第24話:カフェと作戦と空振り(2)
「でしょ? ここ、雰囲気がいいから一度連れてきたかったんだ」
健人が少し得意げに笑うと、ゆみりんは本当に嬉しそうに店内を見回した。
「ありがとうございます。こういう感じ、すごく好きです!」
「よかったな、健人。今、思いっきりドヤ顔してるぞ」
「林田、黙ってろ」
三人はメニューを開いた。季節のタルト、自家製プリン、スコーン……。ゆみりんは真剣に悩み抜いた末、タルトとプリンの両方を注文した。その様子を見ながら、健人は確信していた。
店の空気は最高。ゆみりんもリラックスしている。林田も適度に話を回している。
ここなら、本題を切り出しても不自然ではない。
スイーツが運ばれ、会話が一段落したところで、健人はコーヒーカップを置いた。
「実はさ、ゆみりん。今日カフェを紹介したかったのも本当なんだけど、ちょっと相談したいこともあって」
「相談、ですか?」
ゆみりんが首を傾げる。林田はすでに「来た来た」という顔でニヤついている。
「お互い、ちょっと似たようなところを見てるんじゃないかなと思って」
健人の言葉に、ゆみりんの表情がわずかに硬くなった。
「……なべさんのこと、ですか?」
先に言われ、健人は少しだけ意表を突かれた。
「……まあ、そう。君と俺なら、協力できることがあるかと思って」
ゆみりんは数秒間、沈黙した。
さっきまでプリンに目を輝かせていた少女の顔から、ふわりと色が消える。代わりに、そこには凛とした静かな意志が宿っていた。
「……ごめんなさい」
彼女が選んだのは、拒絶だった。健人は思わず目を瞬く。
「え?」
「たぶんですけど、私、そういうのは無理です」
きっぱりとした、澄んだ声だった。
「なべさんが私に気がないことくらい、分かってます。誰にでも優しいけど、私に向いてる感じじゃない。ちゃんと見てくれてはいるけど、それは『そういう意味』じゃないんだろうなって」
健人は言葉を失った。ゆみりんの表情があまりに真剣だったからだ。
「きっと、なべさんには、もう大事な人がいるんだと思います。……それに、私は今、アイドルの仕事をちゃんと頑張りたいんです」
その言葉には、一切の虚勢も、強がりもなかった。
自分の恋心を誰かの思惑のために利用したりしない。彼女は、自分の足で自分の場所に立とうとしていた。
「だから……せっかくですけど、作戦会議みたいなのは無しでお願いします」
カフェの明るい空気の中で、その断り方はやけに潔く、美しく響いた。
健人はしばらく何も言えなかった。もう少し揺さぶれると思っていた。利害という名目で彼女をこちら側に引き込めると信じていた。
けれど、ゆみりんはそんな小手先の策に乗るような子ではなかったのだ。
「……そっか。……完敗だな」
健人がようやく絞り出すと、ゆみりんはもう一度小さく会釈した。
「でも、こんなに素敵なカフェを教えてくれたのは、本当に嬉しかったです。だから、それはありがとうございます。また……カフェの話だけなら、ぜひ」
その優しさが、逆に健人の胸を刺した。完全に線を引かれている。
健人はため息混じりに背もたれに体を預けた。
「……ちゃんとしてるなあ、本当に」
「何だそれ」
「いや。思っていたよりずっと、君は大人だったってことだよ」
ゆみりんは先に席を立ち、「ごちそうさまでした」と爽やかに店を出て行った。
扉が閉まる音が響き、席には男二人だけが残される。
「……ダメだったわ」
「見てたら分かるよ」
林田が他人事のように言い放つ。
「お前、冷たいな……」
「だって他人事だし。でもまあ、気晴らしに飲みに行こうぜ」
そう言うなり、林田は当然のように健人の腕に自分の腕を絡めてきた。
「は? なんでそうなるんだよ」
「いいじゃん、俺はお前といると飽きないし。面白いんだよ、健人」
健人は大きく息を吐いた。
「……気晴らしに誘うにしても、もっと言い方があるだろ」
「これが一番早いんだって。行くぞ!」
カフェを出る頃、夕方の空気は少し冷えていた。
作戦は見事に空振り。健人としては不本意極まりない結末だ。
それなのに、隣を歩く男の機嫌だけは妙に良い。
健人は呆れながらも、絡められた腕を振り払うことはしなかった。
今はまだ、林田が言った「面白い」という言葉の真意も、自分がこの騒々しい男との飲みに慣れ始めている理由も、考えないことに決めて。




