ゲームセンター
休日のショッピングモールは、人で溢れていた。
家族連れ。
学生のカップルらしき人達。
いつまでも仲の良さそうな老夫婦。
などなど。
「すごい人の数だね」
隣を歩くアリスが、小さく目を丸くする。
「天界にはこんなに人はいないの?」
人ではなく天使か。
「数はいるけど、ショッピングモールみたいな場所は天界にはないからね」
「でもね」
アリスは少し笑う。
「こうやって楽しい空間は大好きだよ。みんな赤色だし」
「それに、ヒロトと並んで歩くのも楽しいしね」
その一言だけで、少し照れてしまう。
別に恋人でもない。
友達ですら昨日知り合ったばかりだ。
それなのに、不思議と居心地が悪くなかった。
「ヒロト」
「ん?」
「まず何する?」
そう聞かれて周りを見渡す。
映画館。
本屋。
ゲームセンター。
服屋。
当たり前だけど、様々なお店が並んでいた。さて、どこに行こう。
天使が好きそうなもの。今俺がしたいこと。
昔なら迷わずゲームセンターへ向かっていたっけ。最初に行くところとして正解かどうかは分からないが、この素直な気持ちに従う方がいいだろう。
「ゲームセンターでも行く?」
「げーむせんたー!」
アリスの目が一気に輝く。
「そこ、昨日も言ってた!」
「そんなに期待しなくても」
「楽しそう!」
その笑顔につられて、俺も自然と歩く速度が少しだけ速くなった。
ゲームセンターに入った瞬間、電子音が一斉に耳へ飛び込んできた。
景品が並ぶクレーンゲーム。
リズムゲーム。
メダルゲーム。
休日ということもあり、店内は子どもから大人までたくさんの人で賑わっている。
「おぉ……!」
アリスは目を輝かせながら店内を見回した。
「すごい……! ここだけ音が違う!他より、なんかうるさい!ヒロトの声も聞き取りにくいし!」
「ゲームセンターだからな!」
「すごい……みんな笑ってる」
「ゲームは買っても負けても楽しいからな」
そう言うと、アリスは首を傾げた。
「負けても楽しいの?」
「うーん……」
少し考える。
「勝てたらもちろん嬉しいけど、友達と一緒なら負けても結構楽しかったりする」
「なるほど!」
アリスは親指と人差し指を顎へ当てる。
「人間は結果だけじゃなくて、過程でも幸せになれるってことだね!」
「いや……そんな大げさな話でもないと思うけど」
俺は少し照れくさくなって話題を変える。
「ほら、あれ」
目の前のクレーンゲームを指差す。
中には白い猫のぬいぐるみが並んでいた。
「これがクレーンゲーム」
「これが!」
アリスは元気よく頷く。
「アームで景品を掴むんだ!」
「簡単そう!」
「それ、みんな最初に言うんだ」
財布から百円玉を取り出し、投入口へ入れる。
アームがゆっくりと動き始めた。
「おぉ……!」
アリスが身を乗り出す。
俺は狙いを定めてボタンを押す。
アームは猫のぬいぐるみを掴みーー
ぽとっ
何事もなかったように落とした。
「……。」
「……。」
沈黙。
数秒後。
「全然取れないね」
「まぁ……こんなもんさ。これが現実。すぐ取れたらお店大変だし」
「難しいんだね……」
アリスは真剣な顔で機械を見つめる。
「もう1回!やってみない?取るまでやろうよ!」
「いや、意外とお金かかるぞ?」
「それでも!これ取れたらヒロトも赤色になるかもだし!」
そうだった。楽しくて忘れかけていたけど、これは俺の幸福を赤色にするためのものだったんだ。
アリスがこんなに頑張ってくれているんだ。断る理由もないだろう。
「じゃあ、やるか」
俺は財布の中から百円玉を取り出し投入口へ。もう一度ゲームをスタートさせる。
さて……いくらかかることやら。
2000円くらいにはさすがに抑えたいぞ。
笑いながら横を見ると、アリスは俺の顔をじっと見つめていた。
「……?」
「ヒロト」
「なに?」
「今、赤くなった。」
笑顔のまま、そう言った。
「え?」
「白色の中にね、赤が増えた。」
アリスは嬉しそうに微笑む。
「やっぱり笑うと色って変わるんだ。」
俺には見えない。
だから本当かどうかも分からない。
でも。
「そっか」
そう返すと、アリスは何度も頷いた。
「うん!」
「最初に会った時より、ずっと赤が増した!」
アリスがクレーンゲームの台を掴みながら、大きくジャンプする。
ガタっ!
そのせいで、ぬいぐるみを掴んでいたアームはから景品から手を離す。
「あっ!」
「あっ!」
驚きから2人同時に顔を見合わせる。
「ごめんね」
長い睫毛を伏せたまま、上目遣いにちらりとこちらの様子を窺うアリス。
こんな綺麗な人に、こんな表情をされることがない俺は、思わず後退りしてしまう。
「い……いや、しょうがないよ。大丈夫、次だよ次」
俺は再び財布から百円玉を取り出すと、その腕をアリスが掴む。
えっ?
「じゃあ、次は私がやってみてもいい?」
「あっ。いいよ。でも、アリスにできる?」
「もちろん!」
俺から貰った百円玉を握りしめる。
「見てて!」
意気揚々と百円玉を投入口へ入れる。
アームがゆっくりと動き始めた。
「これくらいなら簡単だよ」
アリスは真剣な表情でボタンを押す。
横。
縦。
そして最後のボタン。
「いけっ!」
ガシッ。
アームは見事にぬいぐるみを掴んだ。
「おっ」
思わず声が漏れる。
「やった!」
アリスも目を輝かせる。
そのまま景品取り出し口まで運びーー
ぽとっ。
途中で落ちた。
「……」
「……」
しばらく沈黙が流れる。
アリスはゆっくりと俺の方を向いた。
「今のは」
「うん」
「機械が悪い」
「いや、実力じゃないかな」
「違うよ!」
珍しく少しだけむきになる。
「ちゃんと掴んでたもん!」
「惜しかったけどな」
「もう一回!」
百円玉を取り出そうとして、ぴたりと動きを止める。
「……」
「どうした?」
「百円」
真剣な顔だった。
「少しもったいない気がしてした」
さっき自分で言ったことを気にしているらしい。
俺は思わず笑ってしまう。
「ははっ」
「笑わないでよ」
「ごめんごめん」
財布から百円玉を一枚取り出して渡す。
「今日は俺が誘ったんだし、ゲームセンターを選んだのも俺なんだから。そんな気にしなくていいよ」
「でも」
「その代わり」
クレーンゲームを指差す。
「今度は一緒に作戦を考えよう。このままじゃ何回やってもダメだ」
「作戦?」
「うん。」
「クレーンゲームって、力任せじゃ取れないんだ。」
アリスは興味深そうに機械を覗き込む。
「このぬいぐるみ」
俺はガラス越しに指を差した。
「頭を掴むより、この腕を押した方が動くと思う」
「なるほど……」
「少し向きが変われば、次で取れる気がする」
アリスは何度も頷く。
「人間って、ゲームにも頭を使うんだね」
「まぁな。使わないことの方が少ないと思うぞ」
「じゃあ!」
百円玉を入れる。
「ヒロト、指示お願い!」
「責任重大だな」
アームが動き始める。
「もう少し左」
「ここ?」
「いや、あとちょっと」
「これくらい?」
「うん、そこで」
ボタンを押す。
アームがゆっくりと降りていく。
ぬいぐるみの腕に軽く引っかかる。
そのまま少しだけ向きが変わった。
「おぉ!」
「動いた!」
2人同時に声を上げる。
「もう一回で取れるかも」
「本当?」
「たぶん」
「ヒロト、さっきもあと一回で取れるって言ってたよ?……じゃあ、これで最後にしよう!」
アリスは少しだけ深呼吸した。
「今度こそ」
アームがゆっくりと降りる。
狙いはさっき動かしたぬいぐるみ。
ガシッ。
今度は頭ではなく胴体を掴んだ。
そのままゆっくり持ち上がる。
「落ちるな……」
「お願い……」
二人で祈るように見つめる。
アームは景品取り出し口まで進み、
ーーコトン。
白い猫のぬいぐるみが穴へ落ちた。
「……」
一瞬だけ静まり返る。
次の瞬間。
「やったー!」
アリスが思わず俺の両手を掴んだ。
「取れた!」
満面の笑み。
まるで自分のことのように嬉しそうだった。
俺も自然と笑っていた。
「おめでとう」
「ありがとう!」
景品を受け取ったアリスは、大事そうに胸へ抱き寄せる。
「かわいい」
小さく呟くその横顔を見ていると、胸の奥が少しだけ温かくなる。
たった1つのぬいぐるみ。
それだけなのに、不思議と今日一番の収穫だった気がした。
「ヒロト、ショッピングモールに来てから本当に赤色に高くなったよ」
ゲームセンターを後にし、次に向かう場所を迷いながら歩いていた時、アリスが言った。
「本当?」
「うん。なんでかな?」
「楽しかったからだと思う。俺は今大学生なんだけどさ、4年生になって人と会うこともなくなってて、多分寂しかったんだと思う。人と全く会わなず1人で過ごすことが多いとさ、楽しいって気持ちも、悲しいって気持ちも薄れてきて」
「そっか」
アリスは俺の自分語りも優しく聞いてくれる。そんな姿を外から見るとどう思うかな。なんて、勝手に客観視して、自分が惨めに思えてくる。けど、きっと今はこれが大切なんだろう。
「いや、楽しいも悲しいも気持ちはきっとある。けど、それを共有することがないから、考えることをやめるんだ。だから、今日はアリスと一緒にクレーンゲームでバカやれたのがとても楽しかったし、嬉しかったんだと思う」
「なるほど!じゃあ、課題の期限までずーっと遊ぼ!さっきのクレーンゲームみたいな楽しいこといっぱい。それで、ヒロトの幸福の色を真っ赤にするの!」
「ふふ。ありがとう。でも、良いのか?他の人ならもっと簡単に……」
「いい!」
アリスは俺の言葉を制止する。
「私がヒロトを幸せにするって決めたの!だからいいの!それより、ヒロトもいいの?私について来れるの?」
そう言った彼女の顔には、どんな辛いことも吹き飛ばすほどの満面の笑みが張り付いていた。
「生憎、暇なんでね」
お読みいただき、誠にありがとうございます。
この作品の感想やブックマーク、評価をして下さるとありがたいです。筆者が泣いて喜びます




