全部美味しそう」
「そうだな。俺はどうしようかな?とりあえず、ステーキにしようかな」
「じゃあ、私もヒロトと同じにする!」
「えっ、いいのか?他にもお店あるからどこでも……」
「一緒の食べたいからね!」
「そんな、別に分けてあげるのに」
「それでもいいの!」
結局、俺達はステーキ定食を頼んだ。
料理を受け取り、空いている席へ座る。
「いただきます!」
元気よく手を合わせるアリス。
俺も自然と手を合わせた。
「いただきます」
ナイフを入れると、肉汁がじゅわっと溢れる。
「おぉ……」
アリスは目を丸くしていた。
「人間って毎日こんな美味しいもの食べてるの?」
「いや、毎日は無理。値段高いし、毎日お肉はお腹が……」
「そうなんだ。人間も大変だね。私達天使ならこんなに美味しいもの毎日食べるのに」
……天使に胃もたれは存在しないのか?
アリスが一口食べる。
「これ好き!」
アリスは幸せそうに笑っている。
その笑顔を見ながら俺も食べ進めていく。
肉。
ポテト。
コーン。
そして最後に残ったのはーー
ブロッコリーだった。
「……」
しまった。
忘れてた。
俺は昔からブロッコリーだけは苦手だった。
「ヒロト?」
俺の様子に違和感を感じたのか、アリスが俺に尋ねる。
「いや、なんでも。」
フォークで刺す。
残すのは良くない。
それに、アリスの前だ。俺はそのまま口へ運ぶ。
……やっぱり苦手だ。
「どう?ブロッコリー美味しい?」
「うん」
無理やり笑う。
その瞬間ーー
「あっ」
アリスが小さく声を漏らした。
「え?」
「青」
俺を見つめている。
「少しだけ青くなった」
思わず苦笑する。
「そこまで分かるのか。」
「うん」
アリスは優しく笑った。
「ブロッコリー、苦手だったんだね。」
言い訳する気が、一瞬でなくなった。
「……昔からな」
「私が代わりに食べるから無理しなくてもよかったのに」
「いや」
俺は首を振る。
「食べ物は残すべきではないと思ったし、何よりアリスの前だったからな。嫌いなものがあって食べられないなんて、少し恥ずかしくて」
そして、小さく微笑む。
「ヒロト」
「ん?」
「私に嘘は、効かないよ」
その言葉に、俺は思わず笑ってしまう。
「参ったな。」
そう言うと、アリスは少しだけ照れたように笑った。
「うん。それに、私には素直なヒロトでいてよ。私もその方が嬉しいから」
食事を終え、フードコートを出る。
外を見ると、いつの間にか夕方になっていた。
大きな窓から差し込む光が、床をオレンジ色に染めている。
「もう夕方か」
「早いね」
アリスは少し寂しそうに呟いた。
「楽しい時間って、すぐ終わるんだね」
その言葉に、胸が少しだけ締め付けられる。
でも、今はまだその理由を考えなかった。
駅へ向かう通路。
昼間ほどではないけれど、まだ人は多い。
俺は隣を歩くアリスを見る。
白い猫のぬいぐるみを抱えている。
今日1日。
何度笑っただろう。
何度楽しいと思っただろう。
最初に会った時の俺とは、たぶん違う。
「ヒロト?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや。」
少し迷う。
でも。
気づいたら、手を差し出していた。
「……ほら」
アリスは首を傾げる。
「?」
「まだ少し、人多いから」
自分でも分かっていた。
これは言い訳だ。
ただもう一度、繋ぎたかった。
アリスは一瞬だけ俺の手を見る。
そして、
「ふふ」
笑った。
「そうかもね」
アリスは嬉しそうに手を握った。
温かい。
「ヒロト」
「ん?」
アリスが歩きながら言う。
「今日ね」
「うん」
「最初に会った時より、ずっと赤くなった。このままいけば、1週間後には幸福の色を綺麗な赤色にできるかも」
「……そうか」
「夕日、すごく綺麗だね」
夕日の中で、アリスは笑った。
その笑顔を見ていると、俺まで笑ってしまう。
帰り道。
ただ手を繋いで歩いているだけ。
それだけなのに。
不思議だった。
こんな時間が、ずっと続けばいいと思った。
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