第29話:好きの置き場所(1)
年明け最初のレッスン。事務所のレッスンルームの床に座り込み、ゆみりんは水のペットボトルを両手で包みながら、小さく息をついた。
鏡張りの壁には、激しく踊ったあとの三人の姿が映っている。髪は少し乱れ、前髪の隙間からは汗が滲んでいる。全力で音に身を任せていた身体が、ようやくゆっくりと鎮まっていくのを感じた。
「ゆみりん」
床に大の字になっていたみみぃが、天井を見上げたまま口を開く。
「今日、なんか気合い入ってなかった?」
「いつも通りだよ」
ゆみりんは水を一口飲み、軽く返した。
「いや、そうじゃなくてさ。なんて言うか……吹っ切れた人の踊り方っていうか、前よりちゃんと『前』を見てる感じがした」
ゆみりんはペットボトルのラベルに視線を落とした。
前より、ちゃんと前を向いている――。
自覚はあった。なべさんのことを考えなくなったわけではない。嫌いになれるはずもない。けれど、あのカフェで話したあの日から、自分の中で何かが静かに整理されたのだ。
自分の気持ちは本物だった。優しくされるたびに胸が鳴り、料理をする背中を見れば、それだけで世界が明るく見えた。けれど、それと同じくらい、あの人の視線の先に自分がいないことも、今はちゃんと理解している。
(あの人には、きっと……大切な人がいる)
それを認めるのは、少しだけ寂しかった。でも、言葉にして飲み込んでしまえば、逆に心が軽くなる部分もあった。
「……まあ、ちょっとはね。無駄に悩むのはやめたかも」
「ほらー、やっぱり!」
みみぃが跳ねるように起き上がる。
「好きなのは好きなんでしょ?」
ゆみりんはすぐには答えず、床の木目をじっと見つめた。
「……好きだよ」
消え入りそうな声だった。
「でも、それだけでどうにかなるわけじゃないから」
いつもなら茶化すみみぃが、妙に真剣な顔で黙り込む。
壁にもたれていたふわっちが、眠たそうな目のまま、ぽつりと言った。
「ゆみりん、えらいね。好きなままでも、止まってない」
その言葉が、ゆみりんの胸の奥にじわっと染み込んだ。
止まりたくはなかった。アイドルの仕事は好きだ。センターとしてステージに立ち、歌い、笑う。それは自分が選んだ、大切な場所だから。
「なべさんのこと考えて勝手にしょんぼりしてる顔で、ステージに立つのは違うでしょ。どうせなら、一番かっこいい自分を見ててほしいし」
ゆみりんが少しだけ口角を上げると、みみぃが力強く頷いた。
「それはそう! でも、しょんぼりゆみりんも、まあまあ可愛かったけどね」
「それはいらない」




