表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三日月ロケット、居候中  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/74

第38話:同棲疑惑の影

 三日月ロケットの露出が増えるにつれ、鍋島の帰宅時間は目に見えて遅くなっていった。


 「今日は23時を回るかもしれない」という夕方の短い連絡に、杏里は「わかった」とだけ返す。以前ならそれで完結していたやり取りも、最近はスマホを伏せた後、言いようのない落ち着かなさが胸に居座るようになっていた。


 ハヤブサも同様らしく、夕飯を終えてもこたつには入らず、玄関の方へ行っては戻る動作を繰り返している。


「……まだだよ」


 杏里の声に、ハヤブサは振り返りもせず、じっと廊下の先を見つめていた。その時、スマホが震えた。鍋島からではなく、親友の結衣からだった。


結衣: ねえ、ちょっとこれ見て。



 送られてきたのは、SNSのスクリーンショットだった。


 ファンアカウントらしき投稿には、三日月ロケットに関する不穏な噂が書き込まれていた。


『最近なべさん、ライブ終わりに女の人の車に乗ってるってマジ?』


『この前、温泉施設でも見かけたんだけど……』


『彼女とかだったら、ガチでしんどい』


 杏里の指先が、冷たく止まる。


 温泉。あの日、駐車場で感じた若い女性二人組の視線。鍋島がさりげなく歩を早めたあの瞬間の違和感。すべてが今、最悪のパズルのように組み合わさった。


---


 深夜、玄関の鍵が回る音がした。ハヤブサが真っ先に駆け出す。


 杏里も反射的に立ち上がり、居間の入口で鍋島を待った。コートを脱ぐ彼からは、疲労だけでなく、何かを重く考え込んでいるような気配が漂っていた。


「おかえりなさい」


「ただいま……どうしました、そんな深刻な顔して」


 杏里は迷うことなく、結衣から送られてきた画面を差し出した。


 鍋島はそれを見るなり、驚くというよりは「やはり来たか」と諦念の混じった表情を浮かべた。


「……知っていたんですか?」


「さっき、林田からも同じものが送られてきました。……温泉の時のやつでしょうね」


「なんで言ってくれなかったんですか」


 責めるつもりはなかったが、声は思ったより強くなった。鍋島は少し目を伏せ、静かに答えた。


「変に不安にさせたくなかったんです。でも、甘かったですね。……火がつく時は一気ですから」


 鍋島は一呼吸置いて、意を決したように杏里を見つめた。


「杏里さん、今のうちに距離を取りましょう。ライブ後の送迎はもうやめます。外で会うのも避けましょう。……それに、部屋も早めに決めた方がいい」



 「部屋を決める」――それはいつか来るはずの予定だった。なのに、今このタイミングで言われると、まるで拒絶されたかのように胸を刺した。


「それって、あたしを守るために言ってるんですか?」


「……普通に考えたら、そうです。君は一般の人だし、こんなことに慣れていない」


 鍋島の言葉を遮るように、杏里ははっきりと言い放った。


「普通に考えたらって、鍋島さん、そこにあたしの気持ちは入ってないじゃないですか。バレたら面倒なのは分かるけど、だからってすぐ出ていくなんて、急すぎます」


 鍋島は反論せず、苦しげな表情で黙り込んだ。ハヤブサが二人の間で不安そうに一度だけ鳴く。


「……鍋島さんがひとりで勝手にあたしを守ろうとして、勝手に遠くなる方が、あたしは嫌です」


 消え入りそうな、けれど確かな本音。鍋島は驚いたように目を見開いた。


「ずるいですね、そういうことを今言うのは……」


 鍋島がふっと、静かに笑った。それは安心とも諦めともつかない、強張った心がほどけたような笑みだった。


---


 結局、二人はその夜、一緒に遅い夕飯を食べることにした。


 外での接触を控えるというルールは決まったものの、台所に並び、味噌汁を温め、ご飯をよそういつもの動作が、今はひどく愛おしい。


「ハヤブサ、ずっと玄関で待ってたんですよ」


「お前は相変わらずですね」


 鍋島が、疲れの残る手でハヤブサの背を撫でる。


 仕事が増え、会えない時間が増え、ようやく会えたと思えば外圧が襲ってくる。せっかく延長した同居生活は、思い描いたような平穏さとは程遠いものになりつつあった。


 けれど、この揺れの中で、杏里は気づいてしまった。


 離れたくない。


 


 名前のない気持ちは、もう「曖昧なまま」ではいられないほど、はっきりと胸の奥で熱を持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ