第26話:うるさい初詣(2)
神社の駐車場に車を停め、外へ出た瞬間、冷たい空気が頬を刺した。
車内の過密な熱気から解放され、杏里はようやく大きく息を吸い込む。
「……やっぱり、二人で来ればよかった」
結衣の呟きに、杏里は「遅いよ」と短く返した。
神社は、結衣が言っていた「ちょっと有名」という言葉を裏切るほどの人出だった。参道には屋台が並び、新春の活気に満ちている。
手水を済ませ、拝殿へと続く列に並ぶ。
さすがに参拝の瞬間だけは、あの騒がしい男たちも静かだった。
澄んだ空気の中に響く鈴の音、柏手の音。杏里はそっと目を閉じ、心の中で願う。
(――去年よりも少しだけ、今の暮らしが穏やかに続きますように)
それは、自分でも驚くほどささやかで、切実な願いだった。
参拝を終え、人混みに流されるように歩いていると、参道の脇で甘酒が配られているのが見えた。
「甘酒だ。杏里、飲む?」
「あ、うん。飲もうかな」
結衣と二人で受け取り、少し開けた場所へ移動する。
その途中で、健人が林田に腕を引かれ、別の方向へと流れていくのが見えた。
「ちょっと、何だよ林田」
「恋みくじ。新春一発目、引いてみ?」
「はあ? 興味ねぇよ」
「いいから! ほら、行くぞ」
一方、杏里と鍋島は少し遅れて並んで歩いていた。
紙コップから立ち上る湯気が、悴んだ指先を心地よく温めてくれる。
「はい」
鍋島が、そっと自分のコップを上げた。
杏里もつられるように、自分のコップを近づける。
「……今年も、よろしくお願いします」
「こちらこそ。今年もよろしくお願いします、杏里さん」
コップが小さく、カチリと触れ合う。
一口飲むと、米麹の優しい甘さがじんわりと身体に染み渡った。
「こういうの、なんかいいですね」
「ですね。年明けっぽいです」
さっきまでの喧騒が嘘のように、その一角だけが凪いでいた。
少し離れた場所では、林田が健人の背中をぐいぐい押し、恋みくじ売り場の前へと立たせていた。
「ほら、開けろよ。何て書いてあった?」
健人はため息をつきながら、渋々おみくじを開く。そして数秒、硬直した。
「……何だよ、言えよ」
「……『思いがけないところから恋が始まる予感』」
健人が真顔で読み上げる。
林田は数秒固まったあと、邪悪なまでにニヤリと笑った。
「へぇー……」
「何だその顔は。……ったく、意味分かんねぇよ」
「いやぁ、いいじゃん。『思いがけないところ』だって。健人、心当たりない?」
「ない」
健人は即答した。
「というか、はあ?って感じなんだけど」
「ふーん」
そのにやにやした顔が癪に障る。
健人は真っ赤な顔で紙を丸め、ポケットに突っ込んだ。
その時、屋台の方から結衣の声が響く。
「杏里ー! たこ焼き食べよ! お兄ちゃんが買ってくれた!」
見れば、結衣が湯気の立つ舟皿を掲げている。
「財布要員って言ったら、本当に買ってくれたよ」
「それ、だいぶ酷い扱いじゃない?」
「でも、使える時に使っておかないとね」
杏里は笑いながら、アツアツのたこ焼きを一口頬張った。
「……おいしい」
「でしょ」
そこへ、林田が「ずるい! 健人、俺にも買って!」と騒ぎながら合流してくる。
「それはおかしいだろ」
健人が即座に言う。
「何で俺がお前の分まで買うんだよ」
「仲間外れよくないじゃん」
「お前、今そのみくじで十分遊んだだろ」
「それとこれとは別」
林田は平然としている。
それを見て首を傾げる鍋島。
「……お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「最近ちょくちょく飲んでるんだよ。俺が誘ってやってる」
林田の言葉に、鍋島は少しだけ目を細めた。
「へえ……。思ってたより馴染んでるな」
「私もそう思う。ちょっと目を離したらこれだよ」
結衣の呆れ声に、健人が「文句言うならたこ焼き返せ」と応戦する。
年明け早々、相変わらず騒がしい。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
甘酒の甘さも、たこ焼きの熱さも、屋台の灯りも。
全部ひっくるめて、今年のはじまりは、思っていたよりずっと賑やかで、あたたかかった。
その輪の中に、自分もちゃんといる。
杏里はもう一つ、たこ焼きを口に運びながら、静かに新しい年の訪れを噛み締めた。




