第28話:焼き鳥と、遠慮のない言葉(1)
週末の大型商業施設は、夕方になってもまだ熱気が引いていなかった。
ライブブース周辺には、さっきまでのステージの余韻が霧のように漂っている。物販の列がようやく解消され始めた頃、裏口前の通路脇には、出待ちのファンらしい女の子たちがそわそわとした様子で集まっていた。
健人はそこから少し離れた柱の陰に立ち、スマホを見下ろした。
『終わったら裏口前で待ってる。俺のビジュ、今日も最高だから覚悟しとけよ』
林田から来た、相変わらず自信過剰なメッセージ。
「……なんで俺、ここで待ってるんだろ」
ふと我に返り、健人は小さく毒づいた。ただの飲み会の待ち合わせだ。それ以上でもそれ以下でもない。なのに、華やかな歓声が上がる場所で所在なく立っている自分に、猛烈な場違い感を感じていた。
その時、裏口の重い扉が開いた。
スタッフに続いて姿を現したのは、見慣れた明るい茶髪――林田だった。
その瞬間、周囲の空気が弾ける。
「きゃー! 林田さん!」
「お疲れさまです! 今日のステージも最高でした!」
「林田さん、こっち向いてー!」
黄色い歓声が幾重にも重なる。林田は驚く様子もなく、むしろそれが当然という顔でひらひらと手を上げた。
「どうもどうも。今日も俺のビジュ、キマってたの見えた? ちゃんと目に焼き付けといてね」
平気でそんなことを言ってのける。それが嫌味にならず、ファンたちをさらに沸かせてしまうのが、林田の天賦の才であり、健人の腹立たしいところだった。
健人は遠巻きにその光景を眺めながら、無性に腹の底がざわつくのを感じていた。
(……誰にでも、あんなふうに笑うんだな、あいつ)
林田は一人一人の顔をちゃんと見て、軽口を叩き、相手が一番喜ぶ温度で言葉を返している。その「誰のものでもない笑顔」を見ていると、どうしようもなく落ち着かない。
「なんだ、俺だけに向ける顔じゃないじゃん」
ふと浮かんだ思考に、健人は自分自身で凍りついた。
(……いや、何考えてんだ、俺。どうでもいいだろ、そんなこと)
頭の中で即座に否定する。だが、一度芽生えたざわつきは、冬の冷たい風に吹かれても消えてはくれなかった。林田が自分以外の誰かに笑いかけているだけで、胸の奥がチリチリと焼けるように痛む。理由の分からない苛立ちに、健人は思わず視線を逸らした。
その時だった。
「あ」
林田の声が、少しだけ弾んだ。
ファンに囲まれていたはずの彼が、人混みの隙間から健人を見つけ、目を見開く。次の瞬間、その顔は今日一番の明るさで輝いた。
「ごめんごめん! 大事な『待ち人』がいたわ」
ファンに最後の手を振ると、林田は包囲網をするりと抜け、迷いのない足取りでこちらへやって来る。
「待った? 健人」
「……別に。今来たところだ」
健人は努めて無愛想に返したが、林田はすぐに首を傾げた。
「なになに? その顔。ちょっと不機嫌そうじゃん」
「……何がだよ」
「もしかして、嫉妬した? 嬉しいなぁ、俺のファンに焼いちゃった?」
「んな訳あるか! やかましいわ」
図星に近いところを突かれ、健人は反射的に怒鳴った。林田は「えー、絶対してたって」と面白そうに笑っている。
その笑い方が癪に障るのに、不思議とさっきまでの不快なざわつきは消えていた。
林田が今、ちゃんと自分だけを見ている。
それだけで安堵してしまう自分が情けなくて、健人は逃げるように先に歩き出した。




