第42話:決まりかけるもの(1)
その夜、健人はまったく眠れなかった。
ベッドに仰向けになり、片腕で目元を覆う。しんとした部屋の中で、暖房の小さな作動音だけが妙に鼓膜についた。
「……何なんだよ、ほんと」
小さく吐き出した声は、どこにも届かず消えていく。
林田に抱きしめられた時の感触が、まだ腕や背中に熱を持って残っている気がした。あの時の声、距離、そして逃げ場のない真剣な眼差し。それらが鮮明すぎて、振り払おうとしても頭の奥にこびりついて離れない。
(明日から、あいつとどんな顔して会えばいいんだよ……)
気まずさが先に立つ。けれど、その次に浮かんだのはもっと厄介な自問だった。
なぜ、自分はこれほどまでに動揺しているのか。
林田が人をからかったり、適当なことを言ったりするのは今に始まったことじゃない。なのに、あの夜の告白だけは「いつもの冗談」には聞こえなかった。
(俺は、林田のことをどう思ってるんだ?)
気の合う友人、悪友、飲み仲間。
無難な言葉を並べてみるが、どれもしっくりこない。
ただの友人なら、あいつが他の誰かと親しげにしていても腹は立たないはずだ。
ただの悪友なら、年上の女性タレントと笑い合う姿に、あんなに胸がざわついたりしない。
ただの飲み仲間なら、抱きしめられたことを思い出して眠れなくなったりしない。
「……っ、クソ」
健人は顔を覆っていた腕に力を込めた。
認めたくない。けれど、否定もできない。
杏里への想いとは、また性質が違う。もっと苛立ちに近くて、けれど放っておけず、四六時中振り回されている感覚。
(お前も自分の気持ち、ちゃんと考えといてよ)
突きつけられた宿題が、重く心臓を叩く。あいつに自分以外の誰かを向いてほしくないという独占欲。その感情に「恋」という名前をつけるのは、今の健人にはまだ、あまりに怖すぎた。




