第27話:まだここにいてほしい(1)
初詣から帰ってきたあと、杏里はそのままこたつに潜り込んでいた。
外は刺すように冷えていたのに、家の中はひどく静かであたたかい。さっきまであれだけ大勢の人に囲まれ、結衣に振り回され、健人と林田が騒いでいたのが、今は急に遠い世界の出来事のように感じられた。
ハヤブサがこたつの中から這い出してきて、杏里の膝に前足をかける。その柔らかい頭を撫でながら、杏里はテーブルのリモコンに手を伸ばした。
三日月ロケットの二人は、初詣のあとそのまま年始の生放送に出ると言っていた。移動して、ほんの少し仮眠を取って、すぐに本番。
(……芸人さんって、本当に休みがないんだな)
テレビをつけると、賑やかなお囃子と共に特番が始まるところだった。鮮やかなセットの雛壇の中に、ちゃんと林田と鍋島の姿があった。
「ほんとに出てる……」
当たり前のことなのに、つい独り言が漏れる。
画面の中の林田は、今日もよく通る声で鍋島のボケを拾い、ツッコミながらも器用に自分をアピールしていた。カメラが向いた瞬間の「キメ顔」の作り方は、いかにも彼らしい。
その横で鍋島は、いつも家で見せる穏やかな姿より、ほんの少しだけ高いテンションで言葉を返していた。流れるようなトークの応酬。観客の笑いを誘い、それでいてどこか余裕がある。
外では、ちゃんと「プロ」として立っている人なんだと、杏里は改めて思い知らされる。
「体力あるなあ……」
杏里はこたつ布団を鼻先まで引き上げた。
番組の中で林田が肩をすくめて鍋島を小突き、鍋島が困ったように笑う。そのやり取りを眺めているうちに、杏里の脳裏にある悩みが浮かんできた。
――引っ越しの件を、そろそろちゃんとしなければならない。
最初に決めた期限は、一ヶ月。
あくまで一時的な居候として受け入れただけだ。鍋島も、当然そのつもりでいるはず。
年が明ければ、次の部屋のこと、退去の日のこと。現実的な話を切り出すべきタイミングだった。
分かっている。分かっているのに、胸の奥に重い澱のようなものが溜まっていく。
「……まだ」
零れそうになった声を、杏里は奥歯で噛み潰した。
まだ、ここにいてほしい。
その気持ちは、もうずっと前からあったのかもしれない。
「ただいま」と言えば「おかえり」が返ってくる。台所から漂う夕食の匂い。ハヤブサが誰かを待つように玄関を見る背中。
そんな一つ一つの「当たり前」が、いつの間にか自分の一部になってしまっていた。
もし今、鍋島がいなくなったら。
このあたたかい空気も、一緒に消えてしまうのだろうか。




