第28話:焼き鳥と、遠慮のない言葉(2)
赤提灯が揺れる居酒屋に入ると、香ばしい焼き鳥の匂いと賑やかな騒音が二人を包んだ。案内されたのは、店の隅にある小さなテーブル席。
「とりあえずビールでいい?」
林田がメニューも見ずに聞き、健人は短く「ああ」と応じる。
運ばれてきたジョッキを合わせ、冷たい苦みを喉に流し込む。アルコールが回るにつれ、健人の肩の力が少しずつ抜けていった。
「で? 今日は何の愚痴からいく?」
「なんで愚痴前提なんだよ」
「だって、お前のマチアプ戦記、毎回ネタの宝庫じゃん」
「……まあ、今回はマジで最悪だった」
健人は焼き鳥の串を手に取り、ポツリポツリと話し始めた。
「この前、写真がめちゃくちゃタイプの子と会ったんだよ。最初は普通だったのに、途中から急に『人生を変える波動の話がある』って言い出して」
「うわ、出た」
「後半、ずっと新興宗教の勧誘。挙句の果てに『貴方のオーラは曇ってる』だぞ? 飯の味もしなかったわ」
林田は耐えきれずに吹き出した。
「ははは! お前、変なのを引き寄せる才能ありすぎだろ! マチアプっていうか、もはや治安の悪い冒険だよそれ」
「笑うな。俺は必死なんだよ」
健人はビールを煽った。林田は遠慮なく笑い飛ばしてくるが、その雑な反応が、今は逆に心地よかった。変に同情されるより、笑い話に変えてもらった方が救われることもある。
「ま、でも……」
健人は少しだけトーンを落とし、空いたグラスを見つめた。
「初詣の方が、正直だいぶ不完全燃焼だったけどな。……杏里ちゃん、全然隙がなかったし」
「五人もいたからね」
林田が他人事のように言う。
「お前らのせいでずっとうるさかったしな。特に林田、お前」
「そこは認める。でも、楽しかっただろ?」
「……まあ、そうだけど」
認めざるを得ないのが悔しい。健人は肘をついて、林田を睨むように見据えた。
「俺、杏里ちゃんのこと、まだ諦めてないからな」
半分は自分への宣言だった。それを聞いた林田は、焼き鳥を口に運びながら、ふっと目を細めた。
「わかってるって。お前が必死なのは、誰よりも俺が一番近くで見てるから」
その声は、いつものおちゃらけた調子とは少し違っていた。
「おい」
不意に、林田の手が伸びてきて、健人の頭をガシガシと乱暴に撫で回した。
「……っ! 何すんだよ、お前」
「必死に頑張ってるの、ちゃんと伝わってるってこと。だからそんなに尖んなよ、健人」
林田はいたずらっぽく笑っている。手を振り払おうとしたが、その手の温かさが、不思議と健人の苛立ちを溶かしていった。
前なら「気持ち悪い」と一蹴していただろう。だが今は、この距離感のバグった男の厚かましさが、妙に心強く感じられてしまう。
「……お前、本当に距離感おかしいよな。今さらだけど」
「いいじゃん。健人もだいぶ慣れてきたろ?」
「慣れたくて慣れたわけじゃない……」
「結果的に慣れたなら一緒だって。俺、お前のそういう分かりやすいところ、嫌いじゃないし」
林田はケロッと言って、二杯目のビールを注文した。
健人は呆れながらも、もう本気で拒絶する気にはなれなかった。林田が笑い、自分もそれに応える。この居酒屋の喧騒の中で、林田の存在だけが、妙に鮮明にそこにいた。
杏里への想いは、まだ消えていない。
けれど、こうして林田と無防備に酒を飲む時間が、自分にとって欠かせないものになりつつある。その事実に名前をつけるのは、まだ少し先でいい。
「……観察係だか何だか知らないけど、次回のマチアプ報告、楽しみにしてろよ」
「お、やる気だね。期待してるわ」
健人は小さく笑い、新しいジョッキを掲げた。
冬の夜はまだ長いが、目の前の男と飲む酒は、驚くほどあたたかかった。




