第23話:それぞれの帰り道(2)
一方その頃、駅へ向かう道では、林田と健人が並んで歩いていた。
夜の駅前は、飲み会の余韻を包み込むように少しだけ湿り気を帯びている。林田はスマホの通知をさらっと確認してから、思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、健人さん」
「ん?」
「鍋島のやつ、意外とモテるんだよ。実はアイドルのゆみりんちゃんに好かれてたりしてさ。驚きだろ?」
健人は一瞬だけ足を止め、それから何でもないことのように「へえ」と返した。
「意外っていうか……まあ、分からなくはないかな」
「お、見る目あるね。あいつ、地味だけど妙に優しいし、懐に入ると居心地いいんだよな」
「地味、は余計かもしれないけどね」
健人は苦笑いしながら前を向いた。
頭をよぎるのは、さっきの店での鍋島の顔だ。穏やかな微笑みを崩さないまま、杏里のことになると一歩も引かなかったあの空気。
「……じゃあさ」
健人が、探るような声で聞いた。
「そのアイドルの子と、もし何かあったら。……例えば付き合うことになったりしたら、あの同居って、やっぱり解消されるのかな」
林田はそこで、ニヤリと横目を見た。その質問の「意図」がどこにあるのか、この男が気づかないはずもなかった。
「どうだろ。でも、そう簡単にはいかないんじゃないかなぁ」
「へえ」
「鍋島、ああ見えて変なところが頑固だし。それにさ、今のあいつを見てる限り、その『アイドルルート』はだいぶ険しそうだよ」
林田は肩をすくめ、楽しそうに笑う。
「あいつ、自分で自分の首を絞めてる自覚、なさそうだしな」
健人は何も言わずに歩き続けた。
もし鍋島が他の誰かと結ばれれば、杏里との同居は終わる。それは自分にとって都合がいいはずだった。
けれど、今日の鍋島を見てしまった後では、そう単純に喜べる気もしなかった。
表向きはあんなに穏やかなのに、杏里に対してだけは、まるで自分の領域を譲らないような「重さ」がある。しかも、それを本人が無自覚で行っているのだとしたら。
「……面倒くさいな、本当に」
「何が?」
「いや、いろいろ」
駅の改札が近づき、林田が軽く手を上げた。
「まあ、見ていて飽きないのは確かだね」
「それは同意するよ」
健人も少しだけ笑った。
それぞれの思惑を抱えたまま、夜は静かに更けていく。
けれど、そのどれもがまだ、本人たちの前で「恋」なんていう明確な名前を持つには至っていなかった。




