第34話:甘いものと、変な顔(2)
合流した林田は、ファンを相手にしていた時と同じようなキラキラした笑みを浮かべていた。けれど、健人の姿を見つけると、少しだけ足早に距離を詰めてくる。
「来た来た! さすが健人、話がわかる」
「何なんだよ、飯って居酒屋か?」
「今日は違う。俺が行きたいとこがあるんだ」
そう言うなり、林田は健人の腕を掴んで歩き出した。連れて行かれた先を見て、健人は思わず足を止める。
「……は?」
目の前にあったのは、ピンクと赤の装飾で彩られたスイーツビュッフェの店だった。ガラス越しに、チョコレートファウンテンや色とりどりのケーキが並んでいるのが見える。
「なんでスイーツビュッフェなんだよ」
「今日バレンタインだし。チョコ、お腹いっぱい食べたいなと思って」
林田はケロッとしている。健人は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
(お前、さっきファンから山ほど貰ってただろ……)
案内された席は、回転寿司のように小さなケーキやムースの皿がレーンを流れてくる趣向だった。
「楽しいでしょ? 俺、こういうの一回やってみたかったんだよね」
「意外と子供っぽいんだな、お前」
「失礼だなあ。今日は甘いもの解禁日なんだから、健人も食べなよ」
結局、健人も流れてきたガトーショコラに手を伸ばした。食べてみれば普通に美味い。二人でとりとめのない話をしながら皿を重ねる時間は、思ったよりも悪くなかった。
「それ、何?」
林田が健人の皿を指差す。
「フォンダンショコラ。中からチョコが出てくるやつ」
「へえ、美味そう」
「お前も取ればいいだろ」
「今は、健人のやつが一番美味そうに見えるんだよね。――もーらい!」
林田がひょいと腕を伸ばし、健人の皿からチョコを一つ横取りした。
「……お前な。なんで俺のやつ取るんだよ」
「だって、こうやってシェアした方がバレンタインっぽくない?」
林田は口いっぱいにチョコを頬張り、楽しそうに笑う。
「何がバレンタインっぽいだ。お前、さっきファンから山ほど貰ってたんだろ?」
その瞬間だった。
林田の動きがピタリと止まった。
「……っ!」
ほんの少しだけ目を見開いた林田の顔が、みるみるうちに耳まで赤くなっていく。
「……なんで、それ、知ってんの……」
蚊の鳴くような、小さな声。明らかに動揺している。
健人は呆気に取られた。いつものナルシストで、何を言われても軽快に跳ね返して、大勢のファンの前でも堂々としているあいつが、たったこれだけの言葉で固まっている。
「……いや、結衣から写真が来たんだよ」
「あ、ああ……そういうこと。結衣ちゃんがね……」
林田は慌てて視線を逸らし、わざとらしく咳払いをした。
「別に、深い意味なんてないし。見てたなら声かけてくれれば良かったのに」
「お前、今……絶対動揺してただろ」
「してない! してないってば。俺はいつでも絶好調なの!」
「その絶好調のやつが、なんでそんな真っ赤になってるんだよ」
「店が! 暑いだけ!」
勢いで言い返したものの、林田はどこか気まずそうに視線を泳がせている。
健人はその顔を見て、胸の奥が妙にざわつくのを感じた。ただのツッコミのつもりだったのに、林田がこれほど「隙」を見せるなんて。
いつも軽薄な男が見せた、予期せぬ脆弱さ。それはあまりに「ずるい」表情だった。
「……お前、」
「ほら、次これ! いちごのムース、美味そうだよ。健人も食べな!」
明らかに話を逸らし、林田は早口で捲し立てる。
健人は黙ったまま、隣の横顔を見つめた。いつものように見えて、どこか決定的に違う。そう思った途端、胸のざわつきはますます強くなっていく。
会計を済ませて店を出ると、夜の空気はキンと冷えていた。
「いやー、食った食った。健人とスイーツビュッフェ、意外と悪くないね」
「お前の基準はよく分からん」
素っ気なく返した健人だったが、林田は満足そうにニヤリと笑った。
「素直じゃないなあ、健人は」
「うるさい」
軽口を交わしながら駅へと歩く。けれど、健人の胸のざわつきは一向に収まりそうにない。
あの一瞬の林田の顔を、自分が想像以上に「特別」なものとして受け取ってしまったことに、彼は気づき始めていた。




