タメ口
「一緒に出かける、ですか?」
「は……はい。ダメですかね?実は、特に今悩んでいることはないなって思って。強いて言うなら、最近人と会う機会が少なくなって寂しくなってたので、どうせなら一緒に何かしたくて」
「なるほど!良い考えですね。私としてもヒロトヒロトさんの色が白色の原因が分からないうちは何すれば良いか分からないですし、とりあえず試してみるのもありですね」
「あっ、それとお互い敬語やめませんか?なんか気まずくって」
「ふふ。そうですね。一緒に遊ぶ友達と敬語は少し堅いですしね。分かりました!……間違えた、分かったよ。ヒロト!」
「は……はい」
大学生になって、異性からタメ口で話される機会がとてつもなく減ってしまい、アリスからのタメ口に少し動揺してしまう。
自分から提案したくせに恥ずかしい。
「ところで、どこか行きたいところとかってある?」
今まで話していた敬語が急になくなった。
分かっていたはずなのに、スムーズにタメ口に、移行するアリスの器用さに息を呑む。
大学の陽キャ達もこんな感じなんだろうか。
「そうだな……」
急に聞かれると、意外と思いつかない。
大学に入ってから何度も遊びに行った駅前も、最近は研究の帰りに通り過ぎるだけになっていた。
「ヒロト?」
考え込んでいる俺の顔を、アリスが覗き込む。
「ごめん。最近どこかに遊びに行くことなんてなかったから、すぐには思いつかなくて」
「それなら、私に任せて!」
アリスは胸を張る。
「と言いたいところなんだけど……」
少しだけ照れたように笑った。
「私、人間の街ってほとんど知らないんだよね」
「知らないの?」
「うん。課題をこなすために降りてきただけだったから。知識として知ってはいるけど、困っている人を見つけて、ちょっとだけ手助けをして、また次の場所へ行く。その繰り返しだったから、経験としてはほとんどゼロ」
「じゃあ、ゆっくり遊ぶのは初めてなんだ」
「初めて!」
満面の笑みだった。
その笑顔につられて、俺も少しだけ口元が緩む。
「じゃあ、駅前のショッピングモールでも行く?」
「しょっぴんぐもーる?」
「うん。買い物したり、ご飯食べたり、映画を見たりする場所かな」
アリスの目が一気に輝いた。
「1日で全部できますか!?」
「頑張れば?……いけるかも」
「じゃあ、全部やりましょう!」
翌日。
天使アリスと会って2日目。
アリスはその後、俺の部屋に泊まった。と言っても、天使は人間と違い睡眠がいらないらしい。だからアリスも俺の部屋にある漫画や小説を読んで夜を過ごしたらしい。
「おはよう、ヒロト!」
昨日より少しラフな服装になった(俺の部屋着を貸した)アリスは、洗面台の前で小さく手を振った。
「おはよう」
「ねぇ!人間の書く物語って面白いね。全く予想つかない展開が続いて、たくさん読みたいって気持ちが溢れちゃった!」
「天使も睡眠は必要ないけれど、人間が睡眠を削ってでも夜更かししたくなる気持ちは分かった!」
そう言って笑うアリスにつられて、俺も思わず笑ってしまう。
他愛のない会話。
たったそれだけなのに、いつもの朝より楽しい気がした。
ショッピングモールまでは、電車に乗っていく。最寄駅に着いたら、そこからは徒歩だ。
お出かけ用の服に着替え、家を出る。
ちなみにアリスはラブコメ漫画に出てきたヒロインの服装を真似して変身した。
駅までの道を歩いていると、不意にアリスが立ち止まった。
「……ん?」
さっきまで笑っていた表情が消えている。
その代わり、何かを探すように小さく鼻を動かしていた。
「アリス?」
返事はない。
風向きを確かめるように顔を少し上げると、
「……あっち!」
そう言って突然走り出した。
「え、おい!」
慌てて後を追う。
曲がり角を一つ抜けると、小さな公園が見えた。
その時だった。
赤い風船を持った5歳くらいの女の子が、公園の出口から勢いよく駆け出していく。
楽しそうに笑いながら、後ろを振り返っている。
追いかけっこでもしているのだろう。
でも、その進行方向の歩道にはわずかな段差があった。
「危なーー!」
俺が声を出すよりも早く、
ふわっ、と柔らかな風が吹いた。
女の子の身体がほんの少しだけ前へ押される。
踏み出す足の位置が数センチずれた。
そのまま段差を飛び越え、何事もなかったように走っていく。
「きゃはは!」
女の子は転んだことにすら気付かず、そのまま母親の元へ駆け寄っていった。
俺は目を丸くしたまま、その背中を見送る。
「……今の」
隣を見ると、アリスがほっと胸を撫で下ろしていた。
「間に合ったぁ……!」
「間に合ったって……今の風、お前が?」
アリスは俺の方を向いて、少し照れくさそうに笑う。
「うん。羽の力を少しだけ使ったの。」
「でも、なんで転ぶって分かったんだ?」
俺はまだ女の子を見ていた。
正直、俺が危ないと思ったのは、本当に転ぶ直前だった。
でもアリスは、それより何秒も早く走り出していた。
まるで、未来が見えていたみたいに。
アリスは少しだけ自分の鼻に触れる。
「それはね……私たち天使の、三つ目の力。」
「三つ目?」
「天使の鼻。」
「……鼻?」
思わず聞き返してしまった。
目や羽とかならまだ分かったが、鼻?
正直まったく想像がつかない。
「未来の不幸にはね、匂いがあるの。」
俺は思わず眉をひそめた。
「匂い?」
「うん。もちろん、人間には分からないよ。私たち天使だけが感じられるもの。」
アリスは公園の方へ目を向ける。
女の子は母親に抱き上げられ、嬉しそうに何かを話していた。
その周りには、俺には見えない"色"があるんだろう。
「転ぶって分かったのも、その匂い?」
「そう。」
アリスは静かに頷く。
「正確には、『このまま放っておくと不幸が起きる』っていう未来の匂いかな。」
「そんなことまで分かるのか……。」
「だから私たちは、起きる前に動くんだよ。」
アリスは少しだけ得意そうに笑う。
「転んで泣いちゃってから助けても、その涙は消せないからね。」
その言葉に、俺は妙に納得してしまった。
確かに、怪我をしてから治すより、怪我をしない方がいい。
そう考えれば、天使らしい能力なのかもしれない。
「それより!」
急にアリスが手を叩く。
「ヒロト。」
「ん?」
「さっきの女の子、何色だったと思う?」
「いや、俺には見えないし。」
「正解は、真っ赤。」
そう言って、両手を広げる。
「すっごく綺麗な赤色だった。」
「へぇ。天使の課題って、幸福度を上げればいいんだろう?今ので達成はしないのか?」
アリスの目的はあくまで一人前の天使になるための課題。わざわざ俺の白を赤くすることにこだわる必要はない。
「最初から真っ赤だったからね。今回の場合は青にしなかっただけ。幸福度を上げたわけではないから、課題達成ではないの。それに、私はヒロトの白色を赤にするって決めたんだから、最後まで付き合ってもらうからね?」
「お……おう。それは、ありがとう」
自分のためにここまで頑張ろうしてくれているアリスに、俺は驚きと嬉しさで照れくさくなる。
「ふふ。あの子、今日は朝からずっと楽しかったんだろうね。お母さんと遊びに来て、お気に入りの風船を買ってもらって。」
アリスは嬉しそうに女の子を見る。
「せっかく赤色だったのに。転んで泣いたら、青が混ざらなくて良かった!」
そう言って、満面の笑みをこちらに向ける。
俺は、その言葉に少し引っかかった。
「……青が混ざるのって、そんなに悪いことなのか?」
アリスはきょとんとした顔で俺を見る。
「悪いこと、だよ?」
「青色は不幸。悲しいことなんて、起こってほしくないでしょ。」
「まぁ、うん。」
「だったら、ない方がいいじゃない。」
迷いのない答えだった。
きっと天使にとっては、それが当たり前なんだろう。
でも、俺はなぜだか、その当たり前に少しだけ違和感を覚えた。
うまく説明はできない。
ただ、悲しいことが全部無駄だとは、どうしても思えなかった。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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