第40話:認めたくない感情(1)
その日、健人は林田に呼び出されていた。
仕事終わりの駅前。寒さの残る夜道を歩きながら、健人はスマホに届いた短いメッセージを思い出す。
『今日、終わったら飲まない?』
相変わらず雑な誘い方だ。けれど、結局こうして足を運んでいるあたり、自分もだいぶ「林田ペース」に慣らされてしまったのかもしれない。
店は、事務所の芸人たちもたまに使う居酒屋だった。
ほどよく騒がしく、何を話していても周囲の喧騒に紛れる。隠れ家でも何でもない、そんな開けたテーブル席が今の二人にはちょうどよかった。
「おつかれ」
先に来ていた林田が、グラスの氷を揺らしながら手を上げた。
今日も今日とて、無駄に顔が整っている。ライブ終わりで少し崩れた髪さえ計算された演出に見えて、健人はわずかに眉を寄せた。
「おつかれ。急に呼び出すなよ」
「いいじゃん、来たんだし。どうせ暇だったんだろ?」
「決めつけんな」
軽口を叩き合いながら注文を済ませる流れは、驚くほど自然になっていた。健人はビール、林田はハイボール。乾杯してしばらくは、ライブの客層や事務所の噂話といった、毒にも薬にもならない会話が続いた。
宴もたけなわという頃、通路側から明るい女性の声が響いた。
「え、林田じゃん! 飲んでるの?」
健人が顔を上げると、そこには見覚えのある女性タレントが立っていた。バラエティ番組でよく見る、林田たちの先輩にあたる人だ。
「あ、姉さん! お疲れさまです」
林田の声がパッと明るくなる。彼は椅子に座ったまま体をそちらへ向け、人懐っこい笑みを浮かべた。その距離の詰め方は、天性のものでもあり、どこか危ういほどに自然だった。
「またメシ連れてってくださいよ。姉さんの武勇伝、まだ聞き足りないんで」
「何それ、そんなに行ってないでしょ」
「二、三回は行きましたよ! 気持ち的にはもっと行ってるテンションです」
さらっと返して笑いを誘う林田。
ただの先輩後輩のやり取りだ。そう自分に言い聞かせても、健人の腹の底には冷たい澱のようなものが溜まっていく。
ただの社交辞令。林田の仕事上のスキル。分かっていても、楽しげな二人の空気が、どうしようもなく面白くなかった。




